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ノブ、ずるいやん 作者:奈備 光
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第 16 章 「聞き耳頭巾」

「寺井さんとなに話したん?」
 今夜の寝床である塔の間に落ち着くなり優が聞いてきた。
「口止めされた」
「あ、また私に秘密を作るつもり?」
「またって、なんやねん」
「佳代子さんのこと」
「う、あれは」
「うそうそ。気にしてるようで気にしてない」
「うにゅ」
「はい。じゃ、教えて」

 生駒は寺井との話を聞かせた。
「ふうん。ね、少し考えてみようか。ノブも疑われているんやしね」
「ふぁー、疲れたなあ。それに、もう疑われてないやろ」
「そかな。で、恭介くん殺しは木元くんでほぼ決まり、かな?」
「まあなぁ」
「健治さん殺しは? それも木元くんっていうこと?」

 生駒は首を捻った。木元がなぜ健治を殺す必要がある?
 それをいうなら、なぜ木元は恭介を襲ったのだろう。もし健治殺しの犯人も木元だとすれば、その動機は恭介殺しと無関係であるはずがないが。

「木元は恭介より少し先輩や。なのになにかにつけて年下の恭介にいびられていた。羽振りがよかった頃の西脇工務店のひとり息子と、貧しい大工の息子という関係。子供のころに一旦出来上がった関係なんて、大人になってもなかなか変わるもんじゃないからな」
 優はちょっと首を捻ったが、なにも言わなかった。
「だから今でも木元は恭介に頭が上がらない。しかも木元は思い詰めるタイプ。恭介はといえば、甘やかされてお坊ちゃまのまま大きくなっている」
「まあねぇ」
「恭介は卒業後も今に至るまで、ずっと木元に対して偉そうに振る舞い、木元は怨みを募らせていたのかもしれない。たまたま知り合った橘に誘われてここへ顔を出すようになったけど、なんと、またそこに恭介が現れた。そして、いつもと同じように周りのことをまったく考えない行動を見せつけ、しかも、人前で侮辱された。ほら、アマガハラノで」
「うん。あれはちょっとびっくりしたなあ」
「いつもおまえの言うことはまどろっこしい、とかなんとか」
「つまり、長年の怨みが積もり積もっていた、と」

「でも、ひとつ気になることがある」
「なに?」
「なぜ、アマガハラノで恭介を殺したのかってこと」
 優が頷いた。
「あそこで恭介がひとりで、原っぱの入口に戻るなんてことは、誰にも予測できなかった。それにあの班分けも、あのとき決めた。計画の立てようがなかったはず」
「突発的な犯意?」
「犯意? なんやミステリーみたいな言い方をするやんけ」
「気にしない、気にしない」
「ん、ま、つまり、日ごろから隙あればって狙ってた」
「木元くんが犯人やとしたら、そうとしか考えられないということやね。生駒論では」

 しかしそうは話しながら、生駒はなんとなく納得できなかった。
「あんなこともあったし」
と、優がにやりとした。
「あんなこと?」
「あのふたりは私に関心を持っていた。気づいてた?」
「関心っていうのは大げさやろ」
「へへ。たとえば、彩香さんに対しても」
「ハハ、想像力全開!」
「恋のライバル。そんなに美しいもんやないか」
「木元はあのとおり無口で、女の子の喜びそうなことのひとつも言えるようなやつじゃない。それにあの肥満」
 優がまた大きく頷いた。

「対して恭介はいわば天真爛漫。悪く言えばお調子者。彼女くらいの年頃の娘は、どちらを選ぶかっていうと、小っちゃくて可愛くてお調子者の方かもしれない。一緒にいて楽しいからっていうだけの理由で」
「一般的にはそうかもね」
「うん」
「私は違うけど」

