7. 炎の反逆
それよりもわずかに前。
当主・・・天道清十郎は、砂蜂たち死神に背を向け、僧達に頭を下げた。
「すまん。お前達・・・」
手に手に錫杖を持った僧達は、無言で首を振り、清十郎の横を通り過ぎる。
そして、清十郎の妻、白羽に刀を突きつけたままの砂蜂の前に、次々と錫杖を投げ出した。
砂蜂に向ける瞳には、憎悪が篭っている。
しかし砂蜂は、眉一つ動かさなかった。
憎まれることには慣れている。
清十郎は歯をぐっとかみ締め、最後に、自分の錫杖を山になった上に放り投げた。
「当主・・・」
「清十郎さん!」
周りの悲痛な声に、深くうつむき清十郎はこたえない。
「さて。天道清十郎とやら。精霊廷まで来てもらおう」
砂蜂が後ろに視線で合図をすると、隠密機動のうち2人がさっと前に歩み出て、清十郎の腕を両側から掴んだ。
「貴様ら、こちらが黙っていれば・・・」
「やめろ、お前ら!」
気色ばんだ僧達を一喝したのは、清十郎だった。
そして、腕をとられて砂蜂のほうに歩み寄る。
「貴方!」
沈痛な沈黙に支配されたその場を、女の声が鋭く貫いた。
「白羽・・・」
清十郎がはっと顔を上げ、己が妻の顔を見つめる。
―― この女、何を・・・
砂蜂は白羽を捕らえたまま、清清しくさえ見える女の横顔を見やった。
「初めて・・・貴方がこの下の町に来たときのことを、覚えています」
白羽は、砂蜂には目もくれず、清十郎だけを見つめて続けた。
「私は町に暮らしている小娘で。
あの頃の町は、生きるためなら殺しも盗みも黙認されてた。
そんなあの町に幸せが奪い合うものではなく、分かち合うものだと教えてくれたのは貴方だった」
「白羽・・・」
「私たちがここで力を失えば、この地はどうなります?
今は力を捨てるときではありません。今こそ力を手にするとき」
白羽を見守る清十郎の表情が、凍り付いていく。
「おい、白羽、お前まさか・・・」
「どうか。諦めないでください。貴方・・・」
「やめろ白羽!」
刹那。
白羽は、自分に刃を突きつけている砂蜂の手を両手で握り、一気に自分の喉へとつきたてたのだ。
「しら・・・は」
駆け寄りかけた清十郎の頬に、白羽の喉から吹き上げた血が散った。
スローモーションのようにゆっくりとした動きで、白羽の体が弓なりにしなり、仰向けに倒れてゆく。
「お・・・」
よろめきかけた清十郎が、ぐっと地を踏んだ。
―― まずい!
砂蜂は白羽から手を離し、清十郎に向かって駆け出す。
「おおおおお!」
ダン、と清十郎の足が地面を蹴る。
そして一足飛びに地に投げ出された錫杖の山に手を伸ばす。
砂蜂が雀蜂をかざし、清十郎の間合いに入った、と思った刹那。
ガッ、と清十郎の手が錫杖を掴み取る。
固く、固く錫杖を握り締める手に血管が浮いた。
「貴様・・・」
砂蜂が叫んだ瞬間、彼女を見返した、清十郎の瞳。
―― 獣だ・・・!
いや、人でなければ、こうは狂えぬ。
砂蜂は無意識に、背後に下がろうと一旦足を止めた。
「おおおお!」
清十郎が錫杖を砂蜂に向け、一閃させた。
「うっ・・・!」
砂蜂の小柄な体は錫杖の一振りに吹き飛ばされ、後ろの壁に強かに体を打ちつけた。
断ち切れそうになる意識を振るい起こし、衝撃にしびれる体が地面から引き剥がした。
顔を上げた砂蜂が見たのは・・・炎の海と、その中でもだえる隠密機動の姿。
そして、喉をかきむしって倒れる隠密機動の傍でゆらりと立ち上がり、また1人、また1人と錫杖を手に取る法衣の男たち。
一番奥には、白羽の亡骸を抱きかかえ、地に膝を着いた男・・・清十郎がいた。
「許さん・・・」
ゾッ、とした。
千以上の死線を潜り抜けてきた、砂蜂がである。
清十郎は白羽を地面に寝かせ、錫杖を大きく振りかぶり、砂蜂に突きつけた。
「死神どもを、一匹たりとも生かして帰すな!!」
「おお!」
僧達の雄叫びが、間髪射れず清十郎に答え、怖気づいた隠密機動に襲い掛かった。
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