黒うさぎと白うさぎ
森の近くの草原に、うさぎたちが住んでいた。
たくさんの白うさぎと、独りっきりの黒うさぎ。
色がちがう黒うさぎは、白うさぎの仲間に入れてもらえない。
「だって君みたいに真っ黒だったら、すぐキツネに見付かってしまうじゃないか。そばにいたら僕らだって危ないもの」
くりかえされる言葉はいつもおんなじで、黒うさぎは自分の毛を見てため息をついた
「どうして僕は真っ黒なんだろ? 何か悪いことをしたからかな? だったら、僕が悪いのかな・・・」
いつから独りだったのか、黒うさぎはもう覚えていない。
同じすがたの白うさぎたちは、近づいてもさっと逃げていくから。
どんなにさびしくても、一緒にいてくれるうさぎはいなかったのだ。
雪がどんどんふきつけて、凍える夜もひとりぼっち。
つらくて泣いても、なぐさめてくれる仲間はいない。
だから、黒うさぎは嘘をついた。
独りでも平気だって。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ」
雨の日も風の日も雪の日も、その一言だけをくりかえして。
黒うさぎは必死で食べ物をさがして生きていた。
そんなある冬のこと。
黒うさぎは雪の斜面でちょっと転んだ。
気づけば身体中雪だらけ。
まるで白うさぎみたいに真っ白だった。
「大丈夫かい?」
聞きなれない声にあわてて黒うさぎはふりむいた。
雪の中に立っていたのは、きれいな毛並みの白うさぎだった。
誰かに声をかけてもらえるなんて、いったい何年ぶりだろう。
それもこんな優しい言葉を。
こぼれそうな涙を必死にこらえて、黒うさぎは笑った。
「大丈夫だよ。ありがとう」
その日から、黒うさぎは独りじゃなくなった。
雪で真っ白に染まった毛なみを、うたがう白うさぎはいなかった。
だから毎日だって、白うさぎの中で遊んで笑って過ごせたんだ。
だけどやがて春が来て、雪はとけてしまうんだ。
また独りになった黒うさぎは、家のなかで散々泣いた。
他のうさぎと話すことも遊ぶことも、もうできない。
それがどんなに嬉しくて楽しいことか知ってしまったから、独りがますます寂しくて。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ…だいじょうぶだいじょうぶ」
呟く言葉は空回り。
どれだけ繰り返したって嘘は嘘のまま。
決してホントにはならなかった。
だから黒うさぎはひたすら待った。
冬が来る日を、雪が降る日を…
じらすようにゆっくりと、春が終わって夏が来た。
夏毛も黒いままの黒うさぎは、夜の間に出歩いた。
白うさぎたちに会うのがおそろしくて。
万が一見抜かれてしまったら、もう二度と一緒に遊べないだろう?
夏も終わりかけた静かな夜。
食べられる草をさがしてうろついていた黒うさぎは、夜のなかに浮かぶ白を見つけた。
自殺行為だ、と気になって近づけば、弱った体が震えていた。
見覚えのある白うさぎ。
前の冬に声をかけてくれた、あの白うさぎだった。
僕なんかが声をかけたら、迷惑じゃないかしら。
迷って迷って迷って、黒うさぎは声をかける。
「大丈夫か?」
かすかに頷いて、白うさぎは気を失った。
慌ててかつぎ込んだ家のなか。
白うさぎはずっと眠り続けていた。
ようやく目を覚ましたのは三日目のこと。
黒うさぎに気づいた白うさぎは、ぎょっと目を見開いた。
はじめて黒うさぎを見たうさぎが、いつもすること。
分かっていても胸が痛んだ。
「助けてくれたのは君なのか?」
ぶっきらぼうに頷いて、黒うさぎは言葉を紡ぐ。
おびえている自分を知られたくなくて、虚勢をはった。
「気まぐれだ」
「ありがとう」
息がうまく吸えなかった。
こぼれおちる涙を見られないように後ろをむいて。
ごまかすように言葉を続けた。
「好きなだけ、いるといい」
それから二日後のことだった、黒うさぎが何気なく尋ねたのは。
「どうして夜に外へ? 白うさぎには危険だろ?」
「あぁそうだ、うさぎを捜してるんだ。
知らないか? 前の冬からずっと行方知れずの白うさぎ
・・・そうだ、君によく似てる気がする」
かえってきた答えに、黒うさぎは言葉を失った。
まさかこんなにも捜されているなんて思ってもみなかったから、何を言えばいいのかわからなくて
知らないと答えるのがやっとだった。
夏がすぎさり、秋が来た。
それでも黒うさぎは、白うさぎと一緒に日々をおくっていた。
もうほとんど回復していた白うさぎは、それでも仲間の元に帰ろうとしなかったし、黒うさぎも何も言わなかった。
嘘がばれてしまうことよりずっと、独りになるのが怖かったから。
「今日もよく晴れたなぁ」
「そうだね、明日も晴れるかなぁ」
毎日くりかえされるありふれた会話に、黒うさぎはほんとうに救われていた。
黒うさぎは不思議でならなかった。
君は白うさぎなのに、どうして、黒うさぎの僕のそばにいてくれるのか。
そんなこと、怖くて聞けやしなかったけど
やがて白が世界をおおう冬がきて、黒うさぎは昼間は外を出歩かなくなった。
もしも白うさぎの前で雪を被ってしまったら?