 優の目がすっと細くなって笑った。
 しなやかな右手の中指が顔の上を滑っていき、耳たぶを擦り上げ、右から左へと眉毛に触れていった。考え込んだときの癖である。化粧けがない優ならではのしぐさだ。その後、顔の中央を落ちてきて唇に触れるときもある。生駒には見慣れたものだ。

「でも、少し弱いよね」

 生駒は大きなあくびをした。まだ神経がぴりぴりして眠れそうにないが、まぶたはすでにはれぼったい。

「彩香さんてしっかり者やんか。自立してる。金銭的な面でも考え方の面でも。恭介くんを選ぶかなあ。彼、ちょっと変なところもあったし」
 優が気ままに喋っている。
 積年の怨み説からいつのまにか恋のライバル説にすり替わってしまっていた。

「うん。逆かもしれない。つまり恭介くんの方が、木元くんが邪魔でしようがなかった。木元くんの方が年上やし、まがりなりにも立派なひとつの店の主やんか。いわゆる大人。それに比べて自分は、あの一見破天荒な父親に溺愛され、いわばぼんぼん育ちであることに一種の引け目を持っていた。彩香さんをめぐって分が悪いと……」

 こんな話をしながら、優も眠たくなるのを待っているだけなのだ。生駒も優もすでに畳に寝転んでいた。

「沈思黙考やけどちょっと怖いところもある木元か、表面的には軽くても根に劣等感を持っている恭介か」
「うんうん」
「じゃ、健治殺しの方は?」
「佳代子さんよ」
「佳代子を取りあって? まさか。木元と健治じゃハナから勝負にならない」
「なんで? 健治さんが圧倒的有利ってこと?」
「木元二十一歳。対して健治は三十六歳。佳代子は当時二十四歳」
「そんなことが恋の勝負にならない理由になると思う?」
「いや、ならない」
 またあくびが出た。今夜はぐっすり眠れそうだ。

「木元が健治を殺す理由は……」
「命日の日に……」
「でも、恭介殺しが彩香を巡ってのことで、健治殺しが佳代子を今でも慕うあまりにということだとしたら、木元はやけに気が多い男ってことになるぞ」
「男の人の気持ちはわからない」
「それをいうなら女の気持ち」
「お、やっとノブもそれに気づいたか」
「関係ないこと言うな。いずれにしろ、競争相手を殺してしまうほどの恋愛を、同時並行でするような男には見えないけどな」
「燃えるような激しい恋じゃなく、心の中に深く潜行した恋する感情だけ、やったかもしれないやん」
「なんとも、ややこしい表現やな」
「ううん、単純な話よ」
「あ、そか。これや! 木元はその恋のライバル説で健治を殺した。それを恭介に見られていた。で、口封じのために」
「こら、ノブ、もっとまじめに。そんなシーンを恭介くんが見ていたんなら、ホイホイ一緒に山登りになんか行く?」

 まぶたが落ちてきた。
 こんな思いつきをいくら並べても、犯人を追い詰めるような推理が出てくるはずもない。

「ノブ、ところでさ、健治さんの事件ではチャンスという意味では誰でも似かよったものやんか」
「うん」
「視点を変えてみたら? なぜ健治さんは出ていったのか。いつ出ていったのか」
「誘い出されて出ていったのか、自分から出ていったのか。朝なのか、夜のうちなのか……」
「健治さんは殺されたとき、昼間の服装やった。ということは、朝になってからか、風呂に入る前って可能性が高いけど、木元くんが健治さんを誘い出すとしたら、なにも朝まで待たなくてもいい。それに殺すなら、やっぱり朝より夜やし」
「まあ、そうやろな」
「ノブが風呂上りに声を掛けたとき、返事は確かに健治さん?」
「たぶんな」
「つまり、木元くんが健治さんを誘い出したのは、健治さんが風呂を沸かしなおしている間か、風呂に入っている最中ってことやね」
「決め付けたな。ま、ユウ、おまえ、夜は冴えてるな」
「は? 夜だけかい! でもさ、今のは木元くんが健治さんを誘い出したとした場合」
「そう。木元が犯人と決まったわけじゃない。でも、パターンとしては誰が犯人でも同じようなもんやろ」
「うん。じゃ、ノブ、ケーススタディやってみて」

