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ノブ、ずるいやん 作者:奈備 光
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第 14 章 「ネムノキの元で」

「その石には触らないほうがいいわ!」
 急に背後から声をかけられて、ひそひそと話していた生駒と優は飛び上がりそうになった。声の主は、いつの間にか後ろに立っていた綾だった。
「うわあ、ぶっくりした!」
 優が使った子供言葉を綾は無視して、
「昔、サヨと吾一という恋人たちがいた。しかし、サヨは山賊の人身御供に。サヨを助けようとしてた吾一が見せしめに焼き殺されたのは、その石の上。祟りを恐れた人達が土をかけて地中に埋めてしまった。これは呪われた石」
 まるで本を棒読みするようにいう。思わず生駒は突いていた肘を浮かせた。
「えっ、なんなん?」
「頭巾でこの石の声を聞いてみようかと思ったこともあるんだけど、やっぱり恐ろしくて」
 綾がくすりと笑った。
「脅かしてくれるじゃないか」
「へへ、ごめんなさい。でも、本当のこと」
 岩穴で奈津が話せと言ったのは、この石にまつわる話だと綾はいった。

「お疲れのようね」
 目を開けると、道長が枕元に座っていた。
 いつのまにか、うとうとしていた。生駒は石像の間に寝転がっていた。この座敷は小さめで、前に立派なマキの木があるおかげで適度に視線が遮られ、気兼ねなく寝転がることができる。

 体を起こした。門のところでのやり取りを忘れたわけではなかったし、道長への怒りがきれいに霧散していたわけでもなかったが、寝顔を見られていたのかと思うと少し照れくさい。
 道長はさっきのことはすっかり忘れたかのように微笑んでいる。他人の寝顔を覗き込むなどというぶしつけなことを平気でする道長に、また違う意味で少し腹が立ってくる。

「昨日から今日にかけて、いろいろあったものね」
と、庭に眼をやった。外からは優と綾の笑い声が聞こえていた。
「あなたともやりあったし」
 それに応える適当な言葉はすぐには見つからなかった。
「散々よね」
「寺井警部は?」
「帰ったわ」
「他の刑事も?」
「全員帰ったわ。でも、離れはそのままにしておいてくれって。ほら」
 離れの建物全体に、進入禁止の黄色いテープが張り巡らされていた。

「事情聴取、どうでした?」
「どうって、なにも話すことなんてないのにね」
「でも、道長さんに疑いが持たれているということはないんでしょう?」
「当然でしょ。ま、私の場合、元は村の出身者ということで、客観的にどう思うかって、いろいろ聞かれたけど」
「警察は掴んでいたんですね。さすがに」
「そうね」
 道長が一級品の笑みをみせた。
「こんな暑い日はかえって熱いものがいいのよ」
と、熱い紅茶を入れてくれた。
 香りと程よい甘さで、リラックスした気分になった。眠気も飛んでいく。道長も、疲れたと繰り返しながらも落ち着いた顔をしていた。

「しばらくは村にいてくれって。今日中に帰るつもりなのに」
「やっぱりそうですか」
「いつまで足止めする気なのかしら」
「聞くべきことを聞いたら、もう用はないはずなんだけど」
「そうよね。帰ってしまおうか」
「ええ。そうしましょう。駅まで送っていきますよ」
「ありがとう。でも、もうしばらく様子を見てから。それに、あなたはトンズラしない方がいいかも」
 紅茶の湯気の向こうから、道長が屈託なく笑ってみせた。

「本当にとんでもない言いがかりをつけられたもんです」
 道長がなおも生駒を見つめている。この人の癖のひとつ。瞬きしながら人をじっと見る癖。
「さっき、変なものを見つけてしまいましてね」
 視線を避けるために、生駒は猫の胴体を見つけたことを話した。
「気持ち悪いわね。それ、久米さんには言わない方がいいかも」

 そんな言葉を交わしていると、当の本人が姿を見せた。
「久米さん、まだお休みになっていてもかまいませんよ。まだお顔の色が本ものじゃないみたい」
 道長が久米にも紅茶を入れてやった。
「いやあ、申し訳ない。みっともないところを見せてしまった。でも、もう大丈夫」

 頼りない男だ。いや、図太いということなのか、鈍感というべきなのか。あるいは、警察との応答はすでに考慮済みということか。

 生駒はふと自分の心の中に、久米がもしや、という仮説があることに気がついた。仮説といっても白昼夢のように愚にもつかない考えだが、一旦心の中に入り込んでしまうと、なかなか追い出せなくなってしまう性質のものだ。

