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吾輩はハゲである。髪の毛はまだ無い。

作者:八神鏡
 吾輩はハゲである。髪の毛はまだ無い。

 いつからハゲていたのかはまるで見当がつかぬ。物心ついた時には既にハゲていた記憶があるので、もしかしたら産まれた時からかもしれない。

 吾輩がハゲというのものを認識したのは初等部に上がってからの頃であった。

 その年になるまでハゲに関してあまり触れられてこなかった吾輩は、初等部で初めて人の悪意に触れたのである。

「やーい、ハゲ! 髪の毛どこに行ったんだよー!」

 ことあるごとにクソガキは吾輩を揶揄した。何が面白いのか、吾輩の頭を指さして爆笑していたのだ。

「は、ハゲではない! 坊主なだけだっ」

「うるせーハゲ! ハゲがうつるだろっ」

 反論も無駄。クソガキに論理は通じぬ。

 ともあれ、この頃に吾輩はハゲというものが馬鹿にされるものであると初めて理解したのだ。

 以来、吾輩は髪の毛に関してコンプレックスを持つようになってしまった。

 光ってる。輝いている。眩しい。ツルツル。てかってる。激しい。初詣。励ます――などなど。そういった単語にびくびくするようになったのだ。

 だが、この時はまだ少し気後れしているだけで、ハゲに関しては仕方ないと諦めていた部分があった。これが自分であり、髪の毛などなくても人生はしっかり歩めると――そう思っていたのだ。

 中等部に、あがるまでの話だが。

 当時、吾輩には好きな人がいた。
 初恋であった。清楚で奥ゆかしい少女だったと記憶している。

 吾輩にもニッコリ笑いかけてくれるような、そんな優しい美女であった。

 青春真っ盛りの吾輩は彼女にメロメロになった。
 告白を決断するのも簡単で、吾輩は彼女に愛を伝えたのである。

「す、好きだ……付き合ってくれ!」

 夕日が差し込む、放課後の教室。
 偶然二人きりになったので、ここしかないと吾輩は思いを伝えた。

 できれば了承してもらいたかったが、断られてもそれはそれで良いと当時は思っていた。
 こんなに素敵な女の子なのだから、振られる覚悟はしていた――つもりだったのだ。

 だが、そんな吾輩の甘酸っぱい思いは全て踏みにじられることになる。

「ごめんなさい。私、ハゲは無理なの」

 彼女は言った。
 申し訳なさそうに、されどもハッキリと。

 ハゲは無理――その言葉に、若干中等部だった吾輩は世の理不尽さを実感したのである。


 ハゲに、人権はないのだ。


 髪の毛がないように、普通の人として扱われることもないのである――と。

「くそぅ、くそぅ!」

 吾輩は悔しかった。

 髪の毛さえあれば、あるいは彼女は振り向いてくれたのではないか?
 髪の毛さえあれば、もしくは普通に断ってくれたのではないか?
 髪の毛さえあれば、少なくともこんなに傷つかなくても良かったのではないか?

