2. 砕蜂、北へ
それより3日前。2月15日の夕刻のことである。
「よく来てくれたの。二番隊隊長・砕蜂よ」
「はっ!」
まばゆい夕焼けの光が差し込む第一番隊舎の隊首室で、砕蜂は山本総隊長の前に片膝をついた。
漆黒の髪を持つ、痩せた小柄な女である。
一見したところ、護廷十三隊隊長と隠密機動総司令官を兼任する身とは思えない。
しかしよく見れば、そのムダを潔いまでに斬りおとした体は引き締まり、全身それ自体が刃のように、鋭い霊圧を放っていることが分かる。
「お主の担当区域のひとつ、北流魂街で不穏な動きがあるのは知っておるか」
「は。新興宗教のことでございますか?」
砕蜂は、視線を床に落としたまま答える。
「そうじゃ。ここに組する僧達が力を隠し持っているのでは、という報告が入っておる」
「力、とは」
「斬魂刀か、それに類する力じゃ」
砕蜂は、眉間にかすかに皺を寄せ、山本総隊長の顔を見上げた。
斬魂刀を持てるのは、精霊廷に認められた死神のみと厳しく定められている。
精霊廷に届出がない斬魂刀を所持するのは、死罪に相当する絶対の禁忌。
「すぐに隠密機動を動かし、調査いたします。もしも斬魂刀を発見した場合は・・・」
「直ちに精霊廷に拘引せよ。反抗した場合は、即時排除を命ずる」
石のように確固とした総隊長の声が、砕蜂以外無人の隊首室に響き渡る。
「かしこまりました」
砕蜂は抑揚のない声でそう答えると、一礼し立ち上がった。
バタン、と隊首室の扉が閉まる音を背に、総隊長はかすかに息をつき、
その腹の辺りまで伸びた、白い髭を捻った。
そして、隊首室の窓に視線をやり、声をかける。
「待たせてすまぬな、日番谷隊長。お主も一つ頼まれてくれぬか」
その声に、窓の近くの扉を開け、入ってきたのは小さな少年だった。
銀髪に夕日が差し込み、茜色に輝いている。
そして、その夕日の光も差し込まぬ、深い蒼碧の瞳をしていた。
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是非も、善悪も興味はなかった。
任務は遂行する。必要であれば誰であろうと殺す。それだけだ。
血も涙もない女だとか。
組織の傀儡だとか言う輩がいるのは知っている。
しかしそんな者どもは、死神たる矜持を見失っているに過ぎないのだ。
死神とは、ソウル・ソサエティが秩序を護り存続するための道具である。
道具に心などない。ただ命に従い、敵対するものは排除するだけだ。
―― そう・・・
砕蜂は、右手の中指に被せた、鋭利な刃物を見下ろした。
それこそが砕蜂の斬魂刀「雀蜂」。
どんな敵をも二撃で殺すことができる、暗殺に最も適すると呼ばれる愛刀だった。
その金色の光に、砕蜂はスッと目を細める。
「あとどれくらいで天道教の本山に着く」
「30分です」
砕蜂の後ろにぴたりとついた隠密機動のひとりが、無表情で砕蜂にそう返した。
日付は、2月18日午後。
砕蜂が総隊長から命をうけ、三日の時が流れていた。
その宗教団体に忍び込んだ隠密機動が、斬魂刀に比する力を持つという事実を突き止めて戻ってきたのが17日の夜。
砕蜂はそれを聞き、直ちに100名の隠密機動を率い、その団体がある北流魂街へと向かった。
「奴らの力、護廷十三隊の一隊ほどの力はある、と言ったか」
「は。隠されている霊圧なので正確なところはわかりませんが、測定ではそう出ました」
「よくそれほどまでの力を、隠し持てたものですね・・・」
別の隠密機動がそれを聞き、呆れたような声を出した。
確かに。
護廷十三隊の一隊ともなれば、通常ソウル・ソサエティ内に敵はない。
それだけの力を、一介の僧達が持っているというのか?にわかには信じがたかった。
「彼らが持つのは斬魂刀ではなく、錫杖の形をしています。
炎熱系の力を持つようです。人数は50名弱」
「炎熱系だと・・・?」
「氷雪系の死神に助力を請うべきでは・・・」
報告を聞いた隠密機動の中に、どよどよと声が広がる。
それを、チラリ、と砕蜂が冷たい目で睨みつけた。
「隠密機動たるものが、他の死神に助けを求めねば任務も遂行できぬか。
できぬなら名乗りでよ、今すぐ斬って捨てる!」
その小さな体から発せられた尋常でない殺気に、周囲は一斉に黙り込む。
砕蜂が冗談でそういっているわけではないことを、皆知っているからだ。
「油断するな。拘引できればよし、できぬなら、2人一組になって1人ずつ殺せ」
だん、と砕蜂がその足を止める。目の前には、巨大な寺の門がそびえ立っていた。
「天道教」門の上には、黒々と炭書きされた板が掲げられている。
門の前に立っていたのは、黒い法衣をまとった二人の男だ。
砕蜂を見るなり、目の色を変える。
「お前たち・・・死神、か?」
「分かっているなら結構。
そして・・・斬魂刀に比する力を隠し持つことが罪であることも、その様子だと分かっているようだが?」
唇を噛んで黙った男たちに、砕蜂は目の色も変えずに告げる。
「代表者を呼んでもらおう」
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