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ノブ、ずるいやん 作者:奈備 光
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第 32 章 「ノブ、代弁する」

 久米と橘が宝を狙っているという証拠や、佳代子を殺したという証拠は、なかなか得られなかった。奈津は、西脇に助力を頼もうと考えた。
 滝壷の秘密を知っているのは、千寿と奈津だけ。千寿の子孫が死に絶えたことで、奈津にその秘密が伝えられたのだったが、奈津とて伝えるべき子はない。誰かを選ぶ必要があった。
 西脇が久米に取り入って仕事をもらおうとしている点に不安があったが、一族としての自覚に賭けるしかない。
 健治も一族という意味では助けになるかもしれないが、秘密は一代にひとりずつ伝えていく習わしになっている。奈津には、健治がまだ頼りないと映っていた。

 奈津は、西脇利郎に滝への隠された道を教え、滝壷を守ることを誓わせたのだった。

 ある晩のこと。
 屋敷に多くの人が集まることを耳にした奈津は、いつものように久米を監視しにいった。
 参加者は久米以外に、西脇や健治、仙吉や綾など見知ったものたち。そして橘や生駒、道長や木元ら外部の人間。
 それぞれの人間関係や、この村に来る隠れた意図などを観察するにはもってこいの集まりだった。

 奈津は、会の最初から岩穴の入口で耳を澄まし、中の様子を窺っていた。そこで思いもかけず、采家の宝のことが話題に出たのだった。もちろん久米は無表情を装っていたが、西脇とて、それを守るという意志を鮮明にしたわけではない。
 奈津の怒りは募った。
 そしてその直後、怒りに火がついた。

 佳代子が圭子の子だったことが暴露され、岩穴座談会は混乱し、あろうことか、西脇が殺人犯だと健治に名指しされたも同然だったからだ。
 久米や橘、そして馬鹿なことを言い出した健治だけではなく、頼りにならない西脇にも、はらわたが煮えくり返る思いがした。

 そして、久米と橘を呪う気持ちが、祟りじゃという言葉となって、口からほとばしり出たのである。

 同時に奈津は、西脇にはおまえの務めを果たせと迫り、綾には呪いの話をせよと迫った。
 サヨの子孫である久米が、平石の伝説を知っていようがいまいが、十分な脅しになると考えてのことだった。

 ところで、奈津は佳代子の素性に気づいていた。千寿もそうだ。同時に、西脇の狙いにも気がついていた。
 彼女達はそれを知っていながら、黙って西脇の思うがままにさせていたのである。西脇のふがいなさや浅ましさにいらだちつつも、それほど佳代子が千寿に気に入られていたということである。

「橘一家について、奈津さんはどう考えていたか。もちろん文雄が久米さんの一味だということは自明です。しかしその娘、綾ちゃんには信頼を置いていた。というよりむしろ、聞き耳頭巾の使い手として慈しんでいたといえるでしょう。子供に罪はなく、希望だけがある。奈津さんは、極めて全うな感覚の持ち主でした」

 寺井にする必要のない話かもしれない。
 ただ、それを話したのは、西脇への怒りがまたぶり返してきただけのことだったし、生駒自身の奈津への感情が、嫌悪から畏怖へと変化したことを、言葉として残しておきたいと感じたからでもあった。

 奈津の不安は募った。
 美千代の監視では、まだ久米は滝壷への隠しルートを発見していないはずだったが、別のルートを確保しようとしている。そこで念のため、滝壷の様子を確認しようとした。ガレバを通って滝壷に降りていき、とんでもないものを目にしてしまう。

「ところで、橘がした話。西脇親子が重い荷物を山に運んだという話。警察では、どう検証しましたか?」
 寺井が久しぶりに晴れ晴れとした顔をした。
「ええ、本人に確かめましたよ。ポータブル発電機とポンプだということでした」
「で? 実物を確かめましたか?」
「いや、それは……」
 業務上の使用だと言われたので……、という言葉を飲み込んでいる。
「奈津さんは、それを見たのです。あのガレバか滝壷で。西脇工務店の名前が入っているポンプを」

 奈津は愕然としてしまう。なんと、滝は枯れ、滝壷の水を抜くためのポンプが置いてあったのだ。
 久米や橘だけではなく、西脇もが財宝を狙っていることを知ったのだった。

 そして健治が殺された。

「美千代さんはどんなに悲しんだことでしょう。悔しかったことでしょう。狂人の真似までして、真相を追っていたのです。警察が頼りにならないから」
 寺井がぐぅと唸った。
「息子を殺したやつは、佳代子を殺した犯人と同じやつに違いないと思ったことでしょう。彼女も、必死だったはずです。ただ、西脇ではなく、犯人は久米さんだと信じ込んでいたに違いありません。だから、あの集会所で見つけたメモのことを、あんた方に話したんです。そして、西脇家と並んで葬式を挙げた」
「……」
「あの夜、久米さんをつけていった美千代さん。鬼気迫るものがありました。真犯人を突き止めようと……。あんた方は、それをどう感じます?」
 寺井の口から、申し訳ないという言葉が漏れた。
「恭介も殺されていた。したがって、西脇が久米さんと組んでいる可能性はない、と奈津さん達は考えた。ところが警察は、西脇を拘束したまま」
「……」