 生駒はぼんやりした頭をゆるゆると回転させながら、考えたことを順に口にしていった。
「健治は朝になってパジャマをボストンバッグに突っ込んでから出ていった。これがひとつめのケース」
「ほーい」
「次のケースは、普通に朝まで寝ていたが、木元に呼び出されたという場合」
「自発的にではなく、という違いやね」
「そして最後は、夜、誘い出されたというケースと自発的に出ていった場合の四通り」
 優が座りなおした。
「もっと掘り下げて考えてみて」

「ああ。まずひとつめのケースは、健治を待ち伏せしていたということになる」
「でも、待ち伏せはあまり意味がないかも。変質者の仕業なんてことは考えないでおくと、健治さんが朝早くに出かけることを知っていなくちゃいけないんやから。そもそも朝早く出かけていく理由ってどんなことがある?」
「散歩にでも出かけたのか、自宅に山登りの道具を取りに戻ったのか。あるいは家でどうしてもしておかなきゃいけないことがあったとか」
「あるいは、佳代子さんの写真を取りに」
「うーん。それ、どんな意味が?」
 自分で言っておきながら、優は「関係ないか」と可愛く笑った。
 生駒は腕を伸ばし、人差し指で優の頬に触れてから唇に持っていった。優は唇を尖らせて、その指にくちづけた。

「朝一番のネットニュースを見るのを日課にしてるとか、朝ごはんを作る当番やったとか?」
「うんうん。あるかもしれない」
「でも、それはない」
「そう。それならなにも、この屋敷に泊まる必要はなかったから。健治は家に帰れないほど酔っ払っていたわけじゃない。しかも家は歩いて五分もかからない。あえてここに泊まることはなかったはず。毎朝同じコースを散歩するっていうことなら、あるかもしれないけど」
「散歩にこだわってるねえ。でも、今から山登りに行こうっていうのに?」
「朝の待ち伏せ説は、とりあえずはボツか」

「やっぱり、誰かに呼び出されたという方が説得力あるよね」
「うん。でも、早朝に誘い出すって、あるか?」
「健治さんが起きてくる時間なんてわからないし、それに、そんな時間なら他の人も起きてくるかもしれない。ここの人は皆、朝早いし。人殺しのために誘い出すにはどうもね。ということで朝のケースはいずれもボツ」
「ということは、犯行は夜ということになる」

「お風呂を沸かしなおしている間か、入っている途中に……あれ?」
 優が首を傾げ、指を眉にもっていった。
「おかしいぞ。警察の見立てでは、布団には寝た形跡があるし、パジャマも着ていた。ということは、犯行は朝……あ、なんや。まだ誰も起きてこないとんでもなく早い時間に犯人に叩き起こされたんや」
「そんな時間に起こされて、きちんと着替えた?」
「そういう習慣やったら」
「お布団は敷きっぱなしで?」
「う、ま、それも習慣か」
「他人の家で、しかも自分で敷いたのに?」
「まだ寝ている僕らに遠慮して、布団は上げなかったとか」

 もう優は反応しない。さっきから眉を撫で通しだ。

「わかった。もうひとつある。健治は寝たふりをする必要があった、というのはどうや?」
「は?」
「つまり、実際は寝ていないのに、あるいは真夜中か未明に出ていったのに、普通に朝まで寝ていたように見せかける必要があったとか」
「どんな意図があって? 被害者なんやで」
「くそ! まどろっこしいな。要するに、健治はすぐ戻ってきて布団を上げるつもりで出かけた。例えば朝の散歩とか。犯人はその習慣を知っていて」
「散歩はもういいって」

