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第 35 章 「ノブ、ずるいやん」
 ため息をついて優が立ち上がる。
「ガレバの土砂をどけてみられたら、奈津さんだけでなく、仙吉の死体がないか、ポンプや発電機などがないかも、お調べになることをお勧めします。さ、ノブ、行こう。綾ちゃんが心配」
 そういって、生駒に手を差し伸べる。

 生駒は立ち上がろうとした。
 しかし動けなかった。なぜか尻が上がらなかった。
 まだ立ち上がるときではない、という感触もあった。

 寺井が優に、胡散臭い目を向けていた。
 優もそれに気づいただろうが、彼女とて今の話を証明することはできない。唯一の根拠は、綾があの夜、ガレバに人の気配がしたと言ったことだけ……。

 トランシーバーが声を上げた。
「土砂から采奈津の死体が発見されました。それから男女の死体も出ました。大葉仙吉、采美千代だと思われます」
 寺井が眼を剥いた。

「やっぱり仙吉は、美千代さんに打ち明けたんやね。そして、ふたりで奈津さんを救いにガレバに降りていったんや」
 優が目を閉じて、頭を垂れて呟いた。
「打ち明けた? 大葉仙吉は、健治殺しや恭介殺しを美千代に告白したというんですか?」
「でなきゃ、なぜガレバまで奈津さんをつけていったのかを話しにくいやん。自分の使命を言わなきゃ」

 寺井はその他の可能性を考えているようだったが、もう、それをぶつけてはこなかった。
 生駒も優も、どうでもよかった。
 殺されたものも、殺したものも、そして自ら死を選んだものも、正当に扱われるのであれば。

「遺産は誰と誰が、受け取ることになるんかな……」
 そうは言ったものの、遺産のことなど、どうでもよかった。
 ただただ、悲しかった。千津は、老人ホームのベッドの上で、ほとんど死に絶えてしまった一族のことを、どう思うのだろう。
「千寿さんがどうするか、わからないけど……」

「あっ、そうそう。寺井さん。佳代子さんのことやけど、彼女の実の父親が誰かって、お調べになりました?」
「は? いえ……」
「大葉仙吉」
「ええっ?」
 寺井の驚きより、生駒が飛び上がりそうになった。

「クスノキの予言。虚ろに泥む子殺しは、山神の裁きを受けるであろう……」
「あああっ!」
「こんなふざけた財宝話や、神格化された滝やとか、そこに転がってる中身のない祠とか、そんな虚ろなものに拘って、人を殺してしまった仙吉……」
「なんという……」
「あのときの抱きつき方は、ね」
「それを仙吉は……」
「知らなかったんやない?」

 生駒は大きく息を吐き出す。
「ふーーう。そうであって欲しいよな。でないと、彼女があまりに……」
「西脇さんは知っていたと思うよ。たぶんね」
「そうなのか……」

「だから、岩穴であのとき、佳代子さんのことでもめたとき、仙吉っていう名前を出しかけた」
「健治が過剰に反応した、せん、という言葉」
「うん。でも、それは違った。西脇さんは、健治さん殺しの犯人としてではなく、圭子さんに佳代子を生ませた男の名として、仙吉の名前を飲み込んだ……」
 優の視線は、生駒の頭の上を通り越していた。
 振り返ると、西脇が突っ立っていた。
 いつから聞いていたのだろう。がくりと膝を落とすと、両手を地面についた。

 空を見上げた。
 夕焼けの空に、鷹が舞っていた。
「綾ちゃん、聞き耳頭巾、ノブにまだ貸してくれるかなぁ」
 優が話を締めくくった。

 大葉という苗字の由来。
 平石の上で殺された吾一の子孫は、どんな苗字を自分達につけたのだろう。
 吾一の血に染まった平石の下の青しそ、大葉……。
 ふたりで想像したその話を、優はしなかった。これ以上、想像を膨らませた話を、警察の耳に入れる必要はない。
 すべては終わってしまったのだから。

 生駒は、今度は立ち上がることができた。

 めまいがした。
 意識が吹き飛ぶくらいに激しく、しかし、どことなく待ち望んでいたような安心感のあるめまいだった。
 鳥の歌が聞こえてきた。綾の言ったとおりの歌詞……。

 視界が暗転し、ぼやけてきた。

 と、優の腕が、生駒の体を抱きすくめた。
「ノブ、大丈夫? 顔色悪いよ」
「そりゃあ……悪いやろ。こんな……結末で、今更、なにがわかっても……」

 気がつくと、生駒は屋敷の庭に立っていた。
 綾の瞳も、不安そうに見つめている。

「ノブ、急に大切な石に座り込むんやもん。罰が当たるよ。石は割れるしさ」

 眼を落とすと、生駒は平石の脇の、小さな石に座り込んでいたようだ。
 そのトキの石、権現さんの像が真っ二つに割れていた。

「んんん?」
「いったい、どうしたんよ!」
「今、割れたんか?」
「え? 今?」
「いつから座ってたんや?」
「はあ? なに言うてんのん。たった今やんか!」

 生駒は頭巾を取り、綾に返した。

「さあてと、今日の葬式は何時からやったかな?」
 生駒は、晴れ晴れとした顔でいった。

「ノブ、もしかして……」
「おおいしこいしの、小さい方の石ってのは、この権現さんの石のことやったんやな」
「はあ? 聞き耳頭巾で、わらべ歌の歌詞の意味も聞いたとか……」

 水の溜まった針の穴とは滝壷の中の横穴のことだろう。
 あれを潜り抜けていけば、アマガハラノの栗の木の横の井戸に繋がっているのだ。聞き耳頭巾がなくても、迷わず栗の木に行き着くように設けられた抜け道。自然にできた岩の裂け目なのだろう。
 その秘密が、采家を守るものという話になり、財宝の話へと変化していったのだ。

「財宝か……」
 アマガハラノで迷うことを確かめた上で、あの井戸を降りていけばその真否は確認できる。
 しかし、もちろん生駒にそんな気はない。
「それも、わかってしまったとか?」
 優が顔を輝かせている。
 生駒はニッと笑った。

 たくみのゆめ、は宅見の夢ではない。匠の夢だ。つまり建築家である生駒が見る夢。

 鳥が歌った二番の、「せんのとがにや、おざぶをはずせ」は、仙吉の咎や無力を揶揄したものではなく、事実を暴くために、生駒にこの石の上にじかに座れと呼びかけていたのだった。

「わわわっ、ノブ、ずるいやん! まさか、犯人を!」
「ユウの推理もなかなか」

 橘文雄が綾を迎えに来て、相変わらずブスッとした会釈だけを残して帰っていった。
「生駒さーん、何もないけど、朝食の準備ができましたよー。急がないと、健治さんのお葬式に間に合わないよー」
 松の間から、久米が呼ぶ声が聞こえた。



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