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ノブ、ずるいやん 作者:奈備 光
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第 17 章 「久米と仙吉」

 翌日の昼下がりまでは手持ち無沙汰に過ぎた。といっても、久米の畑仕事を漫然と手伝いながら、楽しめないでいたという方が正しい。
 警察に拘束されているわけではないので、気晴らしがてらに下のコンビニまでアイスクリームを買いに行ったりしても、とやかく言われるわけでもなかった。
 まだ聞きたいことがあるかもしれないのでここにいてくれ、という寺井の言葉はまだ生きているのだろうが、離れのあたりで所在なげにたむろしていた警察官も、十時過ぎには姿が見えなくなっていた。

 道長はといえば、警察官がいなくなるや否や、タクシーを呼んで帰ってしまった。久米も、もう大阪に戻ってもいいのでしょう、などと言ったりしていた。
 生駒も畑仕事で火照った体を休めたら引き上げるつもりだった。
 ただ、昨夜、思いのほかぐっすり眠ったおかげで、事件への関心はまだ持続していた。特に優は推理をやめようとしなかった。

 生駒と優は、寺井からいくつかの情報を得ていた。

 健治のパジャマには布団と同様、上下共に体毛が付着していた。鑑識の結果待ちではあるが、健治がパジャマに袖を通したことは間違いないだろうということだった。きちんと畳んでボストンバッグに入れてあったという。

 健治が襲われたのは屋敷の下の道でカーブになっているところ。屋敷からも下の民家からも死角になっている地点に間違いないという。舗装のコンクリートからも血痕が発見されていた。

 木元は完全に否認しているらしい。

「パジャマに毛がついていたけど、それだけでは着替えた証拠にはならないやん。洗濯したけど取れていなかっただけかもしれないし、犯人が広げて布団の上を擦っておいたのかもしれないし」
 などと未練がましく優がまくし立てている。
 コンビニまで買い物に行った帰りだ。村の中を生駒はゆっくり車を進めている。
「まだ、風呂に入る前に誘い出されたという説にこだわってるんやな」

 車が屋敷の下のカーブに差し掛かっている。
 道幅は車一台分。横には五十センチくらいの幅で草が生えている。ところどころに木が立っているし、潅木が川面への視界を遮っているが、この数メートルの間だけはまるで絶妙なトラップのように裸地で、足を踏み外せば川面までまっさかさまだ。ガードレールもない。
 道の反対側は屋敷の石垣だが、この辺りは石垣の上まで五メートルほどもあり、見通しはよくない。
 道路と石垣との間には水路が走っていて、豊かな量の水が駆け下っていた。

 犯行現場だというそれらしい印は、舗装に描かれた丸いチョークだけ。

 空は昨日と違ってどんよりと曇っている。もういつ梅雨に入ってもおかしくない時期だ。
 裏の空地の雑草も、ぐんと背丈が伸びてきた。生駒はその中に車を乗り入れた。

「ね、下着さ。ノブは寝るとき、パジャマの下になにも着ないやん。朝になってから新しいパンツをはくやんか。それって一般的?」
「人それぞれやろ」
 先ほど、優は寺井に健治の下着はどうだったのか、と質問したのだった。
「それにしても寺井のおっさん、自分の都合でしか答えないなあ」
「そりゃ、そうやろ。僕らは一般人なんやから」
「もっと詳しく話してくれたら、こっちも考えるのに」
「そうやね、可愛い探偵さん」
「ふん。あ、あんなところに門が」

 空地に面して屋敷の裏木戸があるが、それが開かれるのを生駒は見たことがない。
 いつも、空地に車を停めると一旦道を下り、石段をまた登りなおしている。

「あそこから入れば近道なのにな」
「もしかして、あの門って」
「かもなあ」
 人身御供となったサヨが通っていった門かもしれなかった。

「お風呂場、見にいこ。気になってたことがあるねん」
 離れの立ち入り禁止もすでに解かれていた。
 一見したところ、なにも変わった様子はない。生駒はそう感じた。しかし優は、ふふんと唸っている。
「靴がない」
「誰の?」
「やっぱりあれは、健治さんの靴やったんや」
「ん?」
「昨日さ、シャワー浴びたとき、玄関に革靴が一足あったんやけど、今はない。警察が持って帰ったみたい」
「それがどうした」
「健治さんの靴やん。あの人、暑いのに革靴履いてきてた。今度、寺井のおっさんに確かめよう、次はこっち」

