第七十三話 温泉イベント!
今回のお話は完全に箸休め回です!
ですので興味のない方は飛ばしてもらっても結構です!
では第七十三話です!
キラが仲間になってから三日が経過した。
俺たちは各々体を休め、適度に休暇を楽しんでいた。正直言えば、いつ神核が暴走してもおかしくない今、できるだけ早く行動を起こしたほうがいいのだが、それで肝心の体を壊しては元も子もないということで、王都での観光及び生活を謳歌していたのだ。
というわけで休暇四日目。
俺はいつも通り午前七時ごろに目を覚ますと、もそもそとベッドから抜け出し寝ぼけ眼を擦りながら、顔を洗うため洗面に向かった。
ちなみに俺が這い出たベッドの上には未だに一人の女性が寝ている。その髪は光を反射するような虹色で、艶やかな潤いを漂わせる白い肌を見せている。身に着けているのはもはや隠しているのか?と疑いたくなるような柔いローブ。
そう、精霊女王キラである。
なんでもキラは今まで数多くの精霊達、つまり同胞と心身を共にしてきたため、人肌というよりは側にいてくれる何かがないと心ともなく寝付けないらしい。
よってキラは毎晩夜な夜な俺のベッドに忍び込んでくる。初日こそはなんとか部屋を閉め切って遠ざけたのだが、それ以降は俺が何と言っても立ち去る気配を見せなくなった。仕方ないので俺は床で寝るから、と言ったのだが、それでも無理やりベッドに乗せられてしまう始末である。
もちろん、やましいことは何一つしていない。断じて!絶対だ!
とはいうものの隣に精霊とはいえ美少女が寝ていると言う環境は精神衛生上この上なく悪いので殆ど寝つけていないというのが現状だ。
そんなこんなで出来るだけ眠気を吹き飛ばそうと、熱気を帯びた顔に思いっきり冷水を叩きつける。それは俺の睡魔を完全に断ち切り、意識を覚醒させた。
俺はその後、いつもお馴染みの朝食をとるために一回のロビーに下りる。
そこは既になにやらいい匂いが漂っており、胃酸を分泌させた。
どうやら今日はコーンポタージュのようだ。
基本的にこの世界の朝食は貴族でもない限り、パンとスープというのが定番らしくこの宿も例外ではなく、そのメニューが提示される。
正直言って栄養の偏りが半端ないが、まあそれは昼食や夕食で補うしかないようだ。
俺がロビーに到着すると、そこには既にキラを除いたメンバーが全員集結していた。
「おはようハクにぃ!」
「おはようございますハク様」
「おはようございますハク様………」
「朝がお早いのですねハク様。気分はいかがですか?」
俺はその挨拶に出来るだけ明るく返答した。
「おはよう。気分はまあ普通かな。良くもなく悪くもなく」
そのままアリエスたちが座っているテーブルに腰を落ち着かせる。そのテーブルには既に山盛りのパンが積まれており、それを飲み込むかのようにアリエスが頬張っていた。
ちなみにエリアは俺のパーティーに入ってから常に俺たちと行動をともにしている。一応まだ王国にはいるので城に帰ってもいいぞ?言ったのだがエリアはそれを頑なに拒否し今に至っていた。
「ハク様。キラはまだ起きてこないのですか?」
「ああ、まだ寝てたよ。昨日は相当はしゃいだんだろう?なら疲れも溜まっているさ」
どうやらキラは昨日、目を輝かせるアリエスたちに連れられ王都の美味しいスイーツ店を巡りまわったらしい。それはキラ自身も楽しんでいたようなので問題はないのだが、やはり楽しかった分疲れも溜まっているようで、まだ起きてくる気配はない。
ん?そのとき俺は何をしてたかって?
