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ノブ、ずるいやん 作者:奈備 光
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第 33 章 「せんのとがあきゃ」

「仙吉」
 生駒は、無理やり口からに吐き出すようにいった。

「は? 仙吉? 大葉仙吉さん?」
「アマガハラノに行った日、彼はひとりで先に山を降りた。恭介や西脇が、村に戻っているかどうかを見にいくといって」
「そうでした……」
「不自然な感じがしませんか? 大人ふたりの姿が見えなくなったからといって、そんなに大げさにすることですか? しかも彼らは、いわばこの村の住人。あの時点で、彼らを探すために一刻も早く、できれば自分だけで、村に戻る必要があったか? あるいは、ふたりの無事を確かめてから、また登りなおして、久米さんや僕に知らせてくれようとでもしたのか? 村でもふたりの姿は見つからなかったのに、山を登りなおして知らせてはくれなかったし、むしろ彼は、すでに服を着替えてさっぱりしていた……」

 生駒は唇を噛んだ。
 この不自然さにもっと早く気がつけば、あの日起きたことが、スライドショーのように時間軸に沿って眼前に姿を現したものを……。

「僕はその不自然さになかなか気がつかなかったが、今は違う。つまり彼も不安だったわけです。別の意味でいろいろなことが」

 アマガハラノで、西脇親子がそろって姿を消した。
 仙吉には、その理由を想像できた。采家の財宝にまつわる件だと。
 彼は、朝早く西脇が山に登っていくのを見たと証言した。つまり、橘と同じように、彼らが大きな荷物を持っていたことを見ていたはず。というより、その荷物が発電機とポンプであることを、見抜いていただろう。軽四から降ろす一部始終を、見ていたかもしれない。
 いずれにしろ、彼は山に登っていく西脇と息子の動きは警察に知らせたが、重そうな荷物のことは話さなかった。滝壷の財宝に絡んでの事件だと、警察に知られたくなかったからである。

 一族のものとみなされず、千寿や奈津から、滝へ至るルートなど、聞く立場になかった仙吉。しかし、一族としての自覚を持っていた。
 むしろ、強くそう考えていたとも言えるだろう。だからこそ、率先して千寿や奈津の世話をしていたのだし、屋敷に出入し、久米とも接点を持っていたのである。また、滝壷に眠る采家を助けるものを守ることは、采家のものとして当然の行いだと考えていただろう。

 仙吉は、一刻でも早く、西脇や恭介が姿を消した理由を確かめたかった。その時点で、すでに、西脇親子が己の欲望のために滝を汚そうとしていることに気づいていたのである。なんとしてでも、それを阻まねばならない。そこで、駆けるように山道を下っていった。

「そして、祠のところ、つまりここまで降りてきたとき、恭介を見つけたのです」
 生駒は優と想像しあったことを、あたかも見ていたかのように、一気に話していく。

 恭介が祠の後ろに潜り込もうとしていた。
 とっさに仙吉は身を隠し、頭をめぐらせた。西脇もこの下にいるに違いない。
 祠の裏に、なにがあるのか知らなかった。しかし、容易に想像はできる。滝壷への隠された道ではないか。

 草刈鎌を振りかざして、恭介の背に襲いかかった。そして、息子が降りてこないことを不思議に思った西脇が、穴から頭を出すのを待った。
 しかし、西脇は頭を出さない。時間がなくなってきた。まもなく久米達が下ってくる。彼らより先に村に着いていなければ。
 あきらめた仙吉は、恭介の死体を藪の中に隠した。

 そして、その日の午後、事情聴取が続いている間に、再び犯行現場に戻り、アマガハラノまで恭介を担いで上った。
 木元の犯行だと見せかけるために。彼が単独行動をとったことを知ったからだ。しかも、犯行現場が笹原だということになれば、仙吉が疑われることはまずない。

 夕刻、なにくわぬ顔で屋敷に姿を見せた仙吉は、また服を着替えていた。昼の着替えは、恭介を殺したときの服だから。夕方の着替えは、アマガハラノまで恭介の死体を運び上げたときの服だから。納屋に向かい、恭介の血をふき取っておいたタオルかなにかで、草刈鎌の一本を擦っておいた。

「これで警察の目を木元に向けさせることができる」
 生駒はフウッと息を吐き出した。
 寺井に対する怒りは、もう消し炭となっていた。自分が情けなかった。疲れてもいた。山を降り、綾の傍にいてやりたいと思った。