 昨晩は使われていないので、浴室は完全に乾いていた。優はここではがっかりした声を出した。
「変化なしか」
「なんじゃい」
「これ」
 シャンプーとリンスの袋。ボトル式のものではなく、一回分の袋入りのものを、久米は人数分用意して洗面化粧台の上に置いてくれていた。
「おまえ、いったいなにを喋ってるんや?」
「昨日の朝さあ、シャンプーしようかなって」
「こんな山奥まで来て、そうまでせんでもええがな」
「ほっといて。でもさ、できなかった。シャンプーがなかったから」
「ん? ちゃんと四つあるぞ」
「昨日の朝のことよ。シャンプーとリンスの空袋が、三つしかなかった」
「空袋? 三つ?」
「洗面化粧台の上にも下にもない。ゴミ箱の中にもない。浴室にもない。縁側や廊下にも落ちてなかった。ノブ、使った?」
「ひとつはな」
「木元さんも使ってた。私がお風呂に入ったとき、空袋、あったから」
「なにが言いたいねん。もともと四人分あったんか?」
「あったよ。リンス、二袋使おうかなと思ったんやけど、きっちりあとノブの分と健治さんの分しか残ってなかったし。山から下りてきたときもちゃんと四個ずつ用意されてたから」
「夜は二袋使って、朝は朝でまた髪洗うんかい」
「だから、ほっといてって。おかしいのは三個しかなかったってことやん」
「警察が押収していったんやないか?」
「ちょっと! 人の話、聞いている? 昨日の朝って何回言わすん? 警察がここに来る前!」
「へえへえ。しかし、ということは……、うーん、どういうことになるんや?」
「犯人が持っていったに決まってるやんか!」
「へ? 空袋を?」

 昼の弁当を食べ終えたとき、新しい動きが起きた。

「事件は解決に向かっているようです」
 仙吉が顔を見せるなり報告した。
「やはり木元が」
 久米が決めつけた。
「警察が尋問しているみたいです。ところが健治の方は……」
 もったいぶったわけではないだろうが、仙吉はここで詰まった。
「利郎さんが警察に呼ばれましてなぁ」
「えっ、西脇さんが?」
「はぁ。自分はやってないと言ってるそうなんですが。わしには、なにがどうなっているのか……。実は……」
「差し支えなければ、話してください」
 仙吉が途切れながらに語り始めた。

「昨日の朝早くのことです。うちの畑、川の向こう側にあるんですけど、山に行く前にひと仕事しておこうと思って、隣の畑の人と喋りながら草抜きなんかをしておったんです。実はその畑からこの前の道がよく見えるんです。で、ふと目を上げると、利郎さんが車を屋敷の裏に停めて山に登っていくのが見えました。ははぁ、律儀に下見でもしに行くんかいなと思っただけで、そのときは気にもとめなかったんです。ところが、しばらくすると今度は息子の恭介が父親の後を追っていくのに気がついて」
 仙吉は、警察に事情聴取を受けたときに、この話はしていたのだという。

「橘さんも荷物がどうって、妙なことを話してましたし。いったいどういうことになったんでっしゃろ。どういうわけで利郎さんが犯人扱いされることになったんか……」
「理由について、なにか聞いていないんですか?」
「はぁ。それが、どうも……」
 仙吉は縁側に座り込み、冷たい麦茶を飲み干した。しばらく迷っていたが、やがてぽつりといった。
「健治は利郎さんを恨んでいたんかもしれません」
 そしてまた黙り込んでしまう。
「佳代子さんのことで?」
 久米の言葉に、仙吉はそうだとも違うとも言わずにうつむいている。