そりゃもちろんボッチで武器の手入れですよ。まあ手入れをする必要もないんだけど、一応ね。本音はアリエスたちのテンションについていけなかっただけだけど………。
するとアリエスが口の中のパンをスープで勢いよく流し込むと、突然何かを思い出したように口をあけた。
「そうだ!今日はここに行こうと思うんだけどみんなどうかな!」
そう言ってアリエスが差し出してきたパンフレットには、「シルヴィニクス温泉」とでかでかと黒い行書のような字で書かれていた。
「お、温泉か?」
俺は若干、目を細めながらアリエスに問いかけた。
「そう!みんなも疲れてると思うから、ここは一回温泉で汗を流すのもいいんじゃないかなって!」
アリエスは少しだけ鼻息を荒くしながら、俺たちを見渡す。
というか、この世界にも温泉ってあるんだな。
イメージじゃああれは元の世界の日本にいかないものだと思っていた。日本人の俺としては入ってみたいことこの上ないのだが、正直言って元の世界ほどのクオリティーが出せているかは眉唾物である。
だがその俺の反応とは対照的に、他のメンバーはとても明るい表情を浮かべていた。
「いいわねー温泉。想像してたら行きたくなってきちゃった」
「姉さん………顔緩みすぎですよ………?ただ私も行きたいですが…………」
「行きましょう、アリエス!一度裸の付き合いというのもやってみたかったのです!」
アリエスはみんなの反応にうんうんと頷くと、何の反応も示さない俺に向き直り、顔をズイっと近づけてきて目を光らせてきた。
「ハクにぃも、もちろん行くよね!」
キラキラキラ!という擬音が聞こえてきそうなほど、その表情は輝いており俺は一瞬だけたじろいでしまった。
というのも、これは俗にいう温泉イベントなのだ。アニメやゲーム、ラノベでよくある、あの理不尽イベントである。
なんといってもここは異世界。絶対に何かが起こる予感しかしていないのだ。大抵このようなイベントは男性陣が不幸を被ることが多い。これは鉄則だ。
もちろん俺も温泉には入りたいのだが、自分の社会的地位を考えるとここで容易な判断を下してはいけない気がするのだ。
というわけで俺はできるだけアリエスから目をそらしつつ、スープを啜りながらこう呟いた。
「い、いやー………。俺は別にいいかな……。こういうのは女性だけで楽しんできたほうがいいと思うぞ?だから俺は宿でゆっくりと………」
俺がそうやんわりと断ろうとしていたとき、最後の刺客がやってきた。
「ん?なんの話をしているんだマスター」
「来てしまったか………」
それは先程俺のベッドで寝ていたときとはまったく違うオーラを纏ったキラであった。
「あ!キラ!聞いてよ!ハクにぃが温泉に行きたくないって言うの!キラだって温泉行きたいでしょ?」
「温泉と言うのはなんだ?」
キラはアリエスの言葉に首を傾げる。
くそ、ここでキラの興味に火をつけてしまえば、もう後戻りがきかない。なにせこの女王様はアリエス以上に好奇心旺盛なのだ。それが着火してしまえば俺ですら止めることはできない。
俺は面倒なことになる前に、気配を消しながらそーっと自分の部屋に戻ろうとする。
しかし逃げる俺の腕を何者かが掴みあげた。
「逃がしませんよハク様?今日は一緒に温泉です………フフフ」
そこには顔から蒸気をあげ口から涎を流しているエリアの姿があった。
これはヤバイと本能的に感じ取り、必死にそれを振りほどこうとするが、何故か物理法則を超えたような力でエリアは俺の腕を握り締めてくる。
「イタイイタイイタイ!!!わかった、わかったからその手を離してくれ!冗談抜きで骨折れるから!」
「フフフ、嫌です!」
悪魔か、この女は……。
もう仕方なくエリアの言うとおりにしていると、どうやらアリエスの説明という名の洗脳は終わっており、キラの目が宝石のように輝きだした。
「温泉!なにやら話に聞く限りでは楽園のようなところだな!これは妾もわくわくしてきたぞ!もちろんマスターもいくだろ!な!な!」
な!な!じゃないよ………。
こっちの気苦労も知らないで、まったく………。
とはいえ俺はエリアに半ば強制的に捕まっているので、承諾するしかなかった。
「はいはい、わかりました。行けばいいんでしょう、行けば!」
というわけで今日の予定はパーティー全員で温泉に向かうことになった。
当然そこには俺の予想していた未来が待っているのだった。
「ふう…………」