 久米は財宝探しの邪魔者である佳代子、健治、恭介と順に殺し、西脇には罪をきせることによって、排除しつつある。計画は着々と進んでいる。
 奈津は焦った。美千代の機転によって、西脇は釈放される見通しだったが、それを知らない奈津には、頼れる男がいなくなってしまった。
 残ったのは、仙吉だけ。
 しかし、奈津は仙吉を一族のものとみなしていなかった。奈津からすれば、仙吉は、父親が東村の女に生ませた腹違いの妹の息子。
 彼女の会話に、日ごろから世話を焼いてくれている仙吉の名前は出てこなかった。滝壷への道を教えて財宝を守らせる、という発想は浮かびもしなかった。

「そして追い詰められた奈津さんは……」
「ああいうことに……」
「そうです」

 奈津にとって、すでに時間の余裕はなかった。
 西脇工務店のポンプは見当たらなくなったが、滝の水は流れを変え、滝壷は池となっている。
 そういう状況を示しても、警察が動くはずがない。しかも、佳代子の件も健治の件も、そして恭介の件も、彼女はどんな証拠も掴んでいるわけではない。
 もう最後の手段しか残されていなかった。

 奈津は、身を挺して財宝を守るという決意を固める。
 ふたりの葬式を出し、自分が遺書を残していると千寿の耳に入れてから、山に向かう。
 神社で白装束に着替え、ガレバに降りていく。
 そして、あの石に座り込んだ。

「なんらかの方策があったのか、あるいは死んで亡骸を晒すことで、財宝を荒らすものを押しとどめようとしたのか。いつの日か釈放されるかもしれない西脇がガレバに降りてくることを見越して、自分の決死の覚悟を、伝えようとしたのかもしれない。あるいは、あの仕掛けを作動させようとしていたのかもしれない。奈津さんは綾ちゃんから聞いて、あの石が割れそうだということを知っていたと思われるからです。しかし、今となっては、奈津さんの気持ちはわからない。ただ、美千代さんをその計画に巻き込むことはしなかった。ただひとりで、出かけていったのです」

 鑑識の係員が、祠や血溜まりのあった藪を調べていた。
 もう祠は、妖気を発してはいない。これだけの人に包囲され、無関心を見せつけられて、どこかに退散してしまったのだろうか。
 二度と戻ってくることはないかもしれない。もうこの先、だれもこの祠を崇めたりすることはないだろうから。

「もともと、僕たちの悩みは、恭介がどこで殺されたのかということだった。彼は笹の中で倒れていたが、争うような声は聞こえなかった。それに、僕らが通っていった踏み分け道にも、争ったような跡や血が飛び散った痕はなかった。警察の現場検証では?」
「おっしゃるとおりです」
「ということは、彼は笹原の中、倒れていた位置で、声をあげる間もなく殺されたことになる。すると、彼はなんのためにあそこまで入っていったのだろう。小便でもするために? そこでばったり木元と出くわして? 一瞬のうちに? どうも、いい答えではない。もしかすると、別の場所で殺されて、死体を隠すために、あそこに運び込まれたのではないか、と考えれば……」
「それが……」
 寺井が、鑑識が群がる藪に眼をやった。

「ところで、恭介の死体ですが、身を屈めていましたよね。あれはどう考えられます?」
「うむ。屈みこんでいるところを、後ろから一撃で仕留められた、と見るべきでしょうな」
 寺井が不穏当な表現を使ったが、生駒にはそれをたしなめる気力はなかった。ただ、そうですね、と話を先へ進めた。

「恭介は、父親が持っている大きなナタを借りに、笹原の入口まで戻っていった。ところが、父親の姿がない。しばらく待ったが、現れない。おかしい。父親の身に、なにか異変が起きたのではないか。探さなければ。しかし、どこにもいない。軽いパニックになり、頭から僕達のことが消えてしまうと同時に、彼は思いつきました。父親はあそこにいるのではないか、と。滝の財宝を引き上げるために、ふたりで作業をしたところ。滝の水をガレバに落ちるように、渓流をせき止めたところ。そう考えた恭介はアマガハラノから駆け下り、その現場に向かった。しかし、そこにも父親の姿はなかった」

「その現場というのはどこです?」
「そこの踏み跡を行ったらわかります。水が流れているから、それを遡っていけばいい。ついでにいうと、踏み跡をそのまま進むと滝壷の上に出る。そこに縄梯子が括りつけてありました。さっき、滝壷で見つけた梯子です。ただ、見に行くなら地面に残された靴跡を確認してから」
 寺井があごをしゃくって、刑事を走らせた。
「そこで恭介は、父親とポンプを運び下ろしたガレバに降りていこうとしたわけです。そして、穴にもぐりこもうと屈みこんだ。そのときです。襲われたのは。穴の周りに血が飛び散った痕跡がないか、確認しておいてください。正確な殺害現場はあのあたりです。犯人は数時間後、屈みこんだまま死後硬直の始まった恭介の死体を、あの藪から引きずり出し、上まで運んで笹原の中に放り込んだんです」
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