 胸中に渦巻くモヤモヤは、吾輩にとある衝動を掻き立てる。

「髪の毛だ……髪の毛さえ、あれば!」

 ツルツルの頭を抱えながら、吾輩は夢想する。

 髪の毛だ。髪の毛が、必要だ……でないと、吾輩は人に非ず。ハゲのまま余生を送っても、幸せにはなれないだろう。

 そう思ってしまったがために、吾輩は髪の毛を渇望するようになったのである。

 髪の毛のために――吾輩は何でもやった。

 毎食のごはんでは昆布をかかさず食べた。育毛剤をふりかけのようにかけまくった。頭皮のマッサージをやりすぎて擦過傷になった。植毛も試した。カツラもかぶってみた。

 だが、何をしても意味がなかった。

 まるでハゲが宿命であるかのように、毛活がことごとく失敗したのである。

「何故だ……何故、髪の毛が生えない!!」

 そして吾輩は高校生となり、大学生となり、社会人となった。
 ハゲのままで。

 当然、彼女など一度もできなかった。毛活を懸命にやっていたがために友人を作ることもできず、孤独な毎日を送ってしまった。

 勉強だけは頑張っていたので、そこそこ良い会社に就職はできた。
 毛活にはお金も必要なので、仕事は適度に頑張った。

 年齢と共に地位も上がった。給料も増えた。その分、毛活に注ぎ込んだ。

 されども髪の毛は生えることなく。
 三十も半ばを越えてきた頃になると、吾輩はいよいよ迷走するようになる。

「都市伝説……願いが、叶うだと!?」

 うさんくさいネットの情報を鵜呑みにして、願いが叶うといわれている都市伝説を片っ端から試すようになっていった。

 当然だが、それらの都市伝説が真実であることはまったくなかった。試しては何も起きず、また試しては何も起きず、の繰り返しばかり。

 いいかげん自分自身が情けなくなってきたのも、丁度その頃であったか。

 ハゲは宿命。デブは甘えという。

 吾輩もその運命を甘受して、この先をハゲとして寂しく生きねばならないのだろうか――と諦めかけていた。

 だが、イヤだと吾輩は抗ったのだ。
 人であるために。何としても髪の毛を生やして――幸せを、手に入れるのだと決意していたのだ。

 それから数年が経ち、延々と無駄なことを繰り返している中で……実に胡散臭いものを見つけた。

「廃墟の中……隠された宝石に願いを込めれば、いつか叶う――?」

 非科学的な、何とも具体性のない伝説だ。
 されども試さないわけにはいかず。吾輩は準備をしてその廃墟へと足を踏み入れた。

 すると、予想外にも……そこには、先客が居たのだ。

「……は? ハゲてるおっさんが、どうしてここにいるわけ?」

 女子高生であった。
 しかも金髪ガングロのギャルであった。

 吾輩が最も苦手とするタイプの女性である。

「ちょっと用事があるだけだ。気にしないでくれ」

 少々驚いたが、ともあれギャルは吾輩に関係がないのだ。
 無視して、宝石を探そうとした。

 だというのに、後ろからギャルがついてくる。

「なになに? あんたもまさか、都市伝説の噂聞いて宝石探しに来たの? ウケる」

 煩わしいギャルである。失礼な物言いに些か腹も立った。
 そのせいか、大人気もなく思わず意地悪なことを言ってしまったのである。

「そちらこそ、どうしてこのような廃墟に居るのだ? 吾輩のような不審者と二人きりで、何かされるとは思ってないのか?」

「っ……!!」

 吾輩に言われて、ギャルは身をすくめる。襲う気などさらさらないが、警戒心があるのは良いことだ。

 廃墟の中。とある一室に足を踏み入れたところで、吾輩はギャルへと振り向いた。

「帰るといい。吾輩の気が変わらないうちに――な」

 脅しのつもりだった。自身を大事にせよと、言い聞かせるつもりだったのだ。

「うるさい! 襲いたければ、襲えばいいっ。あたしには、やるべきことがある」

 しかし彼女は思いのほか強情であった。
 吾輩に真っ向から反論してくる。気丈な態度に、吾輩の方が驚いてしまった。

 なかなか肝が据わっているようである。

「……好きにしろ」

 これ以上何を言っても無駄だと悟り、吾輩はギャルを置いて別の部屋に向かう。

 ここからは、ギャルもついてくることはなかった。
 しばらくは黙々と一人で探し続ける。