 生駒は、昨夜は眠たさと疲れのおかげで、まともな考えが浮かばなかったが、今はあらゆることを事件に結びつけて考えるスタンバイ状態ができていた。
 それは生駒だけではない。今、西脇利郎という名を聞いて久米がすぐに佳代子の名を出したように、健治、西脇、佳代子の三人の間に存在するきわめて明快な構図に誰もが気付いていた。
 事件が起きたのは、佳代子と西脇の関係が、岩穴で綾の一言によって暴かれた夜のことなのだ。

「返り討ちにされたんじゃないかというようなことでして……」
 とぼけていてもしかたないと思ったのか、仙吉が仕入れてきた言葉をポロリと披露した。
「返り討ち?」
「はあ」

 健治は佳代子が西脇の妻、圭子の連れ子だということを知らなかった。それを知り、佳代子との恋愛が成就しなかった原因が西脇にある、と考えたのだ。もしかすると、西脇が彼女を殺したと思ったのかもしれない。

 久米も好奇心が大きくなったのだろう。
「実は一年前、佳代子さんが死んだ後、健治さんが遺体はどうなったのかと聞いてこられましてね。それで葬式のときに、彼にだけは声をかけたんですよ。で、まあ、健治さんが、なんというか、とても悲しんでいましてね。それで僕は、ああ、彼は佳代子さんを愛していたんだと」
 仙吉は目を落とした。
「違うでしょうか?」
 久米は仙吉に話をさせようとしていた。
「そうですなぁ。わしもそうかなとは……」
 しかし仙吉はまた口をつぐんでしまう。うかつなことは言えないと思い直しているのだろう。
 仙吉にしてみれば、西脇の嫌疑がさらに深まるようなことを言いふらす必要もない。

「その後、考えたんですが、佳代子さんが自殺したのは健治さんとの間で揉め事が、つまり佳代子さんに結婚できないような理由があったからじゃないでしょうかね。それを彼女は悲観して、と思ったりしてたんですよ」
 久米はあくまで健治と佳代子、そして西脇の関係を前提に話そうとしている。
「はぁ」

 仙吉は、結果として殺人にまで至ってしまった親戚同士のいさかいやプライベートを、部外者に話したくはないだろう。あいまいな返事を繰り返している。
 ただ、久米は執拗だった。
「仙吉さんも、佳代子さんが西脇さんの娘さんだということをご存じなかったようでしたが」
「お恥ずかしい限りで」
「なぜ、西脇さんはそれを隠していたんでしょう」
「それは……」
「おっしゃってください。たぶん僕に関係することなんでしょう? 大体の察しはついています」

 仙吉が久米を上目遣いに見た。
「お気を悪くせんでくださいよ」
「もちろんですとも」と、久米が大きく頷いた。
「ねえ、仙吉さん。村の皆さんやご親戚の方々が、僕のことをどう思っておられるのか、知りたいんです。親しくしていただいている仙吉さんなら、そのあたりのことも話していただけるだろうと思っています」
「わしの想像ですけど……」と、仙吉が気弱に念を押した。
「ええ、それで結構です」
 仙吉が意を決したように背筋を伸ばした。

「なんで利郎さんがそんなことを隠していたんか、あの晩はあの人の考えていることがわかりませんでしたが、今は、うすうす思うところがあります。利郎さんは、久米先生の建築の仕事を請け負いたいと考えていたわけでして……」
 恐縮至極という顔になって、意味もなく久米に頭を下げた。久米がそれは知っていました、と頷き、
「初めから、西脇さんの会社にアトリエ工事を発注しておればよかったですね。せっかく、地元にちゃんとした工務店があるのに」
と、逆に恐縮してみせた。

 ちゃんとしたかどうかは別にして、久米が屋敷の改装などの小工事を、すべて西脇工務店に発注していることを生駒は知っていた。もちろんそれは久米の采家への配慮であるし、同時に村への配慮であると考えていた。

 仙吉は久米の反省の弁に安堵したのか、気持ちを吐露した。

「わしでさえ、少し不愉快な気分になりました。あ、いえ、工事のことやなく、利郎さんが佳代子さんのことを黙っていたことに対してです。きっと健治もそんな気持ちやったんやろうと思います。というか、健治の方は、もっと違う思いがしたんでっしゃろう。佳代子さんを好きやったんですから」
 仙吉は早口に言い終えると、ほっと一息をついた。