 最後の話をしよう。
「木元ではなく、もしかすると、久米さんに罪を着せようと考えたのかもしれません」
 寺井が、納得できたというように頷いた。

「さて、先ほど僕は、西脇親子が姿を消したことで、仙吉が不安になった理由が、色々あるという言い方をしました。誰よりも早く、村へ戻りたかったわけは……」
「健治殺しの……」
「そう。仙吉が健治を殺しました。そのことに気づかれたのではないか、と不安になったのです」
「で、西脇を探した」
「そうです。資材置き場の鉄パイプが、そのままあることも確かめたことでしょう。しかし、その前にあることをしました。それをしたかったから、ひとりで山を降りたともいえるでしょう」
「なんでしょう?」
「シャンプーとリンス」
 生駒の顔が久しぶりに緩んだ。

 この凄惨な事件に不釣合いな、華奢で頼りない品の名前を連発することになってしまった自分の話のまずさに、自嘲気味に笑ったのだった。
 腕に置かれたままの優の手が、励ますようにポンポンと動いた。

「三条は山から降りてきて、すぐシャワーを使いました。そのときすでに、シャンプーとリンスの袋は新しいものに変わっていました。朝、こいつが見たとき、袋は、それぞれ空のものが三個ずつだったのに」

 誰が取り替えたのだろう。
 可能なのは久米、道長、橘、綾、仙吉。久米と道長は下山後、離れには入っていないと証言している。ここに嘘がないとすれば、来客の世話係としての役柄から、ひとりに絞られる。

 仙吉は山から降りると、その足で屋敷の離れに入り込み、シャンプーとリンスを新しいものに入れ替えた。
 この行為は、いくら仙吉が気が利くとはいっても、おかしい。健治や木元や生駒達が、その日のうちに屋敷を辞す予定であり、離れの宿泊客は少なくとも一週間はない、ということを誰もが知っていたからだ。

 仙吉がそうした理由。
 もちろん、昨夜の失敗の証拠を残しておきたくなかったからである。
 空の袋が三個というのは、三条が朝には気づいていたから、空しい証拠隠滅工作だった。むしろ、この仙吉の行動が、生駒と三条の不審の源にもなったのだった。

「思い出してください。朝に犯行時刻を遅らせて得する人物。仙吉には同居の家族があり、朝早くから川向こうの畑に向かった。そこで隣人と言葉を交わし、自分のアリバイを確かなものにした。そこで、たまたま西脇親子の行動を見かけ、自分の運の強さにほくそ笑んだことでしょう。仙吉はどこかに隠してあいた鉄パイプを、西脇の資材置き場に放り込んでから、あんた方が西脇に注目するように仕向けた。それは単に、約束の時間に遅刻してきた恭介が、父親が集会所に書きおいたメモを見て、急いで後を追っていっただけのことなのに。それをあんた方は、恭介が殺害現場の後始末でもしていたと考えたんです。ちがいますか?」
「まあ、そのう……。ところで仙吉の動機は? その財宝を守ろうと?」
「もう、分ってるんじゃないですか?」
「今までのお話でおおよそは」
「では、もういいですか?」
「いえ、できましたら」

 生駒の頭に、頭巾をかぶったときの感触が甦ってきた。
 そして、あの鳥の歌。道長はそれが村の子供達の遊び歌だといった。遊び歌を鳥が真似て歌っていたのではなく、鳥の歌が、いつしか遊び歌になったのだろう。

  くりのきからすな……栗の木枯らすな
  くりのきからすな……栗の木枯らすな
  おおいしこいし……大石、小石
  みずのたまった……水の溜まった
  はりのあなをば……針の穴をば
  とおりゃんせ……通りゃんせ
  やまあらしは……山荒らしは
  たくみのゆめ……宅見の夢
  せんのとがあきゃ……千(仙)の戸が開きゃ
  おざぶをあてよ……お座布をあてよ

 仙吉ももちろん、この歌と共に育ったはずだ。
 仙吉はいつか気がついたのだろう。
 宅見佳代子が村に来てから。山を荒らす佳代子の邪な意図を阻止するため、扉を開けて采家を守るのは自分の役目だと。