 やはり何もないというか、あるわけないかと諦めかけていた丁度その時……

「――見つけた」

 偶然だった。
 ただなんとなく手を置いた壁の木材が腐れており、そこから隣の隠し部屋を見つけたのだ。

 その中で、吾輩は宝石を見つけたのである。

「これで……ようやくっ」

 別に、都市伝説が真実であるかどうかなど分からない。
 むしろ、嘘である可能性の方が高いだろう。

 だが、期待せずにはいられなかった。
 もしかしたら、吾輩に髪の毛が生えてくるかもしれないのである……そうなれば、念願の『結婚』もできるかもしれない。

 夢だった、幸せな家庭を手に入れるかもしれない。

 そう思うと嬉しくなって、吾輩は上機嫌で廃墟を出て行った。
 あまりに喜んでいたせいか、宝石を隠すということもせずに、堂々と姿を現してしまったのである。

「…………それって」

 廃墟の外には、ギャルが居た。
 もうとっくに諦めていたのだろう。だが、吾輩の結果でも気になったのか……待ち構えていたらしい。

「本当に、あったんだ」

 そして、吾輩が持つ宝石を見て、ギャルは血相を変えたのだ。

「よこせ! その宝石を、あたしに渡せっ!!」

 ギャルがいきなり吾輩に襲い掛かってくる。

「な、くっ……何をする!?」

 押し倒され、馬乗りになられてもなお、吾輩は宝石を握りしめ続ける。

 渡す気はなかった。力なら男である吾輩が強いはず……だから、最後まで抵抗しようと考えていた。

「よこせ……あたしに、頂戴っ。お願いだから、ください」

 最初は奪おうとしていたギャルだが、吾輩が手放さないとみて次第に表情を崩していった。

 感情が溢れでもしたのか、ギャルはボロボロと涙を零しながら嗚咽を漏らす。

「お願い……お母さんが、病気なのっ。もう、どうしようもなくて……だから、ください。何でもします。その宝石を、あたしにっ」

 だから何なのだ。

 他人の人生だ。吾輩には関係ない。なぜ吾輩の手柄をやる必要がある。

 それに、末期というのなら諦めるほかない。こんな都市伝説程度に頼ってないで、そばに居てあげる方が何倍も建設的だろう。

 ――なんてことを思えるなら、どんなに良かったか。

「…………っ」

 吾輩は何も言えなくなってしまう。

 吾輩はハゲである。髪の毛はまだ無い。
 だが、心はある。彼女の切なる願いに、心が打たれてしまったのだ。

「くそ……くそ! せっかく、髪の毛が生えてくるように頼もうと思っていたのに! ようやく、ハゲが卒業できると思ったのに……散々な人生だ!」

 喚き、みっともなく涙を流しながらも、吾輩はギャルに宝石を突き出す。

「受け取れ、小娘……母上の回復を、影ながら願っている」

 そう言って、上に乗っている吾輩はギャルを押しのけた。

「……え? いい、の?」

 よほど驚いたのか、ギャルは宝石を受け取ってぽかんとしている。

「構わん。それよりも、母上のそばに居てあげるといい……もう、こんな危ない場所には来るなよ? 妖しい人間に出会うかもしれんからな」

 苦々しい気分だった。
 情に流される自分を殴りたかった。

 だが、これでいい。
 これでいいのだ……逆に考えろ。少女を泣かせてまで生えてきた髪の毛に価値などあるか――と。そんなものに価値はない。

 だから、ハゲのままでも仕方ない。

 そう、自分を納得させるほかなかった。

「……ありがとう、ございます」

 ギャルは深々と頭を下げる。存外、礼儀を知っていたらしい。
 母親思いでもあるらしいし、最近のギャルはなかなか良い子かもしれない。

「ああ、元気でな」

 吾輩はそう吐き捨てて、この場を立ち去る。

 嗚呼、なんてもったいないことをしてしまったのだろう。
 そう思いつつも、心が晴れやかなのも悔しかった。

 さて、これからまた毛活を始めなければ。
 また一つの都市伝説が失敗しただけである。

 次はもしかしたら、本当に願いが叶う都市伝説なのかもしれないのだから……吾輩も、あのギャルのように、もしかしたら救いの手が差し伸べられる可能性もあるのだ。

 頑張ろうと決意して、吾輩は元の日常に戻る。

 だが、やはり髪の毛が生えてくることはなく……




 そして吾輩は、四十を迎えてしまった。

 その頃になると、もうほとんど諦めていた。
