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第六十八話 隠されていた人格、二

今回は少しだけハクの謎に迫ります!

では第六十八話です!

 目の前の風景が霧散する。

 元の世界の土地は、黒く尖った岩山の大地へと戻り、倒壊した家屋や粉砕した道路は跡形もなく消え去った。

 俺を突き刺し優越に浸っていたはずの十二階神カーリーの姿も消え、俺の気配創造の刃だけが残る。

 しかし、腹を貫かれたアリスは依然にして首を掴まれたまま血を流しており、その意識はもうこの世にはない。赤い血は第二ダンジョンの床も赤黒く濡らし、鉄くさい匂いが充満している。

 見るとそこはダンジョンの頂上なのだが依然としてアリエスたちの姿はない。なにやら障壁のようなものが幾重にも張り巡らされており、気配探知ですらその気配を捉えることはできないかった。

 すると、アリスの首を掴んだまま精霊女王キラは口元に笑みを浮かばせながら、高らかに話し出す。


「妾の能力は記憶具象化。相手の記憶に干渉し、それを正確に再現することが出来る。さらにそれは妾の思いどおりに改変することができ、質量も物理法則も能力も、思いのままに再現することができるのだ。これが精霊の女王たる妾の力だ。どうだ?お前の大切な奴が傷つけられる気分は?」


 俺はその場に蹲りながら、自分の拳を握り締めていた。

 俺の腹にも当然、大きな風穴が開いておりそこから濁流のように内臓と血が溢れ出てくる。だがそれは次第に塞がりつつあり、神妃の再生能力が自動的に働きだしていた。


 しかし俺の頭の中はその痛みさえも届かないほど混濁していた。

 瞬間、俺の意識は何かに引っ張られるように暗闇に落ちていく。


『だ、駄目じゃ!あ、主様!それではあの時と同じになってしまう!気をしっか………』


 直前にリアの悲鳴が聞こえてくるが、俺はもう既に指一本動かすことが出来なかった。








 暗い。

 どこまで沈むのだろうか。

 俺は一体なにをしていたんだっけ?

 ……………。

 たしか………キラと戦っていて………。

 カーリーは倒したはず………。

 アリスは…………。

 違う。また俺は傷つけたんだ。しかも今回はあの二度と触れることが出来ないと思っていたアリスを。

 まただ。

 俺は何をやっても大切な人を傷つける。


『だから言っただろう?お前は弱いと』


 そうだ。俺は弱くて何もできない。


『ならさっさとどけ。これからは俺が全てを仕切る』


 いやでも………。


『所詮お前は神妃に選ばれただけにすぎない。そんな雑魚にこの器は任せられない。………いいから、そこをどけ!』




 その怒りの篭った声はどこか少しだけ懐かしく思えた。









「ふ、ふふははははははははは!」


 キラはそのいきなりの出来事に少しだけ眉を細めていた。

 間違いなく心の柱を折り、重傷を負ったはずの人間が大声を上げて立ち上がったのだ。


「なにがおかしい?」


 キラはその艶のある頬に冷や汗を一滴滲ませながらそう問いかけた。


「いやなに。その女のことは正直言って、俺という人格を奥底に閉じ込めた張本人なのだが、とはいえやはりこの器は妃の器。どうやら『妃』という属性がつくだけで嫌うことは出来ても憎むことは出来ないらしい。それにその『妃』を傷つけられると、俺でも信じられないくらい憎悪が煮たるようだ」


 その人間はキラでさえも理解が及ばない言葉をつらつらと述べ、一人で笑っていた。キラの能力である記憶具象化は、一度対象者の記憶を除く必要がある。キラは特段精神感応系の力は持ち合わせていないが、精霊女王の個別能力である程度の記憶は見て取ることができる。

 当然その人間の記憶も見ているのだが、その記憶にこのようなおぞましい気配は感じられなかった。口調というか雰囲気と言うか、その身に宿す全てのものが異質極まりない。先程までは濃密に漂わせていた神格は感じられず、あるのは自分に向けられた憎悪のみ。

