第1章〜悲しみの笛〜(真実の記憶・下)
……その犯人は周りにいた人たちを突き飛ばし、物凄い勢いで駆け出した。
止まりなさい、と叫ぶあの人の声。
だが間に合わず、犯人はあの人の車に乗り込み、走り始め。
大きな音を残して、その場から逃げ出す。
僕達もパトカーに乗り、追いかけようとした刹那……
幾つもの悲鳴が、その場を満たす。
駐車場から50メートルもない場所にある交差点で、大量の血を流している2人の人間。
その上にある、車が通った跡を見た途端、
身体中の、血の気が引いた……
(by 高木渉)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2月26日(金曜日) 午後5時4分・高木渉の場合。
「……さん、高木さん!」
僕は、ハッと我に帰った。
目の前に立って僕の名を呼ぶ心配そうな顔の、少年の名は。
「浜口君……どうかしたの?」
「分からないんですか? 高木さん、震え始めたんですよ……
それこそ……ケイレンみたいに」
「け……痙攣?」
「ええ。ケイレンとしか例えようがないですよ。ものすごく震えていました。
……大丈夫ですか?」
心配そうな浜口君の問い。
大丈夫じゃないかも……というセリフを飲み込み、無理矢理笑顔を作る。
「大丈夫……だと思う」
「そうですか……。ところで高木さん」
真剣な、浜口君の顔。
「轢き逃げ事件で、どういう状況で、俺の養い親が死んだのか……教えてくれませんか?
誰に聞いても、教えてくれないんです」
「えっ……?」
笑顔がひきつるのを、僕は自覚した。
あわててセリフをつくろう前に、浜口君は悲しい笑顔で言い放つ。
「俺は、小説読むの趣味で……
好きな小説に、強盗の犯人が車で逃走中に、通行人の夫婦をはねてしまうシーンがあって、
……ありえない話だけど、もしかしたら実際にそういうことだったりしたら、かっこいい以前に……
悲しいでしょ?」
「……!」
表情だけでなく、身体中が硬直した。
……ありえないわけではない。
実際に、浜口君の両親は、そういう事件の被害者になった。
殺人事件の犯人が、周りの人を突き飛ばし、キーが付いたままの……
佐藤刑事のアンフィニを奪い、通りがかりの夫婦である浜口君の両親を轢いて、逃走。
犯人はいまだ捕まらず、逃げている。
そのことを説明するために、この葬儀場に来たのだから……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同刻・シエルこと浜口至の場合。
ドラキュラの心理操作の一つに、人間の記憶を読む、という術がある。
その術は俺の十八番だが……
それでも術が上手くいくかどうかは、使った人間の体質に影響される。
大体5割の人間はあっさり記憶が読め、残り4割はまったく読めず。
残りの1割は、ほんのわずかにしか記憶が読めず、しかも術に敏感に反応してしまう人間。
でも、意識を失いかけた上、震える……ほどの露骨な反応は、珍しい。
「高木さん、高木さん!」
俺はあわてて名前を呼んだ。
はっとし、反応を返す高木さん。
「浜口君……どうかしたの?」
「分からないんですか? 高木さん、震え始めたんですよ……
それこそ……ケイレンみたいに」
「け……痙攣?」
「ええ。ケイレンとしか例えようがないですよ。ものすごく震えていました。
……大丈夫ですか?」
自分で言いながら、馬鹿馬鹿しいな、と、思う。
この人、俺が見た記憶が自分の中でフラッシュバックし、そのショックが身体に出ただけだ。
「大丈夫……だと思う」
「そうですか……。ところで高木さん」
体質の割にはっきりと見えた記憶は、音声も、そのとき高木さんが考えた思考も、ちゃんと付いていた。
……それでも信じたくなくて、カマをかけてみる。
「轢き逃げ事件で、どういう状況で、俺の養い親が死んだのか……教えてくれませんか?
誰に聞いても、教えてくれないんです」
「えっ……?」
表情が固まっている高木さん。
……次のセリフで高木さんが更に固まれば、その記憶は真実だ。
微笑もうとして失敗し、それでも……告げる。
「俺は、小説読むの趣味で……
好きな小説に、強盗の犯人が車で逃走中に、通行人の夫婦をはねてしまうシーンがあって、
……ありえない話だけど、もしかしたら実際にそういうことだったりしたら、かっこいい以前に……
悲しいでしょ?」
「……!」
……結論。
真実の記憶だ。
|