 健治さんも気の毒なことになりましたなあ、などと久米と道長が話し始めている。
 もうその話は飽きた。思わず生駒の口から出た言葉は、さっき綾から聞いた話がきっかけになっていた。
「庭の平石、あれ、なぜ掘り出したんですか?」
 この石を久米が西脇工務店に命じて掘り出させたのは、地鎮祭のふた月ほど前のことだった。

「ああ、あれ? 立派な石が埋まっているというんでね。えーと、誰に聞いたのかな? うん、そう、佳代子さんだ。それで掘り出してみたらガーデンテーブルにちょうどよかった」
「へえ、佳代子さん」
「由緒のある石だとかなんとか言ってたな。掘り出してはいけなかったのか?」
 久米がにこやかに聞いてくる。
「実はですね……」
 生駒は逡巡した。久米が聞いてうれしい話ではない。しかしすでに遅かった。

「呪われた石なのよ!」
と、縁側の外から綾の溌剌とした声が飛び込んできたのだ。
「呪われた石?」
 久米の顔色がすーっと変わっていった。
「昔ね、昔といってもそんなに遠い昔のことじゃないわ」

 綾は縁側に腰をかけると、久米の反応にはまったく無頓着に話し始めた。
 優が綾の後ろに立って久米の顔色を見つめている。生駒もはじめて聞く話のように黙っていた。このまま最後まで綾に話をさせようと思った。

 ひとつの考えが帰来していた。
 奈津が言った祟りとはこのことだったのではないだろうか。平石の呪いによって、愛し合っていた佳代子と健治は死んだ。奈津はそう伝えたかったのではないだろうか。こんなものを掘り出したせいで、と。
 しかしそうだとすれば、これで平石の祟りは終わったのだろうか。生駒は理由もなく血の気が引くような思いがした。

「その大きな石というのが、あの石のこと。だからあの石に近づくなって言われているんです。村の人は誰も石に触ったりしません」
 綾はそういって話を締めくくった。
 しばらく誰も口をきかなかった。道長がハンカチでそっと額の汗を拭い、その隙に久米の顔色を盗み見た。
 久米がふらりと立ち上がった。ショックを受けていないはずがない。それでも久米は、大切な話をしてくれてありがとう、と綾に礼をいった。
「ちょっとそこらを散歩してくる。警察の動きも気になるし」
と、屋敷を出ていってしまった。

 夕方が近くなり、昼間の暑さが嘘のように、肌寒い風が吹き始めていた。
「この集落、今は大西と呼ばれてるけど、昔は単に西と呼ばれてたの」
 道長がぽつりと言った。
「生駒さん、久米さんがなぜこの村をアトリエに選んだか、お聞きになった?」
 生駒は首を振った。
「久米さんの先祖は、東村の出身」
「え!」
 綾の話に出てきた東村。
「太平洋戦争の頃まで、この先に小さな集落があってね。猪背川の向こう側の谷の奥に、数軒ばかりの家がポツポツと。そこが東と呼ばれていた地区。しかし一軒二軒と村を離れていって、ついには廃村になった。ちょうど私たちが生まれる少し前の時代」
 道長がゆっくり話し出した。

「実は久米さんだけじゃなく、坂井さんのご先祖もそう。彼らはそういう繋がり。私は西村だけど」
 生駒は初めて聞く話に興味を持った。久米がアトリエとしてこの村を選んだのはそういう理由があったのか。

「二人ともこの山奥で生まれたわけじゃないけどね。久米さんと坂井さんのご家族は、村を出た以降もお付き合いをされていたようね」
「幼馴染だったんですか……」
「そういうこと。久米さんがこのお屋敷を借りることができたのは、坂井さんのおかげなの。坂井さんのおじいさんもお父さんも、そして坂井さん自身もとても義理堅いお人でね。ずっと盆暮れの挨拶も欠かさず、村とのお付き合いを続けてこられた。それで、自然が豊かで静かなところにアトリエを持ちたいと久米さんが相談したとき、真っ先にここを紹介したというわけなのね」
「へえ」

「ね、道長さん、その東っていう村はまだあるんですか? というか、今はどうなっているんです?」
 優の質問に、道長がほっとしたように笑った。
「探検にでも行くの? まだ、村の名残はあるんじゃないかな。でも、よく知らないわ。道も廃れてしまって。実は私、正確な場所を知らないの」
「久米さんは行ったことがあるんでしょうか」
「さあ。そんな話、聞いたことないわね」