「こういうのもある。必ずしも家に帰らなくてもいいような用事。簡単な用事ではなく、朝方までかかるようなことなら、一旦寝て、着替えて……」
「深夜に? ノブは健治さんに悪意があるん? それって犯人の行動みたいやん。ハハーン、さてはノブも健治さんを恋敵として恨んでたんやね」
「だ、か、ら、それは違うって」
 生駒は眠たくて思考が深まらず、もう頭がこんがらがっていた。

「ということは。ん? なに話してたんやった?」
「こら。でも、惜しいところまでいったやん」
「ほえ? テストしてたわけ?」
「ううん。ディスカッション」
「どっちでもいいけど……」
 生駒は立ち上がって布団を敷き始めた。
「こら、自分の分は自分で敷け」

 優は天井を睨んだまま、動かない。
「いい線までいってるような気がするんやけどなあ。だから、寝るのはまだよ」
 優は転がって布団を敷くスペースを空けた。

「今のは、パジャマを健治さんが少しでも着てた場合のことやん。まったく着ていなかった場合は少し違うと思う」
「まだやるんかいな。寺井さんはパジャマは……」
「断定してた? 健治さんの皮膚の断片でもついてたん?」
「屁理屈とちがう? ほら、どいた、どいた」
 布団はなんとなく湿っぽかった。

「最後まで聞いて」
「はいはい、聞きますよ」
「パジャマに袖を通していなかったんやとしたら、健治さんが出ていったのは私たちが寝た直後ということになるやん。つまり、ノブがお風呂に入っている間、健治さんは服のまま布団に寝転がって順番を待っていた。そしてノブに返事をし、新しい湯を入れようとしたときに誰かに呼び出され、湯は入れずに出ていった。あるいは風呂に入っている間に呼び出され、犯人が健治さんを殺してから舞い戻り、風呂の湯を抜いた。ちょっとこっちのほうは無理やりっ、て感じがするけど。ちなみに、私が昼間にシャワーを浴びたときには、浴槽は空だったよ。そして犯人はパジャマをあたかも健治さんが着たかのように見せかけるため、ぐちゃぐちゃにしてボストンバックに放り込んだ」
 思わず生駒はまたあくびが出た。
「長い解説、ありがとう。でも、それはさっき聞いた話の延長。もう寝たほうがいい。冴えてると思ったけど、もう、おまえもだめ」
 生駒は布団の上に寝転がった。

「根本的な抜けがある。もし、パジャマを着なかったとしようか」
「うん」
「いいか。健治は僕に返事はしたけど、そのまま着替えずに朝まで眠ってしまった」
「あっ……」
 優がぽかんと口を開けた。

「おまえみたいに、みんながいつもきちんと着替えて寝るっていうわけでもないし、必ず風呂に入るってもんでもないぞ。横になった瞬間に、風呂どころか、着替えも忘れてコテンと寝てしまう人もいるんやから」
「う、信じられない」
「それに、健治の風呂の順番のとき、もうずいぶん時間が遅かった。だいたいおまえが、後の人のことも考えずに長風呂するからやぞ。僕さえ、もうあきらめて寝ようかと思ったくらいや」
「ごめん」

「いずれにしろ、あんまりいろんな場合を考えても、しかたないということ」
「ちょっと待ってよ。ということは、パジャマに袖を通していた場合は、朝の散歩のときに襲われたということが考えられて、パジャマを着ていなかった場合は……」
「朝の散歩、夜中に誘い出された、風呂に入る前に誘い出された。なんでもあり」
「結果にそれほど違いはないというわけ? どうも納得できないなあ。だって、警察はお風呂やお布団やパジャマに関心を持っているんやろ」
「さあな」

「きっとなにかあるはずやと思う。健治さんがお風呂に入った時間に関係するなにかが」
「へえへえ。そういうことにしておこう。明日、考えよう」
「飲みにいったら、こんな時間はまだまだって言うくせに」
といいつつも、ようやく優も疲れた顔を見せた。

