王の剣士1「豊穣の丘」(3/16)PDFで表示縦書き表示RDF


王の剣士1「豊穣の丘」
作:雅◆



第一章(三)


 一つの世界が存在する。

 広大な世界は複数の国家に分かれ、絶えず大小の紛争がどこかで発生している、そんな世界だ。
 未だ開拓されず手付かずの豊かな自然が世界を満たし恵みを与える一方で、その過酷さからも無縁ではいられない。

 人の世のような科学技術の発達はないが、自然界に満ちる力を活用、流用する術を知っていた。『法術』と呼ばれるそれらは、日常の生活に根ざすものから戦闘に利用される破壊的な力まで様々にあるが、基本的は学問や才能により得られ、全ての者が自由に使えるものではない。一般的に多くの者は、自らの足で歩き、手で作り、身体と力を行使して生活していた。

 この世界には、一つの国の中にさえ数多くの種族が存在する。人と同様の姿を持つ種から半獣族、半鳥族、水棲族、多種多様な種があるいは種族ごとに村を形成し、あるいは主要な街に混在していた。寿命は種族により異なり、僅かに数年しか生きない種もあれば、中には永遠に近い時を過ごす種もある。

 太陽は東から昇り、西へと落ちる。
 夜を追うように朝は訪れ、そしてまた夜を迎える。

 地を耕し作物を作り、石を削り組み上げ街を形成する。
 食事をし、眠りにつき、笑い、泣き、怒り、嘆き、苦しみ、喜びを得ながら日々を生きる。

 世界には、連綿と続く生きとし生けるもの達の営みがある。

 ただ一つ。
 世界に祈りの言葉はなく、祈りの為に合わせられる手はない。
 この世界は『神』はない。


 世界の中心部には最大の力と国土を有する王国があり、この世界の中で最も長い繁栄と長期の安定を保っていた。その中心には、アル・ディ・シウム――――『美しき花弁』と呼ばれる都がある。強大な力を有し、幾億もの時を生きる王、サタンの居城のある王都だ。この世界はこの王が作ったと言われてもいるが、既に伝説の中にあり、事実は定かではない。

 王の版図を北から南に旅しようとした場合、整備された街道を行ったとしても馬で五ヵ月、ほぼ半年を要する。

 東に峻険ミストラ山脈、西に古の海バルバドス、南に灼熱の砂漠アルケサス、北に黒森ヴィジャが行く者の足を阻み、そこから先は数多くの小国が乱立し生まれては消える、争乱に満ちた土地が広がる。王国の四方を取り巻く生者を寄せ付けぬ酷地は、逆にそれら小国の侵入を阻む絶好の塁壁でもあり、それが王国が長期の安定を保っている大きな要因でもあった。

 ただ四方の辺境のうち、古の海バルバドスには、王と同等の時を生き続ける海皇と呼ばれる存在が深淵の世界を治め、領土内ではありながら王国とは一線を画していた。

 およそ五千年前、バルバドスとの間に大きな戦乱があり、二千年もの長きに渡り、西方の辺境部は激しい戦乱に覆われた。双方共に多数の死者を出した戦乱は、三千年前に両国の間に不可侵条約が結ばれる事で漸く決着を見、以来大きな戦乱はなく、時折小規模な争いが発生する他は国内は安寧を保っている。

 国内は王の統治のもと、四大公と呼ばれる四つの公爵家、十の侯爵家、及び九十九家の諸侯がそれぞれの領地を治めている。

 国の政務を司るのは、大別して四つの機関に分かれる。

 内政を司る内政官房、長は四大公の一角、北方公ベール。
 治水、土地、生活を司る地政院、長は東方公ベルゼバブ。
 財務、商工業を司る財務院、長は西方公ルシファー。
 治安、軍務を司る軍部、正規軍の長に南方公アスタロト。

 内政官房は他の三部門を総括、調整する役割も果たしている。

 また正規軍とは別に、王と王城を守護する王直属の軍である、近衛師団があった。

 近衛師団は王を守護する王直轄の部隊であり、総将アヴァロンの元、総数は約四五〇〇名、それぞれ一五〇〇名毎の三つの大隊に分けられる。

 第一大隊から第三大隊までの各大隊は大将が率い、その中で更に三つの中隊、左中右軍に分かれ、中隊の下に一隊五〇名の十の小隊が存在した。
 王城の守護以外にも、王の勅命が下れば、要人警護、突発的な紛争、様々な件に対応する。

 正規軍と師団との関係は、国土の保守平定と王の守護、どちらが上位という訳でもない。
 だが組織の違いは意識の違いであり、多少の反目感情が存在しているのもまた事実だった。



 一等参謀官ロットバルトは飛竜の鞍を整えながら、軽く溜息をついた。広い厩舎の隣では、中軍中将クライフが楽しそうな鼻歌交じりで、自分の飛竜の準備に余念が無い。

 副将であるグランスレイはレオアリスの迎えを二人に命じた。平時であれば一人で何ら問題はないと反論するところだが、数日前、ヤンサールでは西方三軍に動きがあったと聞いている。

 特に関連も影響も無かったため、レオアリスに報告をしなかったが、あの時一言告げておくべきだったかと、ロットバルトは僅かな後悔の念を抱いた。

(余計な事に、首を突っ込まないといいが。)

 上官の行動を不遜な表現で評し、ロットバルトは騎乗の準備の手を早めた。







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