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ツキノセ 作者:
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変化 - 1

何度目かになる一人きりの食事を終えた。忌々しい父の顔を見なくて済むというのは精神的疲労が少なくて結構なことだが、この大きなテーブルを一人で使うというのは些か慣れないものがある。使用人が食器を下げるのをぼんやりと見届けて、私は席を立った。
 廻が父に連れられ家を出てから三日が経った。
 あの後どうにか父の居場所を知ることはできないかと考えたが、使用人は口を割らないだろうし、そもそも移動手段がない。私は自分の無力さを呪った。使用人や家庭教師に優秀だと持て囃されようと、結局は温室育ちの小娘に変わりはないのだ。今頃廻は怪しげな実験に巻き込まれているかもしれないというのに、なんと無様な姉だろうか。妹の想いに気付きもしなかった愚かな自分にはお似合いの姿なのかもしれない。
 後ろ向きな思考が連鎖するが、私は一旦それらを頭の中から排除した。愚かな姉であることに変わりはないが、それでも私はあの子の姉なのだ。たとえ廻が自らの意志で父に付いて行ったとしても、父が廻を利用しようしていることにきっと変わりはない。ならばたとえ廻に嫌われるようなことになろうとも、私はあの子を連れ戻してみせる。
 自室に戻り、午後の授業を開始する際、私は家庭教師である柿崎先生にある提案をした。
「柿崎先生。私、インターネットの使い方を覚えたいのですが」
「インターネット? どうしたんだい急に」
「いずれ父の仕事を学ぶ為には、インターネットを使えるようになっていた方が効率が良いでしょう?」
 興味を持ったことは優先的に学べというのが月之世家の方針である。それが後々に『選択するべきもの』を見つける力になると父は言っていた。父の言葉を頼るのは不本意ではあるが、今は新しい方面の知識を取り入れることを優先しなければならない。
「なるほど。綴さんは熱心だねえ。私もそれほど詳しい方ではないけど、基本的な使い方くらいなら教えられるだろう」
「お願いします」
 柿崎先生は「少し待っててね」と言って部屋を出ると、少し経ってからパソコンの入った鞄を持ってきてくれた。
「そういえば、綴さんから別の勉強がしたいという提案をしてくれたのは初めてだね」
 柿崎先生は机でパソコンを使う準備をしながらそう言った。
「そうですね。優先して学びたいことと言っても、特に思い浮かびませんでしたから」
「ふむ、姉妹でも色々と違うものだねえ」
 廻は私と違い、普段から積極的に興味のある分野について学んでいた。父の態度を見て落ち込んでいた廻を見兼ねて、柿崎先生がいろいろと提案してくれたようだ。
 音楽と美術以外の科目は全て柿崎先生が担当してくれているので、廻はよく動物や星座のことなどを柿崎先生に訊いていたという。私は廻のそういう姿勢を立派だと思っていたし、尊敬すらしていたが、それさえも父は無価値だと言った。私からすれば、与えられた課題しかこなさない私こそつまらない人間なのではないかと思うのだが。
「さて、それじゃあまず起動させるところからだけど――」