 意気込みが空振りに終わってしまい、ため息をついて、床の間に架けられた絵を眺め始めた。老婆の肖像画。千寿だと聞いたことがある。着物姿の老人が、リビングのソファに座ってほのかに微笑んでいる。久米のサインがあった。

「肖像画に見つめられて寝るのは、なんか気持ち悪いね」
 母屋は静まり返っている。どうやら起きているのはふたりだけのようだ。
「今から風呂入るか?」
「当たり前やん」
「じゃ、湯を張ってきてやろう」と、生駒は立ち上がった。
「サンキュ。立ったついでに窓を閉めて。ちょっと寒くなってきた」
「了解。ん?」

 平石の脇で影が動いた。監視の警察官か? それにしては体の線が細い。
「あ」
 見ると、綾が平石に頭を押しつけていた。聞き耳頭巾をかぶっている。
「うへ、呪いのかかった石に」
「どこ? あ、ほんとや」
「明日の朝、なにが聞けたか聞いてみよう」
「ちょっと心配」
「うん」
「美千代さんの例もあるやん」
「ん」
「行ってみよ。そばにいてあげた方がいいかも」
 優が生駒の手をとった。

 綾の横顔がふたりを捉えた。
 真剣な顔にゆっくりと笑みが広がる。そっと耳を石から離すと、生駒達に向き直った。

「どう?」
 綾が頭を小さく横に振った。
「なにも」
「こんな恐ろしい石を相手に、挑戦しなくてもいいやん」
「ううん。気になってたことがあって」
「なに?」
「少し前に、ホトトギスが話しているのが聞こえたの。石がもろくなってきた。割れそうだって。それに大変なことが起きるって騒いでた。それで、どういうことかなと思って」

 この平石が割れるというのか。大変なこととはいったいなんだろう。
 生駒はとんでもないことを想像してしまった。
 とても口に出しては言えない。大音響と共に、バックリ割れた平石の中から出てきたものは……。

「ねえ、おじさん、試してくれませんか。石の声は聞いたことがなくって。私には聞こえないけど、おじさんなら聞こえるかもしれないから」

 生駒はのけぞりそうになった。手を握っている優の力もぐっと強くなった。
 よりによってこの子はなんということを言い出すのだ。ただでさえ薄気味悪いこの真夜中に、呪いのかかった石の声を聞いてみてくれというのか。

 生駒は綾の頼みに直接応えず、橘はどうしているのか、と逃げた。
「寝ちゃった」
「お父さんは、綾ちゃんがこんなことをしているのを知ってるのかな?」
「うん。喜んではいないみたいだけど」

 父親も了解のことなら生駒がなにも言うことはない。
 しかし、この石の声を聞けという頼みはなんとしてでも断らなくてはならない。
 自分に備わっているかもしれない霊力のかすかな片鱗が、この石にとり憑いた吾一やサヨの呪いに満ちた声を聞こうとすることによって、あらぬ方向へ開花でもしたら泣くに泣けないではないか。

「なぜ、僕にそんなことを言うん?」
「だって、山に登ったとき、祠のところで変な顔してた。感じる力のある人だなと思って」
 絶句してしまう。この子はそんなことまで気がついていたのか。

「僕にはそんな力はかけらもないよ。まったくだめ。それに」
 綾が生駒の逃げ口上を遮った。
「誰もがそう思っているの。でも本当はみんなが持っているんだよ」
 綾の瞳は、常夜灯の光に照らされて輝いていた。
「力はあるの。感じたことを自分は今感じたとわかるというのかな、ちゃんと感じたことを捕まえることができる力。これが人によって違うのよ。おじさんはそれがある人だと思う。だから祠の前で、感じたことが顔に出てたんだと思う」