 だがそれでもその人間は笑っていた。

 何が面白いのかも理解できないまま。


「妾の前でよくもその様な戯言を口にできるな。よもやもう一度、この地獄を見せてやろうか?」


 キラはそう言うとアリスを掴んでいる左腕の握力を更に上昇させた。ミシミシっとアリスの骨が悲鳴をあげる。

 するとその人間は地面に転がっていた青く光る片手剣を徐に持ち上げ、右手に握り、ゆっくりとキラに向かって歩き出した。

 その姿は先程までとはまったく違う、抜き出された剣のような鋭い気配を滲ませ近づいてくる。


「神妃の力や十二階神の能力は俺には使えないが、お前を倒すのにはそんな力は必要ねえ。一本の剣さえあれば十分だ」


 その瞬間、その人間は地面に思いっきり青色の片手剣を突き刺した。それは次第に空間にひびを入れていき、ついにはその空間が紙袋を破くかのように引き裂かれ元の場所に帰還する。

 そこにはアリスたちの姿もあり、その人間が張った障壁によって身を守られていた。


「…………何故気づいた?」


「ああん?それはどのことを言ってやがる?お前の能力に核があったことか?それとも能力がいまだに解けてなかったことか?」


 そう、先程似見ていた世界は、外見は第二ダンジョンの頂上の風景なのだが、実際キラはまだ能力を解いてはおらず、第二ダンジョンに見せかけたまた別の空間だったのだ。


「両方だ!!!」


「まあ、簡単だ。お前がもし能力をすべて解除しているのなら、その女は消えてもとより、アリエスたちも姿を確認できないとおかしい。それに核に関しては、これほどの力であればそのような力場がないと、存在させることはほぼ不可能だ。であればそれを考えるのは当然だろう?あの馬鹿は考えなかったみたいだがな」


 キラが発動していた能力が破れるとその首に掴まれていたアリスの姿が完全に消える。

 キラは非常に面白くなさそうな顔をするとさらにこう問いかけた。


「お前、先程の奴とは別物だな?」


 その言葉と同時に近くにいたアリエスたちも顔を上げる。その表情はいつにもまして青ざめていた。唯一エリアだけはそのことを知らないはずだが、それでも普段の雰囲気からは想像もできないその人間からにじみ出る殺気に、顔を引きつらせていた。


「当然だ。あんな雑魚と一緒にするな」


 瞬間、その人間の姿が消える。


「!?ッッッ!!!」


 その動きをなんとか目で追うことができたキラは、その気配が自らの後ろに迫ってきていることを確かめると、すぐさま力の塊を放つ。

 それは物凄い爆音とともにその人間に衝突する。

 爆煙と暴風がその場に巻き起こり空間を振動させる。キラはそのままその爆心地を眺めながらその人間の気配を追った。

 するとそれはまったくの無傷でその中から現れ、体の前で右手の青い剣を振り回している。


「確かに、お前は強いが…………。この程度が限界みたいだな。話にならん。興ざめだ。」


 とその人間は言うと再び姿を消す。

 しかしそれはキラにも捕らえられず、見失ってしまう。


「ぐ!?い、一体どこに行った!?」


 その回答はすぐさま体に伝わってくる。拳が鳩尾にめり込むという形で。


「ご、はあああああああ!?」


 思わずキラはその腰を折り、空中に浮いていることも少しだけ負担を感じてしまった。


「どうした?俺はいまだに一個も能力を使ってないぞ?」


「だ、黙れ………。人間風情が妾を愚弄するなど千年早いわ!!!」


「ほう、おもしろい。やってみろよ、精霊女王!!!」


 だがその人間は右手の剣を構えると、直ぐに顔の表情をゆがめた。


「くそが!!!また時間切れか!!!チッ!ここから面白くなりそうだった!」

 そうその人間は口にすると、キラに向かって一言呟いた。


「よかったな。今度はいつもの甘ちゃんが相手だぜ」


 瞬間、その人間を覆っていた憎悪の塊とも言えるオーラが消え去ったのだった。







 アリエスたちは圧倒的殺気に叩きつけられながら、その光景を見ていた。いきなりキラの体が光りだしたかと思うと二人揃ってどこかに消えてしまったのだ。依然アリエスたちはキラの殺気で地面に押さえつけられており身動きは取れない。

 そのまま身悶えること数十分。

 ようやく二人が戻ってきたかと思うと、そこにはあの第一神核のときに見せた禍々しく豹変したハクがキラに襲い掛かっていた。

 それは以前より遥かに濃密な殺気を放っており、それは存在自体が世界を歪めてしまうような力を感じた。

 アリエスはそのハクをなんとか止めようと必死に体を動かそうとするのだが、貼り付けられた体はビクともせず、ただ荒い呼吸が繰り返されるだけで、周りを見ればシラやシル、エリアもどうにか動こうと必死にもがいていた。

