18. 日番谷の想い
揚羽は日番谷から跳び下がると、日番谷の背後を見やった。
すでに、20分以上戦いを続け、二人とも息が弾んでいる。
「とうさま・・・」
その、まだあどけなさが残る唇が、言葉をつむぐ。
日番谷は、間違えもしないその霊圧がふっと、ろうそくの炎のように消えるのを感じ、一瞬の間深く目を閉じた。
唖然としていた揚羽の瞳が、カッと見開かれる。
「どいてっ!」
一喝するが早いか、錫杖を大きく横に払うと、日番谷を脇に押しやろうとする。
しかし日番谷は揚羽の前に回りこみ、錫杖を斬魂刀で受け止めた。
ジリジリと刀と斬魂刀が押し合う。
「どけっ!あたしが行ったところで、もう戦況は変わらないでしょ!」
「だから行くなと言っているんだっ!」
日番谷が揚羽に負けず劣らず、激しい口調で言い返す。
それを聞いた揚羽が、一瞬体の動きを止めた。
「なによ・・・それ」
見開かれた瞳に、感情はない。
「やさしさのつもりなの・・・?」
「『生きるのを諦めるな』っていうのが・・・お前の父親の遺志だったんだろ」
揚羽の体から突然力が抜け、錫杖をだらりとぶら下げた。
対する日番谷も、斬魂刀を退く。2人は、至近距離で向き合った。
「なんで。なんであんたが、父様の言葉を知ってるの・・・?」
問われても、日番谷は無言のまま揚羽の目を見つめている。
続けた揚羽の言葉は、はっきりと分かるほど震えていた。
「まさか。父様があたしをここによこした理由は・・・」
「・・・寺院からお前を引き離すためだ」
「なによ。明日殺しあう敵同士・・・のくせに、2人してあたしを騙すなんて・・・」
「それでも、分かり合えることもある。
目的が同じだったからだ。それが何かくらい分かるだろう!」
揚羽は、錫杖を持っていない方の手のひらで、ぎゅっと自分の胸を握り締めた。
市丸との戦いで付いた傷のせいで、緋色の着物が血の色に染めなおされてゆく。
「・・・そういうこと、なのね」
揚羽は、かすかに口角を上げた。
しかし、日番谷には分かる。こんなのは、この娘の笑みではない。
「それでも。それでも、あたしは・・・行くわ」
全てを断ち切るかのように、錫杖を一振りすると、日番谷に突きつけた。
「あたしは許さない。あんたたち死神を」
殺すか、殺されるか。
覚悟を決めた者の静謐な瞳が、まっすぐに日番谷に向けられる。
―― 人は、名前で呼ばないといけないんじゃなかったのか。
初めて会ったときの、揚羽の言葉が耳に蘇る。
俺たちが唯一つの名前をもつということも、死神とか、天道教とかいう立場の前には、意味がないものなのか。
動き始めた歯車は、もう、止まらないのか。
冬の町に咲く鮮やかな花。舞い踊る揚羽。
彼女の琥珀の瞳が、自分の眼を捉えた瞬間を思い出す。
そして花開くように、微笑んだその刹那を。
「覚悟っ!!」
揚羽が錫杖を大きく振り上げ、一足飛びに日番谷の懐に飛び込んだ。
日番谷は、ぎり、と歯をかみ締める。
氷輪丸の柄を握る手に力をこめる。
ごとり。
歯車が、また終末にむけて、動くのが聞こえるように思った。
ひゅっ、と刀と錫杖が空気を裂く。
見上げた日番谷の頬に、ぽつり、と何かが散った。
「・・・!」
泣いて、いる。
歯を食いしばり、瞳をゆがめて。
散る涙を拭いもせず、揚羽は錫杖を振り下ろした。
対する日番谷は、大きく一歩、踏み込んだ。
鈍い音が、静まり返った森の中に響き渡った。
鮮血が、揚羽の腕に、体に、頬に、真紅の紋様を描いてゆく。
揚羽は無意識のうちに、倒れ掛かってきた日番谷の体を受け止めていた。
錫杖を握っていた手の平を視界に入れると、それは、真っ赤に染まっていた。
「なんで?」
ぽろり、と言葉が口から零れ落ちた。
口を開こうとした日番谷が、力なく何度か咳き込み、その口元からも血がボタボタと落ちた。
その胸の真ん中を、揚羽の錫杖が貫き、それは背中まで突き抜けていた。
「・・・揚羽」
日番谷は、致命傷を負っているのが信じられないほどの力で、揚羽の肩を捕まえた。
「誰かのために命をかけるには、どれくらいの時間が必要なんだ・・・?」
「なにを・・・なに言ってんのよ!」
「一年か?それとも・・・一生か?」
ゆらり、と日番谷の体が揺れる。
「きっと・・・そんなには、いらねえよな」
揚羽の手から、錫杖がすべり落ちた。
揚羽は膝をつき、倒れこみそうになった日番谷の体をとっさに支えた。
「わかんないよ・・・そんなの」
揚羽は一回、大きくしゃくりあげた。大粒の涙が、次から次へと頬を伝った。
「この命を賭けて頼む。・・・生きろ」
揚羽は、その場に凍りついたように立ち竦んだ。
今、この瞬間にも、寺院では霊圧がひとつ、また消えた。
しかし、今ここで温いところから、冷たいところへまっすぐに流れ落ちようとしている命がある。
揚羽は、その場から動けずに慟哭した。
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