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BLEACH in FLAME −晩冬の踊り娘−
作:切香



8. 氷炎、奔る


「退け!一旦退け!」
砕蜂の叫びに、動ける隠密機動たちが、一斉に砕蜂の周りに集まる。

―― ちっ、まともに動けるのは、せいぜい二十人か・・・
わずか十五分ほどの間に、実に八十人がやられた計算になる。
たかが流魂街の人間だ、と高をくくっていたことも、あるかもしれない。
―― しかし、まさかこれほどとは・・・
砕蜂はぐっと歯をかみ締め、目の前の光景を見つめた。

あたり一面、火の海だった。
そして、燃え盛る炎の中、一歩一歩こちらに近づいてくる僧達の姿。

「ひいい!」
隠密機動たち数人が悲鳴を上げて下がるのを叱咤できないほど、その光景は異様だった。
炎の中にいても、この錫杖の遣い手たちは全く熱さを感じないらしいのだ。
この寺院にも何らかの結界が張られているらしく、炎に包まれてはいるが燃え落ちはしない。

使い手がそれぞれ別の力を持つ斬魂刀とは違い、その力は全て炎熱系。
そして、遣い手が集まることで、その力は増幅され、斬魂刀をも上回る・・・

「死神の調査はしていてな。貴様は護廷十三隊二番隊隊長、そして隠密機動総司令官の砕蜂だな。
体術が得意で、それを利用した斬魂刀を使う。
が・・・長距離で相手が多い戦いには不向きだ」
立ち上がり、指に取り付けた斬魂刀をかざした砕蜂に、清十郎が言う。
その声音は表面上は平静に見えるが、中では熱く煮えたぎっているのが、かすかに震えた声から分かった。

「下級貴族出身。名家の姫君だった前総司令官の失踪により、やむなく代理で選ばれたと聞いたが・・・
噂は本当のようだ。腕も器も足りぬ」
その言葉に、ピクリ、と斬魂刀を構えた腕が動く。
そして間髪入れず地を蹴った。

清十郎が構えなおすよりも早く、瞬歩で清十郎の眼前まで移動すると、横ざまに蹴りを放つ。
「ちっ!」
清十郎がとっさにかざした腕で攻撃を防ぐ。そして、砕蜂の足首をぐっと掴んだ。
その砕蜂の表情を見やった清十郎が、呟く。
「死神とて、感情に心奪われることがあるのだな」
「黙れ!」
砕蜂は下がるどころか、逆に前に出た。
逆の足で蹴りを放ち、更に受け止められると、両腕で突きを放った。
まともに胸に攻撃をくらい、さすがの清十郎も後方に下がる。

更に突っ込もうとした砕蜂を、周囲から放たれた炎が遮り、歯噛みしながら後方に下がった。
―― 死神とて、感情に心奪われることがあるのだな
今しがた言われたその言葉が、逆に砕蜂の心を冷やした。
感情に縛られるなど、死神として最も恥ずべき行為。

「司令官!」
悲鳴じみた部下の声に、砕蜂は周囲を改めて見回した。
「止むをえん。この場から去るぞ。このままでは勝ち目はない」
その砕蜂の声を皮切りに、次々と隠密機動たちの姿がその場から掻き消える。

「逃げるか!」
清十郎が炎の中から飛び出した。後を追おうと駆け出した瞬間、その足がピタリと止まる。
―― この力は・・・
森の中を駆ける、足。
銀色に輝く、逆立った髪。
懐から、小さな針のようなものを取り出す。
その針が、一瞬で一振りの刀に、姿を変えた。

その刀の持つ霊圧に、清十郎は反射的に背後を振り返った。
「深追いするな!」
「清十郎さん、しかし・・・」
「いかん、もう1人死神が加わった」
「何を言っているんですが、死神の1人くらい・・・」
「隊長格の1人に、氷雪系の遣い手が現れたと聞いたが、この霊圧・・・多分その者だ。
我らの天敵になりうる能力。お前達を無碍に死なせることはできん」
「で、でも・・・」
「いいんだ。あいつもそれは望まない」

清十郎の周囲に集まった僧たちが、視線を寺の奥のほうに向ける。
清十郎はそれには無言で、ゆっくりと、ゆっくりとそちらへ歩み寄った。
そこに、眠るように寝かされている白羽の体を抱き上げ、自分の袖で、その顔を汚した血を拭った。
その人形のような白い顔には、苦悩はない。
最期に見せた、あの清清しい表情のまま。

「白羽。お前は・・・分かっていない」
その顔に目を落としながら、呟いた。
「町なんて・・・本当は二の次だったんだ。
ただお前の前では、聖者でいたかっただけなんだ。お前がいなければ・・・」
こらえきれぬ涙が、その頬を伝った。
炎がその涙を巻き上げ、散らしてゆく。


その時。
どよどよとこれまでとは違った声があがった。
「揚羽様!」
「お嬢さん!」
清十郎は白羽を膝の上に抱き上げたまま、庭を見やる。

「何事なの、これは?」
そう言って小走りに、炎がまだ残る庭を走り抜ける揚羽の目と・・・清十郎の目があった。
清十郎を見た途端、その目の光が安堵で和らいだ。
「父様、無事で・・・」
その言葉が言い終わるよりも先だった。
揚羽が、その父親に抱かれた骸に気づいたのは。

「なんなの・・・?」
僧達が深く頭を垂れ、揚羽の前に道を譲った。
その僧たちの決して合わせぬ視線が、これが幻でないと知らしめたのだろう。
ひゅっ、と揚羽が息を飲み込むような音が響いた。
それはかすかだったが、布を無理やりに引き裂くような、苦しい悲鳴だった。

ざっ、ざっ、と、灰を巻き上げながら、揚羽は父親に歩み寄る。
その目は、焦点があっていない。
それを見つめる僧達の中から、啜り泣きが漏れた。

「なんなの、これ・・・」
揚羽は音もなく、母親の傍らに膝をついた。
そして、まだ血のあとが残る頬に、その手のひらをゆっくりと当てた。
その頬から、音もなく次から次へと涙が滑り落ちる。

「かあ、さま・・・」

「揚羽お嬢様。白羽様は、死神に人質に取られ、そして・・・自らの首を」
揚羽の後ろまで歩み寄った僧の1人が、微動だにしない揚羽の肩に手をやった。
「すまん、揚羽」
清十郎が、目の前の娘に、ぽつりと言った。
握り締めたその拳が、激情にガタガタと震えていた。

「・・・」
揚羽は、無言でスッと立ちあがった。
そして帯の後ろに手をやり、そこから、小さく折り畳まれた錫杖を取り出す。
カシャン、と音を立て、それが一振りの錫杖に組み立てられる。

「待てっ、揚羽!」
清十郎が手を伸ばしたが、その手は間に合わない。
揚羽はあっという間に身を翻し、寺を飛び出した。







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