 まずい。
 綾は完全にその気だ。毅然としていて、しかも小学生らしからぬ説得力だ。
 だめだ。少なくともこの石は。
 と、その思いが口から出てしまった。
「他のものならいざ知らず、呪いのかかった石なんて」
「じゃ、お宮さんに行こう」
「神社?」
「そう。さあ」
 綾が生駒のもう一方の手を取った。
「げっ、今から?」
「うん。社殿の火事のときも焼けなかったっていうクスノキがあるの。なんでも知ってるそうよ。でも、あの木もなかなか話してくれないの」
「うえっ! 本気?」
 綾がコクリと頷いた。

 すらりとした綾は生駒の前に立つと、優と同じくらいの背丈だ。生駒に抱きつかんばかりに見上げている。
 魅入られそうなほど美しい瞳だった。
 眠たいからというのでは納得しないだろう。どうせ夜しか木の声は聞けないのだから、と言われるのがおちだ。

 断る理由を探しあぐねていたとき、救いの神が現れた。
 離れの玄関から黒い影がふたつ近づいてきた。警察官だった。目の前まで来て、生駒たちの顔を一通り眺め回すと、低い声で、
「なにかありましたか?」
と、聞いてきた。やはり彼らは屋敷の人の動きを警戒していたのだ。
「ちょっと涼みに。じゃ、おやすみなさい。綾ちゃんもまた明日ね」
 生駒はようやく綾の誘いを振り切り、塔の間にとって返した。

「あの子、小学五年生にしては強いというか、なんていうか、とても変わった世界の中で生きてるみたい」
 優の声にも驚きが溢れていた。
「変わっているというより、むしろ恐ろしいよ」
「さすがのノブも手が震えだしそうやったね」
「いや、もう、ほんとに震えだしてたよ」
「石の呪いって、信じてる?」
「信じるも信じないも。ああいうものに係わり合いにならないこと。変に恐れたり、かといって逆に強がったりしないこと」
「じゃ、やっぱり信じてるんや」

 優は興奮冷めやらぬという態で、繋いだ手を放そうとせず、生駒を縁側に引っ張っていくと、夜の闇に浮かび上がった平石を見ながらぽんぽんと言葉を吐き出した。
 綾の姿はもうなかった。

「呪いかぁ」
「盲目的に信じるとか、頭から信じないとかじゃなくて、あり得ることとして謙虚に構えておかないと」
「よかった」
「ああ。もう少しでひどい目にあうところだった」
「そうじゃなくて、私の感覚に近くて」
「はぁ?」
「祟りとか呪いなんてことを口にするとさ、ホラー映画の見すぎとか言う人がいるやん。オカルトチックやとか。ちょっと違うのになって、思うねん」
「感じ方は、人それぞれやからな」
「ねえ、あの聞き耳頭巾って本物やと思う?」
「どういう意味?」
「だから、本当に木の話なんかが聞けるんかなってこと」
「人によっては聞けるんやろう」
「やっぱり!」
「きっと、その人は頭巾がなくても聞けるんや。聞き耳頭巾というのは作り話やろ。いわば、木の話や鳥たちの声を聞きなさいという教え」
「なるほど」
「そのための一種の小道具。その気にさせるための」
「そうなん?」
「そう」

 綾がかぶっていた頭巾は相当の年代ものらしく、あちこちにほつれた糸を修理した跡があり、得体の知れない染みで汚れていた。代々その教えのために伝えられてきたものだろう。

「あれに、実際にそんな秘められた力が宿っている、なんてことはないんかな……」
「くどいな。だから、ないとは言い切れないって。霊的な存在も、そんな不思議な道具もなんでもあり」
「なんでもありか……」
「ああ」
「じゃ明日、試して」
「あ、の、なあ。そんなに言うんなら、おまえが試してみろ」
「綾ちゃんはノブやから貸してくれるねんで。今もノブにしか貸そうとしなかったやん」
「お断り!」
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