第七十四話 エルヴィニア秘境までの道中
今回はエルヴィニア秘境に行くまでの間のお話です!
いずれこの伏線は回収します!
では第七十四話です!
翼の布が地面からすれすれの距離に浮かびながら滑空する。それは馬車を軽く越えるスピードで走行し、シルヴィニクス王国から遠ざかっていく。その大きな白き城壁は距離を空けようが圧倒的な存在感を放っていた。滞在したのは一週間程度だったが、それでも得たものは大きかったと思う。
俺は翼の布を操作しながら、王国を出たときのことを思い出す。
俺たちが関所を出たのは午前十時ごろ。
そこにはルモス村程ではないが、それでも多くの人がつめかけていた。どうやらその多くは魔武道祭で俺のファンになった人たちらしく、サインやら握手を求められってしまった。とはいえ目立つのは苦手だが褒められるのは悪い気はしないので、特段断ることはなかった。
アトラス王はさすがに出向くことはできないようだったが、その代わりにシーナとギルが俺たちを送り出してくれた。
「私はこの国から動くことはできない。できれば君の旅を見てみたくもあったのだが、こればかりは仕方がなのだ。だから次会うときは是非君の旅の出来事を聞かせてくれ。私もそれまでに強くなっておく」
「ああ、まかせておけ」
俺はその言葉に力強く頷く。シーナの目は今まで見た中でも一番光輝いており見ていてとても清々しかった。
「俺もお前に出会えてよかったぜ!できれば今度会ったらその剣技是非とも教えてほしいところだな。お前はSSSランク冒険者になったんだ。胸を張っていけよ!」
「お前も下手にしくじって死ぬなよ?」
俺はギルと拳を軽くつき合わせてお互い笑い合う。それは元の世界では絶対にありえない光景であり、新たにできた同性の友人であった。
「それと国王陛下より伝言がある。…………エリア様を頼む、とのことだ」
「わかってる。心配ない」
その俺に続くようにアリエスたちも別れの言葉を述べている。唯一キラだけは俺の隣にずっといたのだが、その瞳には優しさがにじみ出ていた。俺はその光景を最後まで見届けると翼の布を蔵から取り出し、展開した。
「それじゃあ、また」
俺はシーナたちに軽く右手を上げると、翼の布に飛び乗った。それと同時にアリエスたちも翼の布に腰を下ろしていく。
俺は全員が翼の布に乗ったのを確認すると一気に翼の布を加速させた。それはすぐさまシーナたちから遠ざかり、その姿を小さく見せてしまう。
アリエスはその姿が見えなくなるまで手を振り続け、目元には少しだけだが涙を浮かべていた。
そして今に至る。
エルヴィニア秘境はシルヴィニクス王国から更に北に向かったところにある。それは通称「樹界」と呼ばれており、生い茂る樹木がエルヴィニア秘境への道を閉ざしているらしい。噂によればこれこそがエルフの仕掛けた最大の罠であるとされ、入ったら最後出てくるのは至難の技といわれている。とはいえ完全な迷路になっているのなら当のエルフたちも出入りできないはずなので、どこかに抜け道のようなものがあるのは確かなのだが、それを見つけるのは相当骨が折れるはずだ。
なにせ秘境と呼ばれているほどだ。
間違いなく人を拒むように作られた場所なのだろう。そんなところを簡単に踏破できるはずがない。
俺はまだまだ先にあるその樹界を想像しながら、翼の布のスピードを上げた。
なにやら後ろではアリエスたちがよくわからないカードの様なものを持って遊んでいた。どうやらそれは多人数でできるゲームのようで全員がそれに夢中になっている。
「あ、それはずるいですアリエス!」
「ふーんだ。これが私の戦い方なのだ!」
「ほう、ならばこれでどうだ?」
「ぎゃあああああ!?き、キラ!それはやっちゃダメええええ!」
「ですが私からすればラッキーです!」
「右に同じ………」
まるで修学旅行か何かかよ…………。
やってることが完全に有名なトランプゲームだ。
ここに何かお菓子の様なものがあれば完璧だ、と俺は思いながら少しだけ自分のことを考えてみる。
俺が気づかない間に出てくるあの人格。
それは俺の意識を乗っ取るどころか、普段よりも遥かに凶暴な性格で登場するらしい。実際俺にその心当たりはない。俺の中にいるリアでさえわからないことなのだ。そんなことを俺が知っているはずがない。
ただ。
なんとなくなのだが、俺に意識はなくともその状態になる直前の記憶はある。その瞬間はなんというか本来の自分に戻ったような感覚になるのだ。それが何を意味するのかはまったくもってわからないが、少 なくとも嫌な感覚はない。
ただ不気味ではあるけど………。
特段俺は二重人格ということはなかったし、何かあるとすればこの異世界に来てからだろうか?