 久米が仙吉を伴って戻ってきた。たまたま屋敷の前で出合ったのだという。
 仙吉は明るい色のシャツとジーパンに着替えている。健治が死んで沈んでしまった雰囲気を少しでも華やかにしようとするかのように、朗らかな声を出した。
「や、皆さんおそろいですな。晩飯の用意、どうされてるかいなと」
「いつもお気遣いありがとうございます。でも私は、もうそろそろおいとましようかと」
 久米は道長と仙吉のそんな会話を無視して鶴の間に引っ込み、襖を閉めてしまった。
「生駒先生はどうされます?」
 仙吉が聞いてくる。そのとき、屋敷の前で急ブレーキをかける音がした。
「警察か? やっぱりまだ帰るなということかな」

 違った。
 門をくぐって入ってきたのは西脇だった。足早に近づいてくるなり大声で切り出した。
「すみません。皆さん、お願いがあるんです! 恭介を探しに行くんですが、ご協力いただけないかと」
 顔がほてっているように赤い。
「まだ帰ってなかったんですの?」

 道長が平石の呪いが肩にとまってでもいたかのように、何度となく肩を回した。
 西脇が額の汗を拭った。いまだに今朝のいでたちのままだ。作業ズボンの裾には泥がこびりついているし、血の斑点もそのまま。ずっと恭介を探し回っていたという。

「はい。あれからあいつの行きそうなところを回ってみたんですが、どこにもおりませんで……。もしかすると、やはりあの原っぱにいるんじゃないかと」
「それはご心配なことですね」
「はあ、もう心配で。それで皆さんにも一緒に探しに行っていただけたらと」
 生駒達は顔を見合わせた。

「警察へは?」
「ええ、まあしかし、あいつも二十の男ですし……。探しに行って見つからなければ捜索願でも出そうかとは思いますが、今はまだ……」
「いえ、そうじゃなくて、西脇さん、健治さんが死んだことはご存知?」
「は?」
「警察はあなたにも昨夜のこととか、聞きたいそうよ」
「はあ?」
「集会所が臨時の捜査本部になっているわ。行ってみられたら?」
「健治が死んだ? いったいどうして。それは……」
 西脇が絶句した。そして一旦は尻のポケットに突っ込んだタオルを引っ張り出して首に巻きなおし、そわそわと後ろを振り返る。離れに張り巡らされた進入禁止のテープが風に震えていた。

「川に流されて。ずいぶん下流で見つかったそうよ」
「そうなんですか……。いや、そんなことより、すぐに恭介を探しに行かないと。もたもたしてたら暗くなってしまう」
「でも、警察はあなたのことを捜していると思うわよ」
「私の話を聞いてどうするというんです? なにも話すことなんてありませんよ。あいつが死んだって……、いったいどうして死んだんです?」
 自分の息子のことで頭がいっぱいのようだ。
「さあ。まだ決め手はないそうよ」
 道長が状況を説明してやる。仙吉も西脇を促した。
「警察が探してる。事情聴取ってやつ」
「どうせ通り一遍のことを聞くだけやろ。それより恭介の方が心配や。皆さん、お願いします」
と、面食らうほど深々と頭を下げた。

 西脇の頼みにすぐに返事をするものはいなかった。
 西脇が何度も頭を下げている。もう土下座でもしそうな勢いだ。やがて仙吉が立ち上がった。
「じゃ、少し待っててくれ。支度してくるんで。さあ、生駒先生も」
 あっけにとられた生駒にかまわず、
「綾ちゃん。ごめんやけど、ということで、わしら五人は恭介を探しに行ったって、うちの嫁さんと佐古のおじさんに言っといてくれるかな」と言い出す。
「は? 私もですか?」
 道長も驚いた。
「ええ、できましたら。人数は多い方がなにかと。で、えっと、他に誰の耳に入れておいたらええやろ?」
 道長が立ち上がった。生駒は驚いた。
「行かれるんですか!」
「行きましょう。久米さんに話してきます」
 そういって、久米の寝所に入っていった。

「懐中電灯を持っていった方がええな。救急用具も納屋にいくつかあったと思う」
 仙吉が納屋に向かって走り出していた。

 恭介の死体が山の中の笹原、アマガハラノの中で発見されたのは、もう陽が落ちようかという時刻だった。
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