第三章(二)
「一体いつまでここにいりゃいいんだ?!こんな村、もう捨てて出ようぜ。」
床に転がった酒瓶を蹴り上げると、壁に当たって砕け、僅かに残った雫が床を汚した。その場にいる男達は、ある者は同調し、ある者はめんどくさそうな顔つきで、瓶を蹴り上げた若い男を眺める。
期待した収穫は何も無い。三日もこの場所にいる事に、確実に苛立ちが募っている。
「よぉ、あんた見込み違いなんじゃねぇのか?ここなら西方軍をやり過ごせるような事言ったけどよ、ちっとも来る気配はねぇし、第一何の面白みもねぇ。」
部屋の奥に座っていた、三十代半ば程の痩せぎすの男が顔を上げる。その右腕を覆うように布が掛けられていた。黙ったままの相手に、男は更に声を荒げて詰め寄った。
「大体下手すりゃこんなとこ、逆に袋の鼠だ。西方軍が来ない三日間の内に、もっと逃げときゃ良かったんじゃねぇのかよ。」
「そうだ、丘陵を抜けて北に出りゃ、また街もある。こんなしけたとこじゃなくて、もっとましな獲物が手に入っただろうぜ。」
「女もなぁ。剣士様は戦い以外興味ねぇかもしれないけどよ、俺たちぁ犯れねぇと涸れちまう。」
「違ぇねえ!」
どっと笑い声が上がる中、男は向けられる視線を睨み返しながら、僅かに腕を覆っている布をずらした。男達が怯えたように口を噤む。
「俺にそんな口を聞かない方がいいぜ。最初に道を切り開いてやった時の、テメェの態度を思い出すんだな。」
「何だとォ?」
苛立って剣の柄に手を掛けた若い男を、剣士は下から嘲るように眺めた。
「はっ、どうすんだ?剣士相手によ。」
「――――」
男は憎々しげに剣士を睨み、しかし何も言えずに背中を向けた。確かに、あの時の窮地を救ったのはこの男だ。剣が容赦なく兵を切り裂く様を、実際目にしている。
逆らうのは、怖かった。
その後姿を眺めて剣士は喉の奥で笑い、手にした酒瓶を呷った。
ふいに、扉が遠慮ない音で叩かれる。男達は一斉に扉へと視線を向けた。
「誰だ。」
見張りの誰かが勝手に戻ったのかと、舌打ちして一人が扉に近づきかけた時だ。
「お届けモンでーす。」
場違いな明るい声に、部屋にいた男達が顔を見合わせ、次いで一斉に立ち上がる。
「…てめぇ、誰だ!?」
「開けてくれないなら開けちゃうよー。」
途端に、鍵の掛かったままの扉が、枠ごと内側に弾け飛んだ。細い丸太を組んだ扉が正面にいた男を薙ぎ倒し、そのまま後方の二人を巻き込んで派手な音を立てて倒れる。
「ありゃ、強く蹴り過ぎたか?後で直すのめんどくせぇなぁ。」
クライフは小さく溜息をつきながら室内に踏み込むと、すばやく内部に視線を走らせた。
「一人足りねぇ…って、扉の下か。じゃ、情報どおりだな。素直な奴。」
まるで場違いなその態度に暫く呆気に取られていた男達は、我に返ってクライフの正面に詰め寄ると、手にした抜き身の剣を向けた。
「何だぁ、貴様は!」
「西方軍か!?」
「違うけど、秘密にしろってよ。」
にや、と笑うと、手にした長槍を横薙ぎに一閃する。手前にいた三人が壁に跳ね飛ばされ、一人は窓を破って外に飛び出し、残りの二人は床の上に重なるように崩れ落ちた。
「長物相手に、固まらない方がいいぜ?」
一瞬にして仲間の人数が半数に減ったのを見て、じり、と男達が後退る。クライフは戸口の前から動かず、室内を見回した。
「さて、どいつが剣士だ?」
それまで一番奥に悠然と座っていた男が立ち上がる。男は腕を覆っていた布を床に落とした。
剥き出しの刃が、男の右腕から生えている。
クライフは明るい茶色の瞳を細めた。
「…テメェ、知っててやってんのか?ずいぶん舐めてくれるじゃねぇか。」
低く嘲るような声と共に剣士が一歩足を踏み出すのを見て、クライフは一歩退った。その様子に、剣士が自分の優位を確信して笑う。
「おいおい、今更逃げようってのか?」
「当たり前だ。槍一本で剣士を相手にするのは、結構懲りてんだよ。すぐ折られちまうし?」
「っ、舐めてンのか!」
男が右腕を振り抜いた。床を蹴ったクライフの一瞬後を追う様に亀裂が走り、石造りの壁を砕く。それにちらりと視線を走らせてから長槍の石突で地面を突き、クライフは隣家の屋根に飛び上がった。戸口から男が走り出る。
軽く手を振ると、クライフは身を翻した。レオアリスの待つ、東の見張り台へ。
バラバラと後を追ってくる残りの野盗達はレオアリスの邪魔にならないよう、後で相手にするとして、まずは剣士をレオアリスの元へ導く。
小さい村は、苦も無く相手を引き連れたまま、クライフを目的の場所へと通す。
見張り台の上に立つレオアリスの姿を認めると、クライフはチラリと背後に視線を向け、それから唐突に地面を蹴った。
「上将、後は頼んます!」
空中で身体を捻りながら方向を変え、追ってきた野盗達の、更に背後に降り立つ。レオアリスはそれに小さく笑みを浮かべると、見張り台の前で足を止めた男と、向き合った。 |