とはいえこの世界に来てから、何かトリガーになるようなことは別にない。
であればこの現象はなんなのか。
第二神核曰く、偶に能力が意思を持つことがあるらしく、それが出てきているのではないか、ということだったが、神妃の力は全てリアが管理しているのでそれが暴走していることは考えづらい。
真話大戦のときでさえこのようなことにはなったことはない。
自分の体のことなのに自分が一番わかっていないっているのは少し情けないな………。
俺がそう思っていると、後ろからアリエスの元気のいい声が飛んできた。
「ねえ、ハクにぃもやろうよ!」
俺の思考はその声によってかき消され、とりあえず俺はその言葉に反応することしか出来なかった。
「ああ、わかったよ」
まあ、まだ神核は三人いる。
そいつらに聞いてみればわかるかもしれないな。そう思いながらローブの中に入れてある赤と紫の宝玉を俺はそっと撫でるのであった。
「私も冒険者登録したいです!」
日も沈みかけてきたときに、エリアがそのようなことを俺に言ってきた。
「ぼ、冒険者登録?」
俺はあまりにも突然だったので、少しだけ声が裏返ってしまった。
「はい!聞けばアリエスも登録しているらしいじゃないですか!私も少しだけ憧れていたんです!ですから、是非!」
と言いながらエリアは俺につめ寄ってくる。
あー、これはどうしたものか。普通なら二つ返事でOKするところなのだが、なんといってもエリアは王女様だ。そう簡単に登録できるものでもないだろう。
もし大々的にばれれば更によからぬ噂が広がりそうだ。
「いいのではないですか?」
「シラ?」
俺はいきなり賛成の意見を述べたシラに思わず聞き返してしまった。
「どうせハク様のパーティーにはエリアがいることは周知の事実ですし、エリアは冒険者として戦っていくだけの力もありますから。それにギルドでは身分を隠して登録することもできます。仮にばれたところで大した被害はありませんよ」
あーそういえば俺も初めて冒険者登録したときに名前は偽名でもいいみたいなこといわれたようないわれてないような……。
どうだったっけ?
うん?でもたしか名前と性別、年齢は必須事項だったはず………。
「名前は特段本名でないといけないなんて言われてませんから、そこは登録者の裁量次第なんです」
と俺の思考を先読みするかのようにシラが言葉を紡ぐ。
なるほどね、ものは考えようってわけだ。
だがそうなるとどこで登録しようか……。あいにくこの先には町も村もない。
「それはいいが、どこで登録するんだ?この先に登録できるところはないぞ?」
するとその言葉も待っていたかのように、シラが続けて答える。
「おそらくエルヴィニア秘境にもギルドはあったはずです。なにやら凄腕の冒険者が活躍していると言う噂を聞いたことがありますので」
へー、シラって物知りだな。もしかすると俺やアリエスがクエストに出ているときに情報を集めていたのかもしれない。
「よし、じゃあエルヴィニア秘境に着いたらまずはエリアの冒険者登録から始める。そしてその後にルルンって人に会いに行くとしよう」
「ありがとうございますハク様!」
特段礼を言われるようなことはしていないのだが、まあ俺がこのパーティーの中心みたいなものだし建前と言うことで受け取っておこう。
俺たちはそんなどこのパーティーでも話しているような内容の会話をしながら、焦らず目的地を目指したのだった。
その日の深夜。
基本的に移動中は宿に泊まろうにも村もなければ民宿もないので、野宿になる。
幸いなことに翼の布には拡張空間という力が備わっており、頭上に浮く天幕を下ろすと空間が閉じられ、内部サイズが調節可能な完全に独立した空間を作ることができるのだ。
よってその空間の中で俺たちは寝泊りしている。
とはいえ誰かが外を見張ってないと、いつ魔物や盗賊に襲われるかわからないので人が見張る必要があるのが唯一の欠点ではあるのだが。
ということでその見張りは大抵俺が担うことになる。なぜなら俺のパーティーは完全に女性率が高い。となればこんな真夜中に綺麗な女性を一人で立たせておくなどできるはずがないのだ。