俺はタオルを頭の上において湯船に肩を沈める。硫黄のような匂いが辺りを包み込み、日本の温泉を完全に彷彿とさせる雰囲気だった。材質はゴツゴツとした岩を押し固めて作られているようで、それは温泉のお湯で程よく削り取られていた。それは絶妙に俺の体を刺激し疲れを吹き飛ばす。
そして俺の隣には、黒くて小さな蛇クビロが水面に浮かんでいた。いつもアリエスの側にいるとはいえ、クビロの性別は男のようなので当然男湯に入っている。
なぜかはわからないがこの温泉は随分とランクが高そうに見えるのに俺たち以外の客は誰一人いなかった。まあ貸しきり状態なので文句はないのだが。
『これは気持ちいのじゃ………。体がふわふわしてくるのう』
クビロもどうやらご満悦のようでその小さな体を思いっきり伸ばしながら水面をゆらゆらと漂っていた。
「そうだな。まさかここまでとは思っていなかったよ」
俺はクビロにそう答えると、自分も適度に体を伸ばしつつ体を休めた。
ちなみに女湯は完全に男湯の隣にあるようだが、気配探知はさすがにプライバシーの問題になりそうなので今は切っているため、どうなっているかはわからない。
とはいえあんなに楽しみにしていたわけだし、あちらもあちらでくつろいでいるだろう。
「う、うーん………。なんだか眠くなってきたな……。そろそろ出たほうがいいか………」
俺はそう思うと足に力をこめ、湯船から出ようとする。
しかしその瞬間、俺の腕は何者かに勢いよく引っ張られた。
「な!?ちょ、ま!?…………ごばごばごばご!?」
俺の体はそのままお湯の中に引きずり込まれ、息が出来なくなる。
とりあえず呼吸を確保しようと水面を目指すが、俺の腕を引っ張る力は思った以上に強くなかなか這い上がることができない。
仕方ないので少しだけ力をいれ振り払うと、俺はそのまま全力で水中を飛び出した。
「ぷはあ!はあ、はあ、はあ。い、いきなりなんなんだ!?」
俺は腕を引かれたほうに目を向ける。
しかしそこには思いも寄らないものがいた。
否、ものではない。
白く柔らかそうな肌を光に反射させる女性の姿があった。
「むう、面白くないのうマスター。もっと近くに来ればいいものを」
「な、な、な、な、キラ!?」
キラは一応危ない場所はタオルで覆っているもののお湯が光を跳ね返している関係でその肌はとんでもなく艶やかだった。
「なんでお前がここに!?」
するとキラは目を細めながら口元に笑みを浮かべると、俺の質問に答えた。
「いやなに、少しマスターと戯れたかっただけだ。心配しなくても人払いはしてある」
どうりで他の客がいないわけだ!俺は自分の大切なところを隠しているタオルをより強く巻きつけできるだけ素早くその場からの脱出を試みる。
しかし。
「もうキラ!抜け駆けはずるいよ!!」
「そうです!こういうのは皆で楽しまないと!」
「うんうん…………!」
「はあ、はあ、はあ。ハク様の淫らなお姿が見られますわ……」
ぎゃあああああああああ!?
な、なんで皆来るんだよ!?
皆タオルは巻いているもののその体の線はくっきりと見て取れてしまう。
俺はその光景から全力で目をそらす。
くそ、ここで気配探知を切っていたことが裏目にでやがった!
しかもアリエスたちがやってきたのは脱衣所の目の前。
もはや退路はない。
俺は急いで水面に浮いているクビロを掴み取ると、そのまま転移を使い、その場から消えた。あんなところにいたら命がいくらあっても足りない。
「あ、待ってよハクにぃ!」
「どこに行くんですかハク様!」
「ダメですよハク様………!」
「逃がしません!」
「むう、このまま逃がすのはもったいないな」
「誰がこんなところで捕まるか!というか男湯に勝手にはいってきてんじゃねえええ!」
俺はそう叫ぶと一瞬で脱衣所に移動し能力で体を乾かした後、直ぐに服を着て外へ飛び出した。
この時間わずか三秒。自分でもよくやったと思えるほどの早さだ。
結局この後、俺は温泉からでてくる女性陣を待ち構え、長々と説教をすることとなったのだった。
そして休暇のきの字もない温泉イベントがここに終幕する。
もうこういうのは二度と起きないでほしいと願うばかりであった。
『フヒヒヒヒヒ!なかなか面白い主様が見れたわい!これはキラたちに感謝かのう』
なんて言っている馬鹿神妃もいたので俺は心の中でそいつを一度殴り飛ばすと、できるだけ何も考えないようにして、宿へと戻るのだった。
そしてそれから更に三日後俺たちはついにエルヴィニア秘境に向かうこととなる。
次回から第三章に入ります!
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