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BLEACH in FLAME −晩冬の踊り娘−
作:切香



19. ただ、分け合えるように


2月23日、早朝。
チュンチュン・・・とさえずる雀の声に、日番谷はハッと目を開けた。

真っ先に目に映ったのは、粗末な木を打ちつけただけの天井。
所々隙間が空き、隙間から朝日が差し込んでいた。
きらきらと、埃の細かい粒子が光っている。

体を起こそうとした瞬間、
「動かないで」
感情の伴わない声が、日番谷の動きを止めた。
その時になってやっと、日番谷は自分の喉に突きつけられた氷輪丸の刃先に気づいた。

「・・・揚羽」
ピクリとも体を動かせないまま、日番谷は揚羽の顔を見上げた。
その顔は、驚くほどやつれていた。
体が一回り小さくなったように見えるくらいだ。
目の下には暗い影が差し、いつも笑みを湛えていた口元は、引き結ばれている。

日番谷は、目だけを動かして自分の状況を見て取る。
床の上に藁や萱を敷き詰めた上に、自分は寝かされていた。
体の上には、隊首羽織がかけられている。
胸の傷には、包帯が巻かれているらしかった。
―― コイツ、俺を助けたのか・・・?

「バカよね、ほんと」
その日番谷の心の声を聞いたかのように、かすれた声で揚羽は呟いた。
「父親じゃなく、仲間じゃなく、あんたを助けるなんて。
みんなに手をかけるなら、絶対に容赦しないって・・・戦いの前には思ってたのに。
あたし自身がもう、わかんないよ」

日番谷は、氷輪丸の刀身にスッと手をやり、切っ先を自分の首からずらす。
そして、胸の痛みに顔をゆがめながらも、何とか上半身を起こした。
揚羽は、抗うことも手を貸すこともせず、ただぼんやりと日番谷を見守っているだけだった。

「戦いは・・・どうなったんだ?」
日番谷が気を失ったのは、大勢が決してからだった。
しかし、あれから死神がどうなったのか、天道教がどういう末路をたどったのか、記憶はぷっつりと途絶えている。

「殺されたわよ」
揚羽の声音は、ゾッとするほど平坦だった。
床に向けられた揚羽の視線は、日番谷の顔の上を、まるで風景の一部のように通り過ぎた。
「殺されたのよ、全員。あたし以外1人残らず」

揚羽の細くなってしまった腕が、ゆっくりと氷輪丸を床に戻した。
怒りを納めた・・・というよりも、それに意味が見出せない、そんな素振りだった。
ぼんやり、と揚羽は日番谷の顔を見て・・・そして、焦点が突然、日番谷の顔に合わせられる。

「なんで・・・?」
その表情が、初めて感情をあらわす。揚羽は日番谷の顔を凝視した。
「なんで、あんたが泣くの・・・?」
日番谷は、視線を下に落とすと、唇をかみ締めた。
凍りついたように動かない二人の間で、まるで唯一の生き物のように、涙が、床に落ちた。

反射的にだろう、揚羽の腰が浮いた。
そして、日番谷の胸倉を掴み、ぐっと持ち上げて自分の顔の前に突きつけた。
力の入らない首がガクリと後ろに倒れ、水滴が散った。

「死神が・・・あんたがやったんでしょ!殺したんでしょ!あんたに泣く権利なんて・・・!」
「じゃあ、お前が泣けよ!」
日番谷が苦痛に顔をゆがめながらも、激しい勢いで揚羽を怒鳴りつけた。
「お前しか、あいつらの為に泣いてやれる奴はいないんだぞ!」
「泣いて皆が戻ってくるならいくらでも泣いてやるわよ!それでも・・・!」
「人はそんな理由では泣かねえよ・・・」
揚羽の手から、日番谷の死覇装の襟がすべり落ちる。
泣いてもわめいても怒っても、死んだ者は戻ってこない。
本当に訴えたい人たちは、もう遠くへ行ってしまった。
でもきっと、意味を求めて流れる涙なんてない。

「・・・ひとつ教えて」
随分長く感じた沈黙のあと、かすれた声で揚羽は呟いた。
「父様と話したんでしょ?」
「・・・あぁ」
「どうして。あたしだけ生かそうとしたの?」

揚羽に向けられていた日番谷の視線が、その時スッと逸らされた。
―― 迷ってるの?
その表情に暗く差し込んだ影の訳を聞こうと揚羽が言葉を挟む前に、日番谷は口を開いた。
「できれば、俺はお前達全員に逃げてもらいたかった。
でも、お前の父親は。そして、他のやつらも、昔自分たちがやったあることを許せなかったんだ。だから逃げないと言った」
「あること?」
「そう。あの一族で、お前だけがそれを知らない」

揚羽が眉を顰め、日番谷を見つめる。
2人の視線が、静まり返った部屋の中で交錯した。
「野盗だったこと?それは確かに悪いことだけど・・・」
日番谷はその問いには答えない。そうだ、とも、違う、とも。
「何を知っているの?あんた・・・」
「俺にわかるのは、お前の父親と母親が、お前のことを本当に大事に思ってたってことだけだよ」
「あんたに、何が・・・」
「分かるさ。お前がここで生きてることがその証拠だろうが」

揚羽が無表情が凍りつき、床に視線を落す。
ゆがんだ口元から、吐息のような声が・・・すぐに、嗚咽が漏れた。
それは、一旦涙を見せたが最期、二度と止まらないんだとでもいうように。
必死に喉の奥に慟哭を押し込めようとしていた。

日番谷は無言で、揚羽に手を伸ばす。
その頭を、ぐっと自分の肩に押し付けた。
「バカ・・・ね。あんただって泣いてるじゃない」
温かい涙が、日番谷の肩を濡らしてゆく。
日番谷は、微動だにせずに、揚羽を抱きしめ続けた。
その痛みを、少しでも分け合えるように。







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