となったときに見張りをできるものは必然的に俺かクビロに絞られる。まあクビロはアリエスの護身用的なポジションなので、やはり俺しかいなくなってしまうというのが現状だ。
俺は翼の布の外で、パキパキと音を立てながら燃えている火を見つめながら気配探知を発動し辺りを警戒していた。そこは俺たちを除けば漆黒の暗闇に包まれており魔物はおろか、虫の気配すらも感じられず、ただ火が燃える音だけが鳴り響いていた。
頭上を見上げるとそこはいつか見たような満天の星空で、俺はその星を見ながら時間を潰した。俺の中にいるリアはとっくに眠りについており、話しかけることはできない。
ゆえに一人で時間を潰していたのだが、そこに意外な人物が現れた。
「ハク様…………」
「どうしたシル?」
それは寝巻きに着替え、桃のような色の二つのケモ耳を持ち、尻尾をふりふりとはためかせているシルだった。
「いえ………。特段用があるわけではないのですが………」
「寝付けないのか?」
「………はい」
シルは申し訳なさそうにそう言うと俺のほうによってきた。
俺はそんなシルをそっとこちらに招き入れる。
「あ…………」
「しばらくはこのままでいい。眠れるまでは俺が見ているから」
俺はそう言ってシルに自分の膝を貸し、シルを横にさせる。当然服を汚すとまずいので俺のローブを下に引いている。
思えばシルはアリエスよりも年下なのだ。だが育った環境というか事情が特殊だったために、あまり甘えるということをしらない。
だから今日ぐらいは俺に甘えさせてやることにした。当然今日だけとは言わずシルが望むなら毎日だってそうしてやってもいいが、シルはそのような弱みはなかなか見せないだろう。
だからこそ今日は特別なのだ。
「あ、あの………」
「ん?どうした?」
「ハク様は…………どうして戦われるのですか………?」
「それはどういう意味だ?」
「確かに神核はハク様に攻撃してくるかもしれませんが…………自ら攻撃する必要はないと思うのです………」
それは奇しくもあのアリスと同じ言葉だった。
あれは、おそらくカーリーと戦う前だっただろうか。いきなりアリスが俺のほうを向いて真剣な表情で語りかけてきたのだ。
『どうして、ハクは戦うの?』
その言葉に俺は結局答えられなかったのだが、今なら少しだけわかる気がする。
「確かにそうだな。俺も自らあんな化け物みたいな連中と戦いたくはないよ。でも俺は戦う」
「ど、どうしてですか…………?」
その言葉に俺はできるだけ優しく微笑みかけながら答えた。
「シルたちがいるからさ」
「え?」
「なんて言えばいいかわからないけど、まあ守りたいのもがあるからかな。自分が努力すれば助けられるものがある。それはとても意義があることだと俺は思うんだ」
「…………そ、それは、私達はお荷物ということですか………?」
「まさか。むしろ逆で、信頼もしているし大切にもしているからこそ俺はシルたちのために戦うんだ。でもまあ、その前に俺が豹変して暴走してしまっているけどな。ハハハ」
俺はそう呟くとゆっくりとシルの綺麗な毛並みを撫でながら、夜空を見上げた。
「ハク様はお強いですね……………。私なんかとは違って…………」
「ん?何か言ったか?」
シルは何か呟いていたようだったが、それは俺の耳には届かなかった。
「いえ………。なんでもありません…………ですが………」
とシルは徐に何か喋ったかと思うと、直ぐさま意識の海に沈んでいった。俺はシルをそのまま膝に乗せたまま見張りを続けた。どうやらぐっすり眠っているようで、俺はそれの光景にひとまず胸を撫で下ろし、再び一人で時間を潰し始めたのだった。
そしてそれから二日後、俺たちはようやくエルヴィニア秘境に至る最大の難所、「樹界」に到着することとなる。
次回は樹界に潜入します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の投稿は明日になります!