自分の嘘を彼は許してくれないないだろう
そう、思って
だから、黒うさぎがごはんを探しにいくのはいつも真夜中。
深い深い闇のなか、黒うさぎは独りで外にでる。
白うさぎが眠っているうちに。
雪は彼の姿をうきぼりにしたけれど、闇が彼を包みこんでくれていた。
「うわぁぁあぁぁ!」
いつものように、食べられる草を探しにでた真夜中のこと。
不意に聞こえた叫び声に、黒うさぎは瞠目する。
声の主がだれかなんて、考えなくても分かっていた。
あの優しい白うさぎに何があったんだ!?
黒うさぎは駆け出した。
雲間からこぼれる月灯りが辺りを照らしだす。
キツネに追われる白うさぎが見えた。
黒うさぎは迷わず走る。
すぐそばにある、大木のしたへ。
「何を追い掛けてるんだ!?」
今まで出したことがないような大声で、黒うさぎは叫んだ。
雲を通り抜けた月が、大きな木の下の小さな黒を、くっきり照らしだした。
『君みたいに真っ黒だったら、すぐキツネに見付かってしまうじゃないか』
なんどもなんども、白うさぎたちに言われた言葉が頭をよぎる。
そのとおりだった。
キツネは、黒うさぎを狙ってとびかかってきた。
三、二、一、今だ!!
タイミングをはかっていた黒うさぎは、体ごと樹にぶつかった。
大きな樹に積もっていた雪が、キツネを襲う。
その隙に必死で逃げだした。
「助かった。ありがとう」
帰りついた家のなか、白うさぎが震えながら笑う。
「なんで夜に外へでた?」
こみあがる怒りを隠しきれず、黒うさぎは叫んだ。
「心配させてすまなかった」
「二度と、しないでくれ」
言って、がくぜんと目を見開いたのは黒うさぎの方だった。
雪だらけの自分にようやく気づいて、あわてて体を震わせる。
辺りに雪がとびちって、黒うさぎにも少しはねかえった。
その冷たさよりもずっと、だましていたことがばれてしまったことがおそろしくて、黒うさぎはうつむいた。
「今更だよ、気づいてないとでも思ったのかい?」
顔もあげられないまま、黒うさぎはあとずさる。
そのまま逃げ出そうとしたけれど、白うさぎに阻まれた。
「また消えてしまうのか?」
恐る恐る合わせた視線。
強い眼差しが怖くてたまらない。
だって僕は…
「色がちょっと違うだけだろ?そんなにキレイだってのに隠すなんてもったいない」
先回りされた言葉に、涙がこぼれた。
夜が明けるまで、二人で話していた。
「実はね、一番はじめに目を覚ました時に分かってた…はじめはちょっと怒ってたよ。どうして騙してたんだ、って」
「だけど、君があんまり優しくて。どうでもよくなった」
「でも、僕は…」
“黒は危ないから”
思い出した言葉の重さに言い淀んだ黒うさぎに、すまなそうに白うさぎは続ける。
「黒は、夜だと思うんだ。
夜がなければ眠れない。
眠りはいつも優しいよ。
だから夜も君みたいに、優しくて勇敢なんじゃないかな」
ぽろぽろと、黒うさぎのほほを涙が伝いおちていった。
悲しくないのにあふれる涙は、自分についた嘘さえ壊して。
ぬくもりだけが降り積もる。
そうして、夜が明けても。
二人は一緒にいたのだった。
はじめまして。もしくは、お久しぶりです。
水音灯と申します。
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この作品を読んでくださって、ありがとうございます。
はじめて書いた童話風の物語です。
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