9. 氷炎、相対す
―― 無様だ・・・
森の中を走りながら、砂蜂は唇を噛んだ。
連れてきた隠密機動の半分以上は殺され、更に半分は重傷を負っていた。
この傷で、追いつかれれば全員の命が危ない。
虚なら、せめて他の死神ならいざしらず、流魂街の住人ごときに負けるとは。
自分の弱さが憎かった。
「大丈夫かっ!」
力尽き、地面に膝を着いた一人に、隠密機動の1人が足を止める。
それを見て、砂蜂は大声で叱咤した。
「何をしている、動けないものは置いていけ!共倒れになりたいか!」
「その冷たさで。母様も殺したのか?」
突如、女の声が森の中に響いた。砂蜂はハッとして上を見上げる。
その視界に一瞬、黒い影がうつる。
「何者か!」
誰何する砂蜂の声を無視し、影は一直線に砂蜂に向かって急降下してきた。
「待て!」
砂蜂の前に、隠密機動2人が立ちふさがる。
ヒュンッ!!
風を切る音が一瞬響いた、と思った直後、錫杖が弧を描く。
小さな影が2人の間に飛び込んだと思った瞬間、錫杖から炎が噴出した。
「ぐおっ・・・」
隠密機動たちがその場から吹き飛ばされる。その間わずか1秒足らず。
「覚悟っ!」
そして、風を捲いて飛び掛ってきた人影の一閃を、かろうじて砂蜂はかわす。
刀を構えた砂蜂の5メートルほど先に、その人物は着地した。
足音もなく自分に歩み寄る人物を見て、砂蜂は目を見開いた。
「こ・・・子供?」
女、だった。しかも、大人というよりも少女に近い年齢だった。
「私の名は揚羽。天道清十郎と白羽の娘だ!」
揚羽の、まだあどけなさの残る顔は、純粋なまでの怒りに塗りつぶされていた。
激情に反応するかのように、錫杖に、その腕に、全身に、炎が絡み付いていく。
その霊圧に、ビリビリと空気が振動する。
―― こいつは・・・
砂蜂は、暑さのためだけでない汗を、額から拭った。
ドクン、ドクン、と心臓が打つ音が聞こえる。
本能が警鐘を鳴らしているかのように、それは全身に響いた。
―― 天道清十郎じゃない。最も強いのは・・・まさか
「母様を殺し、父様を苦しめたのは、お前か」
炎が砂蜂の肌をちりちりと焼いた。
これほどの実力者が、力を使うこともせず、静かに野で暮らしていたというのか・・・
―― 天才、というやつか。
ぎりっ、と砂蜂は歯噛みし、やや置いて言った。
「否定はしない」
「なぜだ!」
揚羽は大きく一歩踏み込み、錫杖を繰り出す。
砂蜂は右手の斬魂刀でそれを受けた。
「ちっ!」
すぐさま炎を吹き出した錫杖に舌打ちし、横から蹴りを放った。
揚羽は身軽な動きでそれをかわし、上空に飛び上がると、枝の上に着地した。
すぐさま後を追おうとした砂蜂だが、突如襲った足の痛みに、歯を食いしばる。
清十郎が繰り出した、初めの一撃で負った傷だった。
今頃になって、じわじわと体の動きを奪ってくる。
「なぜか。だと。
ソウル・ソサエティの秩序を護るのが死神の役割だからだ」
揚羽は、砂蜂を見下ろし、眉間に皺を寄せた。
「それは答えになってない。
死神の役割なんてどうだっていい、私はお前に聞いてるのよ」
―― なに。
娘の言い放った言葉に、砂蜂は瞬間、言葉を失う。
「閃け・・・『狂炎』」
ハッと砂蜂が我に返ったとき、その目が捉えたのは、自分にまっすぐに切っ先を突きつける揚羽の姿だった。
その錫杖から、これまでとは桁違いの炎が噴出す。
―― 避け切れん!
受けるには強すぎ、避けるには速過ぎる。そのくせ永遠にも思われる瞬間だった。
―― 死・・・
「霜天に座せ、氷輪丸!」
涼やかな声が、その場を貫いた。
巨大な氷龍が砂蜂の後ろから飛び出し、炎と正面からぶつかり合う。
轟音と共に、水蒸気がその場に噴出し、一瞬何も見えなくなった。
靄の先に、砂蜂は自分の前に立つ小柄な少年の背中を目にして、歯噛みした。
「日番谷・・・冬獅郎」
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