第二章(四)
「何っでお前まで来るかなー。」
クライフは傍らを飛空する黒燐の飛竜を、不満そうに眺めた。正確にはその背に騎乗しているロットバルトを、だったが、目が合った飛竜の赤い瞳に「何か文句があるのか?」と問われた気がして、慌てて両手を振る。
「や、お前じゃなくって、上のヤツだよ。」
「何を言ってるんだか…」
ロットバルトは自分に顔を向けた飛竜の首を軽く叩き、それから飛竜に言い訳をしているクライフに冷めた視線を向けた。クライフは一瞬ぐっと詰まったが、直ぐに気を取り直して睨み返す。そうしても険悪な雰囲気が生まれないのは、クライフの陰の無い性格ゆえだ。
「俺一人で十分だろ。副将も信用ねぇよなぁ。」
自分が迎えに行くと申し出たのに、グランスレイは、ロットバルトも共に行くように命じたのだ。一人だったら空の散歩は楽しいし、レオアリスはクライフと似て固い事は言わないし、ヤンサールはいい所だ。
(…楽しかったのに。)
ロットバルトがクライフの内心を見越したように、口元だけで笑う。
「貴方と上将だから問題なんでしょう。第一私も、貴方一人に付いていく程暇ではない。」
「ムッカツク…」
「ヤンサールは葡萄酒の産地ですからね。貴方がハメを外すのではないかと、副将はお考えなんですよ。」
「…説明すんな!」
もの柔らかに性格が悪いから余計に質が悪ィ、とクライフはロットバルトに聞こえないよう、脇を向いてぶつぶつ呟いた。が、ちょっとくらい、ヤンサールの葡萄酒をひっかけて来ようと目論んでいたのは事実なので、反論のしようもない。クライフは仕方なく溜息をついた。明るい茶色の瞳が天を仰ぐ。
「あ〜あ。」
「何です。」
「何でもねぇですよ。」
「それは結構。無駄話をしているより、先を急ぎましょう。さすがに銀翼の速度に振り切られそうだ。」
ハヤテは黒燐との速度の違いなどお構いなしに駆けていく。銀翼は軍の大将級が騎乗する飛竜であり、師団兵の乗騎である黒燐の飛竜とは、空を駆ける速度がまるで違った。
時折焦れて急かすように旋回をしてみせるものの、彼等の速度に合わせるつもりはないようだった。ロットバルトはクライフの返事を待たずに、手綱を繰った。
「チッ。もっと目上を敬えってんだ。」
ほんの二、三歳の差ではあるが、それでもクライフの方が年上には違いない。もっともレオアリスの方がロットバルトよりも更に三、四歳は年は若い。年齢が上だ下だと、その辺の議論はあまりする意味はなかった。
それにクライフも本気で腹を立てている訳ではない。大体怒ってもすぐ忘れる、良く言えば小さい事には拘らない性格だ。
「酒は、上将にお願いしよう。」
レオアリスがいいと言えばさすがにロットバルトも黙るしかないだろうと、そう呟いてクライフも飛竜の速度を早めた。
レオアリスが「落っこちて」からそろそろ二刻は経つ。
顔を上げれば、前方に青々と広がる丘陵地帯が、急速に近づいてくるのが見えた。 |