「大体の使い方は分かりました。ありがとうございます」
 起動とシャットダウン。デスクトップの使い方と各ツールの用途。インターネットの使い方。マウスすら握ったことのない私だったが、柿崎先生の丁寧な説明のもと、基本的な使い方に関しては把握することができた。
「相変わらず呑み込みが早いねえ。私なんて初めて触ったのは十年くらい前だけど、キーボードの配置を覚えるのにどれだけ掛かったか」
「いえ、先生の教え方が分かりやすいお陰です」
「褒め上手だなあ、綴さんは」
 柿崎先生の穏やかな表情に、私も少し気が緩む。この人は父とは違って厳格な雰囲気は無く、まだ四十代だというのに朗らかな老人のような安心感がある。
 廻は父に見放されたと感じていた直後は暗い表情をしていたそうだが、柿崎先生の気遣いもあり、私が見たような淡々とした授業風景は僅かな間だけだったらしい。きっとこの人には、私が持っていない包容力のようなものがあるのだろう。
 そんなことを思い出し、私は一つ柿崎先生に気になったことを質問してみた。
「そういえば柿崎先生。廻が関心を持ったものについて訊かれたとき、どんな話をしてあげたのですか?」
 廻が興味を持ったものについてはある程度知っているが、それについての授業風景は見たことがなかった。
「そうだねえ。廻さんは植物や動物、あと星座のことも知りたがっていたけど、ここ最近彼女は月に強い関心を示していてね」
「月、ですか」
「うん。まあ自分の苗字に入っている文字っていうのもあって、何か気になったんじゃないのかな」
 月之世の『月』。確かに入っているが、私は気にしたこともなかった。
「それで、地球の唯一の衛星だということ、太陽光を反射していること、とまあ月についていろいろと話してあげたよ。後は月面着陸のことにも、とても関心を持っていたなあ」
 私も月については柿崎先生から説明を受けた。そのときはただ知識として取り入れただけであって、別段興味など沸かなかったが、確かに廻は月の話をしていたことがあった。
 廻はよく新しく取り入れた情報を喜々として話すことがあった為、月のこともその一部だと認識していたが、そこまで強い関心を持っていたとは知らなかった。
「具体的にはどのような部分に関心を?」
「そうだねえ。アポロ計画のことを話したら、何故人類は月の探索を止めてしまったのか、なんて質問をされたよ。月面探査で得られる成果と費用のバランス、開発競争の時代が終わってしまった影響、陰謀論……様々な理由を説明したけど、いつになく真剣な顔で聴いていたっけなあ」
 アポロ計画。NASAによる月への人類飛行を目標とした計画だ。人類史に大きく名を遺したその偉業は、当然私も知っている。
 廻は何故アポロ計画にそこまでの関心を示したのだろうか。突拍子もない発想だが、父の言っていた超能力の研究に何か引っ掛かるものがある。
「授業を終えたあと、廻は何か言っていましたか?」
「え、何かって?」
「授業に対する感想などです」
 超能力の研究が進めば、人類は更なる境地へと足を踏み入れることになる。
 父の言葉が脳裏を過った。アポロ計画と超能力。全く共通点のない二つだが、月面着陸は人類にとって偉大な進歩となったと誰かが言った。ならば、超能力者の発現はどうだろうか。規模は雲泥の差だが、もしこれを成し遂げたのならば、人類の技術の発展としてはとても大きなことではないだろうか。
 私の考え過ぎかもしれないが、廻は月に興味を持ったのではなく、『人類にとっての偉大な研究』という点でアポロ計画に関心を示したのではないだろうか。理由は見当もつかないが、どうにも廻がただの好奇心からアポロ計画のことを質問したとは思えない。
「感想か……。何か呟いていたような気がするが、小さな声だったんで聞き取れなかったよ。多分、そうなんだーとか、なるほどーとか言ってたんじゃないかなあ」
「そうですか……」
 まぁ、そんなものだろう。私の考えはただの妄想だ。仮に廻が人類の発展について思うところがあったとしても、それが何だという話だ。廻は私と並べるような人間になりたいと言って父に付いて行ったのだから。
 ふと時計を見ると、午後の授業が始まって一時間が経とうとしていた。
「おお、そろそろ時間だね」
「ありがとうございました。自分で興味をもったことについて学ぶというのも良いものですね」
「うん。また何かあったら遠慮なく提案してくれ」
 柿崎先生はパソコンを片付け、部屋を後にした。
 早速今得た知識を使って調べ物をしたいところだったが、わが家にあるパソコンは父が持ち歩いているものと、須藤が仕事用に使っているものの二つしかない。加えて、次は音楽の授業がある。もしパソコンを使うことができる時間があるとすれば、須藤が仕事を終えた後になるだろう。
 私は一先ず次の授業の為に、鏡台の前で身だしなみを整えてから音楽室へ向かった。

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