第1章〜悲しみの笛〜(泊まる家・下)
敵意も恐怖も興奮も、一瞬で硬直してしまった控え室の中、フト目の前を見ると、
先ほどまで元気に殴り合っていた親戚の唇からは血が出ていた。
……口じゃなく、唇からの出血なのが救いだが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2月26日(金曜日)午後6時52分・シエルこと浜口至の場合。
「高木さん、もう帰られるんですよね?」
俺は視線を変えずに答え、高木刑事は我に帰った。
「あ、……はい」
あまりに衝撃を受けたのか、俺に対する口調が微妙に変わっている。
確かに、これはタメ口で話せる状況じゃない。
「命刻義姉さんが刑事さんを呼んだんですか?」
「あー、そうだけどごめん。
警察の人呼ぶの、マズかった?
とりあえず仲裁が要ると思って呼んだんだけど……」
親戚のかたがたが、義姉さんを睨みつけた。
だがまあ、義姉さんのこの行動は正しい。
俺が義姉さんに頼んだのは『仲裁できる人間』であり、『刑事を呼ぶな』とは一言も言ってないからだ。
「少しもマズくないです、義姉さん。
……ところで今日、義姉さんの家に泊めて欲しいんですが」
「へ? ……何で?」
「見ての通り、俺は母方の親戚のかたと仲が良いわけじゃないです。
父方の親戚、あなたの家のほうが安心できます」
控え室の中、当の母方の親戚の前で俺は言い切った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同刻・高木渉の場合。
「高木さん、もう帰られるんですよね?」
浜口君が、突然そう質問した。
「あ、……はい」
「命刻義姉さんが刑事さんを呼んだんですか?」
僕の横、帝丹高校の制服を着た女の子が、これには答える。
「あー、そうだけどごめん。
警察の人呼ぶの、マズかった?
とりあえず仲裁が要ると思って呼んだんだけど……」
……いや、マズくはないだろう。
浜口君の制服はすごい状況だし、親戚の人も唇が切れている。
「少しもマズくないです、義姉さん。
ところで今日、義姉さんの家に泊めて欲しいんですが」
「へ? ……何で?」
「見ての通り、俺は母方の親戚のかたと仲が良いわけじゃないです。
父方の親戚、あなたの家のほうが安心できます」
……すごい事言うなあ、この子。
|