第二章(二)
しょうがないから付いてくれば?などと言われては、さすがにそこまでの義理はないのだが、レオアリスは子供達の後について歩きだした。
どうしても気になったからだ。
例えばハヤテの行く先に何らかの術が施されていた場合、その気配に気付かない程ハヤテは鈍感ではない。レオアリスにすれば尚更だ。術はある程度噛った。いくら気を抜いていたとはいえ、自分を叩き落とすような荒っぽい力が働けば、気付かない事は無いだろう。
それとこの相手は、どうやらレオアリスに用があるらしい。
そのくせ、とレオアリスは上空をちらりと見上げた。
あんな所から叩き落として、死んだらどうするつもりだったというのか。用があるのにそれは粗過ぎる。
だから多分、死なないと想定していたのだ。この子供達の会話からも推測できるように、相手――――レオアリスが大体どんな存在か、予想が付いていたのではないか。
面白いから会ってみよう、と、そう思った。
穏やかな線を描く斜面を子供達の後についてしばらく下り、再び昇りに差し掛かったくらいで、前方の丘の上に一本の高い木が見えてきた。子供達の足が駆け出しそうに速くなる。一番後ろにいた年長の少年が振り返ってレオアリスを見上げた。
「兄ちゃん、おばばに会って満足したら帰るんだぞ。」
(ムカつく…。)
いや、こんな所で子供相手にムキになってはいけない。何と言っても自分の方がずっと年上なのだと、レオアリスはひきつった笑いを抑え、そっと深呼吸した。ふと、自分を見上げている少年の表情に目を留める。
(ん?)
「危ないんだから。」
生意気な口調だが、実はその奥に心配そうな響きが隠れている事に、レオアリスは気が付いた。
「――――何だ、心配してんのか?」
からかうようにそう言うと、気の強そうな頬をちょっと赤くして、少年はそっぽを向いた。
「べっつにーっ!兄ちゃんが死んでも知らないけど、死体片付けんのが嫌なだけだい。」
レオアリスは黙って少年の顔を眺めた。死ぬとか死体とか、この子供達が口にするには物騒過ぎる言葉だ。
周りを見渡せば、子供達は一様に不安そうな顔をレオアリスに向けている。レオアリスは殊更に笑ってみせた。
「心配すんな。ほら、普通、あの樹よりも高いところから落ちたら死ぬだろ?」
レオアリスが指差した樹は、丘の上に生える、五層の塔程もあるものだ。周囲の樹々から一際高く抜け出し、太い幹から大きく傘のように枝葉を広げている。
子供達はその高さを想像したのか、怖そうに首を竦めてうんうんと頷いた。
「でも俺、生きてるし。」
レオアリスとしては安心させようとして言ったのだが、小さい子供達の数人は、途端に顔を歪め声を上げて泣き出した。
「うあ」
突然の事にどうしていいか判らず、レオアリスが狼狽えていたその時、どこからかしわがれた声がかかった。
「――――おやおや、何を泣いているのだえ。」
子供達が喜色を満面に浮かべ、声のした方に走りだす。丘の上に、密集した樹々が折り重なるように枝葉を開き、壁を作っていた。樹々の中ほどに、先程レオアリスが指差した樹が、ひときわ高く天へと伸びている。
まだ狼狽えたままのレオアリスの前で、壁のように密集していた茂みが、ゆっくりと真ん中から割れ始めた。そこから、どれほど歳経ているかも判らない程の老婆が、丸めた背中を支えるように、細くすべらかな木を杖にして歩み出た。
足が悪いのか、右足を重そうに引きずりながら近寄ると、子供達の前で立ち止まり、幼い子供達が自分に抱きつくように纏わり付くのを、老婆は穏やかな笑みを浮かべて見回した。
「客人を前に、泣いては笑われるよ。」
「おばばが悪いんだー!」
「お兄ちゃんあんな所から落ちたって。」
「痛いよぉー!」
余計心配させたのかと、レオアリスは反省交じりに右手で短い黒髪をくしゃくしゃと交ぜた。老婆は空気を擦るような笑い声を上げ、両手で子供達の頭を撫でながら、皺に埋もれた眼をレオアリスに向けた。落ち窪んだ瞳に浮かぶ色は、黒にも青にも変わる。
始めて見る、そしてまたどこかで見たようなそんな色だと、頭の片隅で思った。老婆の口元が柔らかい皺を刻む。
「随分手荒にお呼びして、ご迷惑でしたろう。」
「ああ、いや…」
何と返すべきか言葉を探している内に、年長の少年が老婆に近寄ると、その顔を見上げた。
「おばば、この兄ちゃんじゃ無理だよ。間違ったんだろ?」
「間違ってなどおらぬよ。」
「だって、武器もなんも持ってないぞ!すぐ殺されちゃう。」
「大丈夫じゃよ。…彼はちゃあんと剣を持っておるで。」
レオアリスの肩がぴくりと反応する。すっと細められた漆黒の瞳を眺め、老婆は小さく笑った。
「どうぞ中に……。どうか、この子らの助けになっていただきたい。」
そう言うと、子供達を手招き、口を開けた茂みの中へと歩いていく。
一瞬だけ迷い、レオアリスは茂みの奥に足を踏み入れた。 |