 生駒はそう思いたかった。
 仙吉が、私利私欲のために、多くの人を殺したのだとは思いたくなかった。

 自分が聞いた歌の最後の歌詞。
  せんのとがにや……千(仙)の咎がにや
  おざぶをはずせ……お座布を外せ

 生駒は、この歌詞が放つ意味を信じたくはなかった。
 仙吉には咎めがあるというのだろうか。あるいは、任せられないというのだろうか。だから奈津は、最後まで仙吉を一族とは見なさなかったのだろうか。だから仙吉を、単に護衛役としてしか、扱わなかったのだろうか。

 生駒はそうだとは思いたくなかった。
 ただ、たとえ奈津がそうであったとしても、仙吉には自分がやるべきことは分かっていたのだ。栗の木を象徴とする采家を守るのは自分だということが。

 仙吉はこれまで、采家の下男としてこき使われながら、あばら家に住み、厳しい貧乏暮らしを耐えてきた。本家が没落してからは、千寿や奈津、そして家屋敷を守るため身を粉にしてきた。
 そして、佳代子と久米が来てからは、采家を守るための見張り役を自ら任じ、まるで下人の扱いを受けながらも、彼らの世話を焼いてきた。
 しかし、やがてとんでもない計画が進み始めた。久米のアトリエ建設である。これは仙吉にとって、そして采家にとっても屈辱的なものだった。新しい建物が建てば法律的に権利が発生し、実質的に屋敷を久米にのっとられるも同然だったからだ。

 仙吉は佳代子を殺し、猫の首を盛砂に仕込んで、これを断念させることに成功した。しかし、久米は村に来ることを止めようとはしない。
 ついに仙吉は、気づいたのだった。久米が采家の家屋敷ではなく、財宝を狙っているのだと。そしてそれを、あの歌にあるように、自分が阻止せねばならないのだと。

 あの夜、車のそばで身を隠しながら、生駒と奈津のやり取りを聞いていた仙吉の胸の内は、いかなるものだったろう。
 采家がこのような状態になっても、自分は認められていない。あくまで東村の妾の孫であって、采一族ではないのだ。
 胸が張り裂けそうだったろう。

 おのずと、奈津や健治、そして西脇への反感はあったはずだ。しかし、胸の内を隠して、穏やかな村男を演じ続けていた。佳代子は殺せても、まさか身内を殺そうなどとは、夢にも思わなかったのだ。
 そして自分の役目は、采家を、そして財宝が眠るとされる滝を守ること。強い意思で、そう言い聞かせていたはずだった。
 あの岩穴での座談会までは。

 岩穴で起きた諍い。
 佳代子が圭子の連れ子であり、健治は佳代子を愛していたという。
 そして健治の一言。なんと! そういうことだったのか! 仙吉さん! あんたは。

 あの言葉は、健治が佳代子の死が自殺なんて信じてはいない、という言葉と、西脇の口からこぼれ出た「せん」という言葉の後に語られたものだった。健治は仙吉に、佳代子他殺説の同意を求めたのかもしれなかったが、仙吉はそうとは受け取らなかった。自分が犯人だと名指しされた、と感じたのだった。
 仙吉は恐れた。と同時に、怒りが湧き起こった。
 これまで、采家のために自分がしてきたことの意味もわからず、この若造や西脇利郎は自分が犯人であることを暴こうというのか。
 今まで感じたことのないほどの空しさが、どこから吹き出てくるのかわからないほどの怒りが、仙吉を包んだ。
 胸は屈辱にまみれていた。そして、前後の見境もなく、その夜のうちに健治を殴り殺して、川に捨てたのだった。

 生駒の胸に、再び後悔の念が押し寄せてきた。
 久米と突っ込んだ話をしておきたかった。健治や恭介の事件が起きた日でも、葬儀の日でも。最悪、昨日の夜、あるいは今朝でも。

 久米に、仙吉が佳代子や西脇や美千代のことをどう思っているのかを、聞いておきたかった。そうすれば、意外な言葉を聞けたかもしれない。
 そして、あの日の夕方、恭介をアマガハラノまで探しに行く前、外へ久米が散歩に出て仙吉と連れ立って屋敷に戻ってきたとき、山から降りてきた仙吉と出会ったのではないか、と確認しておきたかった。そうすれば、仙吉が恭介の死体を隠しにいったのではないかと、もっと早く気がついたかもしれない。
 そして、財宝を狙っているのが自分達だけではないことに、気づいていたのかどうかも。気づいていたのなら、それが誰で、なぜ知ることになったのかを。そうすれば、岩代川の流れをせき止めた場所をもっと早く見つけ、西脇や恭介が姿を消した理由に、確信が持てたことだろう。