「そうですね。それで健治さんは西脇さんに詰め寄ったということか。あるいは襲ったと。仙吉さんもやはりそう思われますか。で、返り討ちに」
 久米が納得したように、結論めいたことを口にした。
「はぁ。わしの想像ですけど、朝早く、健治は集会所に利郎さんを訪ねたんやろうと思います」

 あのカーブのところで、健治と西脇が対峙している様子が眼に浮かんだ。
 もう、そこでどんなやり取りがかわされたのか、容易に想像することができた。
 生駒だけでなく、優も久米も仙吉もそうだったろう。
 仙吉はうなだれて縁側の板の目を見つめていたし、久米はそんな仙吉を見つめていた。そしてこういった。

「佳代子さんか……。しっかりした、いい人だった」
「葬式は久米さんが出していただいたんですか……知りませんで、お手数をおかけして……」
「警察署に長く安置されたまま、誰も引き取りに来ないということだったので、僕が。町の葬儀場で……」
「ほんとにそれは、申し訳ないことで……。で、あのう、お墓は?」
「町営墓地に」
「あのう、後で場所を……」
「ええ。行ってあげてください」

 久米がすっと庭に眼をやった。生駒はどちらに聞くともなしにいった。
「宅見というのは、西脇さんの奥さんの旧姓だったんですね」
 仙吉はうつむいたまま。疑問を解いてくれたのは久米だった。

「いや、違うようですね。佳代子さんは親戚の養子になっていたそうで。だから大阪に」
 なるほど。だから西脇は自分の子ではないと強弁することができたのだろう。そして誰にもその関係を知られることがなかったわけだ。
「養子に行った人がなぜ戻ってきたのか、ということまでは知らないけど。その養子縁組は建前的なものだったのかもしれませんね」

 岩穴座談会で綾が叫ぶようにいった言葉。
 おねえさんは寂しかったのよ、悲しんでいたんだよ。

 生駒は佳代子と話すことはあっても、そして、ほのかな好意さえ持ってもいたが、そんな彼女の心の内まで理解することはなかった。
 気づこうとさえしていなかった。
 人とは、いかに表面的な付き合いだけで満足してしまう生き物だろう。
 生駒は、自分にはなにもできることはなかった、とは思いながらも、心の中で佳代子に謝らずにはおれなかった。

「さびしい葬式でした」と、久米がうなだれた仙吉に話しかけている。
「健治さんと僕だけでね。仙吉さんにも声を掛ければよかったですなあ」
「はぁ」
「村の人たちへは、なんというか……、その、ちょっと僕から声を掛けるのは、やめておいた方がいいように思いましてねえ」
 久米の当時の心境としては、そうだろう。
 久米にそう感じさせるそんな環境は、今もたいして変わってはいない。

「それでまあ、仙吉さんに声を掛けたら、仙吉さん自身が辛い立場になるかと遠慮したわけなんですが……」
 なぜ、実の母親である圭子という女性は、娘の佳代子の遺体を引取りに来なかったのだろう。生駒は疑問に思ったものの、仙吉にそれを問うわけにもいかず、答えは見つからなかった。それだけ西脇が恭介だけを愛し、圭子に対して締め付けていたのかもしれなかった。

 しかし、そんなしんみりした話題は中断となった。

 ひとりの女性が門をくぐってきた。そして縁側の人たちの姿を認めると一目散に駆け寄ってきた。はじめて見る人だった。

 と、女性は仙吉に掴みかかった。
「うう、うぅ!」
 泣いていた。
 力なく仙吉の肩を揺すった。
「うちの人はどうなるの! 助けてよ!」

「圭子さん……、このたびはお気の毒なことになって……」
 仙吉は女の腕をそっと掴んで引き離そうとした。しかし圭子は逆に力をこめて仙吉に抱きつく。そしてますます激しく泣き出す。
 髪を振り乱し、首を強く振りながら、助けてよ、と繰り返した。