 何をしても自分はハゲで、一生をハゲとして生きるのだと半ば達観していた。

 そんな時だ。

「――見つけた!」

 声が、聞こえた。
 聞き覚えのあるような、ないような、若い女性の声だった。

 街中である。ふと振り返れば、そこには……少し大人っぽくなっているが、未だギャルっぽい派手派手しい恰好をしたあの少女が居た。

「……あの時の小娘か」

「小娘って言わないでっ。もう二十歳だし……大人だし」

 彼女は荒い息を吐きながら吾輩を睨んでいる。
 どうやら吾輩を見つけて走ったようだ。ハイヒールで走りにくかっただろうに。

「何か用でもあるのか? ないなら、吾輩は帰るが」

「あるから呼び止めたんだっつの! ずっと……探してた。あんたに、伝えたいことがあって」

 そう言って彼女がカバンから取り出したのは――あの時の、宝石であった。

「お母さん、病気だったけど……奇跡的に、回復してくれた。意識を取り戻して、去年まで元気に生きてくれた。いっぱいお喋りできた……あんたのおかげで、後悔なく一緒に居てあげられた」

 なんと。宝石の都市伝説は、本当だったということなのか……いや、やはり違ったのだろう。

 宝石が真実ならば、彼女の母親が亡くなることもなかったはずだ。

 全部偶然である。あるいは、彼女の母親が頑張ったからだ。もしくは、彼女がそばに居てあげたから、か。
 ともあれ、後悔がないのならそれは重畳。

「そうか……良かったな。ふむ、良い報告に感謝しよう。今夜は美味い酒が飲めるな」

 吾輩は礼を伝えて、彼女のそばを通り抜けようとする。
 だが、彼女がそれを許さなかった。

「ちょっと、何でどこかに行こうとするのよっ」

「なんだ。まだ何か用でもあるのか?」

「っ……あ、あのっ」

 彼女は顔を赤くしながら、されども気丈を振る舞って顔を上げる。
 吾輩の方をまっすぐに見つけて、それからこんなことを言うのであった。



「お嫁さんにして」



 …………からかっているのだろうか?

「馬鹿にするなよ、小娘。吾輩は見た目通りハゲだからな……人に好かれることはないと、理解している。人をからかって遊ぶのはやめろ」

 吾輩は息をついて、彼女の手を払う。
 しかし、彼女はそんな吾輩の胸倉をつかみあげてから、再度大きな声で発するのだった。

「違うからっ! 本当に、好きになっちゃったんだから……しょうがないでしょっ!?」

「しかし、吾輩には髪の毛がなくて……」

 否定しようとして、されども彼女が否定する。




「ハゲとか、そんなのどうでもいい……あんたを、好きになったから」




 その言葉に、吾輩は思わず言葉を失ってしまった。

「――っ」

 初めてだった。
 初めて、吾輩の髪の毛をどうでもいいと断じてくれた。

 吾輩自身を好きになったのだと、小娘は口にしたのだ。
 それは、なんというか……思いのほか、嬉しくて。

「ってか、髪の毛を理由に人を振るとか、なくない!? そんなんだから、今まで独身だったんだっつの」

 加えて、付け足された言葉は割と適格だったので、意表を突かれてしまった。

 確かに、そうかもしれない。
 吾輩はハゲを理由に、人付き合いを避けていたきらいがあった。

 そんなんだから、余計に孤立してしまったのだ。
 ハゲが悪かったんじゃない。吾輩が、悪かったのである。

「あたし、本気だから。すぐに好きになれって言わないけど、そうなってくれるように努力はしたい……どう、ですか?」

 彼女は言う。

「これからも、たまに会ってくれませんか?」

 吾輩のそばにいたいと、はっきり言ってくれた。

 そのお願いを、断る理由などなく。

「…………好きにしろ」

 そして、吾輩もまた――彼女に、興味を抱いてしまうのだった。




 やがて時は経ち、年は五十を迎えた。
 しかし、今もやはり……


 吾輩はハゲである。髪の毛はまだ無い。


 だが、最愛の人と、幸せな家庭を手に入れることはできたようだ。
 ハゲに人権がない、などと決めつけていた過去の自分を殴り飛ばしたいものだ。

 だって今、吾輩は……こんなにも、幸せなのだから――


(了)

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