 そして、こんなことになる前に、真相に近づけたかもしれない。
 奈津や美千代、そして久米や橘までが死ぬことになる前に、犯人を突き止めることができたかもしれない。

 しかし、もう今や、生駒は手遅れとなった推論を寺井にぶちまけることしかできなかった。
 犯人を捕らえることはできるだろうが、なんという空しさか。

「仙吉自身が、財宝を我がものにしようと考えていたかどうか。それは知りません。しかし、少なくとも仙吉は、そんな動きはしていません。財宝を守るために数々の殺人を犯したことは言えても、財宝目当てだったということは立証できません」
「健治を殺したのは、佳代子殺しを暴かれそうになったから。恭介を殺したのは、財宝を守るため、ということですな」
 寺井がシラッと言ったが、そんなに簡単に片付けないでくれ、と生駒は叫びたかった。
 生駒は仙吉と話をしたかった。聞き耳頭巾をかぶり、鳥や木が語る仙吉の胸の内を聞いてみたかった。

「どちらも突発的な犯行だった、ということですな」
 寺井がひとり合点している。
「突発的に恭介を殺したのは、西脇親子が滝を汚そうとしていることに気がついていたからです。怒りに火がついたのです。仙吉自身は、滝壷への隠された道を知らされていなかったのです。そういう自分の立場の情けなさ。その裏返しともいえる怒りだったのです」
「うーむ、それだけですかね。なんとなく、あいまいなような気がしますなあ」

 久しぶりに寺井に反論されて、生駒は戸惑った。
「財宝を手に入れるつもりはなかった。千寿さんの遺産にも関心がなかった。目的は財宝を守るだけっていうのは、どうもねえ」
 寺井には、動機がそれだけだというのは理解しがたいのだろう。警察としては、もっと利に繋がる明確な動機が欲しいのだ。

「大葉仙吉は妾の孫です。ということは、千寿さんの遺産の相続権は、もともとないんじゃないでしょうか。そこらへんの法的なことは、詳しくは知りませんが」
 そうはいいつつ、もちろんあるひとつの事実に気はついている。

 寺井が薄く笑った。
「こういう事実があるんですが、生駒さんはこれについてどう考えられます?」
 大げさな物言いをして、どことなく得意げだ。ようやく一矢報いた、という気分なのだろう。
「大葉ハナにも、そして仙吉にも相続権はない。それはおっしゃるとおり。しかし、嫁の大葉真美、長男大葉秀一郎の妻ですが、彼女は采武雄の娘、つまり健治の妹です」
「そうですね……」
「つまり、健治が死ねば、妹の真美の取り分は倍になる。西脇家に相続人がいなくなればもっと増える。仙吉自身が相続するわけじゃないが、真美を嫁として迎えている大葉家としては、潤うわけじゃないですかね」
 にやりとした。知っていたのだ。

 真美と秀一郎夫婦は、大阪で居酒屋を経営していた。西脇の言によれば、その資金は真美の持参金でまかなったらしい。しかし事業は失敗……。
 仙吉は金が欲しかったのかもしれない。十分なことをしれやれなかった息子や娘達のために。
 生駒も、その可能性は否定できないでいた。しかし、それが一連の事件の動機だとは思いたくなかった。

 実際、生駒は優と、こんな推論まで議論していたのである。たとえ金目当てであったとしても、仙吉は最終段階として、嫁である真美を殺してしまおうとまで考えていたわけではないだろうと。クスノキの子殺しという言葉が気になった上での話だった。

 しかし、もう寺井にそんな話をする必要はない。事件は解決なのだ。
 寺井が立ち上がった。刑事の肩からトランシーバーをもぎ取った。
 もうすぐ仙吉は捕らえられる。

「まだ続きがあるわ」
 優の声が、寺井の指示を遮った。
「えっ。そうですか。それもお聞かせ願いますが、取り急ぎ容疑者の身柄だけは拘束して」
「その必要はない」
 優はうつむいたまま、厳しい声を寺井に投げつけた。
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