 一年前に娘が自殺し、息子は殺され、夫が殺人の容疑で警察の取調べを受けている。
 仙吉にむしゃぶりついて泣きじゃくる圭子の姿は痛ましかった。
 久米も生駒も声の掛けようがなかった。
 優が眉間に皺を寄せて、圭子が仙吉の胸に顔をうずめているのを見ていた。

 仙吉はしばらくの間、圭子が泣くに任せていたが、やがて体をやさしく引き剥がすと、黙って久米や生駒に頭を下げ、圭子を引きずるようにして門を出ていった。

「さ、そろそろ、引き上げるか」
 今から出れば、大阪には宵のうちに着くことができる。塔の間で荷物をまとめ始めた生駒に、優が気のない返事をした。
「そうねえ」
「どうした? 元気ない声、出して」
「明日、仕事、忙しい?」
「いや、別に。ん? おい、もう一泊しようってか?」
「せっかくここまで来たんやから、丹後半島をドライブでもしたらどうかなって。気分もスカッとしたいし。明日は快晴みたいやし」
「はあ?」
「いや?」
「本気か?」
 優は事件の成り行きを見届けたいのだ。

「西脇と木元。彼らが自供するまでいるつもりか?」
「ううん。違うと思うねん」
「そりゃ、変やとは思うよ。ふたつの別々の事件でしたって、言われてもな」
「そうやんねえ! 絶対おかしい。きっと犯人は今どこかでほくそ笑んでいると思うねん」
「ほくそ笑んでいるか……。誰やと思う? 目星は?」
「全然」
「じゃ、ただ漫然と、なにかを待つんかい!」
「そういうことでもないけど」
 優が平石に眼をやった。

「あ、もしかして聞き耳頭巾で新しい情報を、なんて考えているんじゃないやろな」
「うん」
「おいおい、まさか、夜中に平石の声を」
「そう」
「あ、の、な、あ、勘弁してくれよ」
「ハハハ。平石は無理にしても、せめて神社のクスノキ」
「おい!」

「でも、そんなことだけで事件解決の鍵を得ようなんて期待してないよ」
「当たり前や!」
「うまく言えないけど、なにかあると思えへん? この村に。この屋敷に……。それがなんなのか、わからない。もっと大きな、ひとつの意志に基づいた流れが」
「なんか、たいそうで、漠然とした話やな。でも、久米さんはどうするって?」
「久米さんは喜ぶよ」
「なぜ、わかる?」
「だって、綾ちゃんから平石の話を聞いてからは、とてもひとりじゃ寝られないって、さっき言ってたから」
「あ? もう、泊まるって伝えたのか?」
「へへ」
「やれやれ」

「さ、そうと決まれば、ノブの大好きな散歩に出発じゃー」
「さんぽぉ?」
「下見よ」
「はぁ?」
「だから、し・た・み」
「神社?」
「そそ。でも、もうちょっと先まで」
「滝か。しつこく興味があるんやな」
「ノブはない?」
 もうない。
 滝だけではなく、この屋敷にさえ関心がなくなりかけていた。

 これまで、この村のひなびた風景を美しいと思っていたし、家々の佇まいも郷愁を誘っていた。
 また、この屋敷の建物プランやさまざまな設えは、建築家としての興味をかきたててくれてもいた。
 しかし今はもう、そんなものは遠くかすんでしまっている。
 久米には悪いが、釣り大会にも関心はない。もっと言えば、この村や屋敷を訪れることはもうないかもしれない、とさえ思い始めていた。

「あんまりな」
「ちぇ。ま、いいやんか。そうと決まれば、散歩じゃー、さ・ん・ぽ!」
 優がぽんと立ち上がり、生駒の両脇に腕を差し込んで立ち上がらせようとした。
「泊まらない。でも、散歩は行こう。最後の散歩や」

 生駒も立ち上がった。
「でも、その前に」
 寺井に電話を掛けたが、靴の件は優が想像したとおりだった。
 健治は素足に草履だったという。離れの縁側の靴脱ぎ石に置いてあったゴム草履だったらしい。
 シャンプーとリンスの袋の件は、寺井は唸っただけだった。
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