 やはり、今のハクは普通ではない。それが皆にも感じ取れたのだろう。

 その豹変したハクは今までに見たことがないくらいのスピードでキラを追い詰めていく。

 それはついにキラの鳩尾に直接ダメージを与えるまでに加速し、リーザグラムの刃がキラの首を射止めようとしていた。

 だがその瞬間、またもやハクの気配がぶれた。

 みるとそこには力が抜けたいつものハクが立っており、以前のときのうように気絶はしておらず、その二本の足で地面に立っていた。


「ハクにぃ!!!」


 アリエスは咄嗟にハクの名前を叫ぶ。

 どうやらその声は届いたらしく、力のない目がアリエスの方に向けられた。

 だがその瞬間、何かを思い出したかのようにハクの気配に殺気が混じる。だがそれは先程のような黒いものではなく、いつものハクの雰囲気であり、アリエスはとりあえず胸を撫で下ろすのだった。







「ハクにぃ!」


 俺はその言葉につられて後ろを振り返る。

 そこには青天膜の向こうに、いまだにキラの殺気で押さえつけられたアリエスたちがいた。その表情はまちがいなく俺の身を心配したもので、以前にもこの眼差しは向けられた記憶があった。

 それは第一神格との戦闘時。

 俺がアリエスを傷つけた神核を屠ったとされるその一瞬。

 俺が豹変したときだ。

 ということはつまり俺はまた豹変してしまっていたのだろう。またアリエスたちに心配をかけてしまった。

 俺の頭の中はその罪悪感で一杯になる。そしてアリエスの顔を改めて眺めた瞬間、俺の脳裏に先程の光景が蘇った。

 アリス!

 俺は慌ててキラの手元を見つめる。しかしそこには既にアリスの姿はなく流れていた血もなくなっていた。


『リア、これはどういうことだ?説明してくれ』


『はあ………。本当に何も覚えておらんのかのう………。掻い摘んで説明すれば、あの精霊女王が主様の記憶を具現化しておったのじゃ。だから言うなればあれは偽者と言うよりは実体を持った虚像というところじゃ。しかしそれは先程の豹変した主様が吹き飛ばしてしまったのじゃ』


 実体を持った虚像。

 それがキラが生み出したものの正体。

 だがそれは豹変した俺が消してしまったという。

 ますます俺の豹変問題が膨らんだようだ。肝心の俺にはその記憶がないし、リアも豹変しているときは表に出てこられないようだし、これは一度ゆっくりと考えたほうがいいのかもしれない。

 すると俺の目の前に訝しげな表情で立っていたキラがいきなり喋りだした。


「お前、また元に戻ったな?」


「みたいだな。正直俺は覚えていないけど」


 俺はそう言ってきたキラにいつも通りの殺気を滲ませ対峙する。


「先程のお前は危険だった。だが今のお前なら造作もない。とっととくたばるがいい!」


 その瞬間、またもやキラが俺の記憶から作り出した世界を並べようとする。

 しかし、俺のスイッチは既に切り替わっていた。

 俺が豹変するというイレギュラーがあったとはいえ、キラが俺の記憶のアリスに手をかけたことに間違いはない。

 であれば、俺は奴にそれ相応の対応をしなければならないのだ。

 キラの世界が俺に襲い掛かる。

 だがそれは俺の体に触れた瞬間、薄いガラスが割れるようにバリバリと音を立てて崩れ去った。


「な、なに!?」


 そのとき、俺の力が一気に膨れ上がる。

 それは俺の黒かった髪を金色に染め上げ、両目はいつもよりも更に赤く光り輝いている。髪の毛は肩辺りぐらいまで伸び、前髪は目元を隠すほどの長さになっている。

 かつての十二階神が今の俺の姿を見れば、きっとこう思うだろう。


 あれは、神妃ではないのか?と。


 リアの容姿はもっと長く綺麗な髪の毛なのだが、その気配や雰囲気は完全にリアのものに酷似していた。当然変化したのは髪と瞳だけで、別に性別が変わったわけではない。

 ただそれでも俺は全盛期のリアの力を普段よりも多くその身に宿したのだ。




「いいか?精霊女王?俺をこの状態まで引き上げたんだ。それなりの動きはしてくれよ?」




 その言葉は風に乗り、空気を振動させ俺の周りの土煙を一瞬で吹き飛ばしたのだった。



 これより「精霊女王」対「朱の神」の真の戦いが始まる。


またしてもあの人格が出てきました。この人格は今後の物語でかなり重要な役を担っておりますので次回の登場もお待ちください!

誤字、脱字がありましたらお教えください!


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