3月.俺の日常につき 前
3月と言えば卒業式。
卒業式というと随分形式的で堅苦しい。
ただ、考えによっては人間てやつは毎日のように、何かしらと別れを告げ、次を迎える。
生から別れを告げた場合は、次はないけど。
そうすると、卒業式なんて大して感動的でもなければ、必要性も薄い。
なんて言うのは、卒業式に泣いてしまう涙腺の緩い、俺みたいなやつの言い訳でしかない。
「うぅ……」
「ほら東吾、ハンカチ」
「トーさん、奏君と学校行けなくなるの、そんなに寂しいの?」
「毎年泣く理由はなんだ? 去年なんて知人いなかったのに」
「バカ、これは花粉症ですから……ぐす……」
毎年の言い訳は花粉症だが、そもそも俺は花粉症に見舞われてない。
ヨっちゃんが言った通り、奏君ことカマ兄は卒業式を迎え、社会へと、汚れた魔窟へと足を踏み入れるわけだ。
来年は我が身なわけだから、人の事言ってられないけど。
さて、卒業式を終え、卒業生を見送り、今現在、教室にてホームルーム中。
なわけだが、俺はというと放心状態で隣の席に座る笹本の後頭部、ではなくて、外の景色を眺めている。 将来、未来、明日、遠く触れられないそれは、なんて事はない、ガラス窓を隔てた教室と屋外程度の距離しかなく、手を伸ばせば届く。
来年、5年後、10年後、俺はなにしてる?
「おい、木之下。笹本の頭撫でても自分の頭は良くならんぞ」
と担任の言葉に、いつの間にか手を伸ばしていた事に気付いた。
「……少しくらい良くなりますよ」
「木之下、大丈夫か?」
ちょっとばかしの笑いの後、チャイムと同時にホームルームは終了した。
笹本と良太に本気で心配されながら、帰路に……ではなく、ちょっと寄り道。俺にはある考えがあった。
「りん、先帰っててくれ。俺、ちっと用事」
「用事って?」
「大した事じゃないから、そんじゃ! 寄り道せずに帰りなさいよー!」
「なに、あれ」
一階廊下。一年の教室があるのは言わずもがな、つまり俺はここに用がある。 足早に1−Bに向かうと、ある人物を探した。が、いない。適当に聞いてみると美術室に向かったらしい。
美術室は二階にあるため、かなりの無駄足だったが、まあ、仕方ない。
「あずさ!」
「っ!? び、びっくりした! どうかしましたか?」
驚くあずさを気にもせず近寄ると、俺は両肩を掴んだ。わけなのだが。
「なぜ目をつぶる?」
「え? あの、私、はじめてなんで、は、恥ずかしくて」
なんか偉い誤解を招く行動を取ってしまったか?
て、なんでいきなり俺がお前とキスせにゃならんのだ。
いや、どうせワザとやって、おもちゃにしてるだけの事なんですけど。
「あの、あずさの母さんに会わせて欲しいんだけど」
「い、いきなりですか? 色々飛ばしてませんか? 先輩、いつから私の事……」
「違うから。そう言うんじゃないから。つか、わかってて言ってんだろ?」
「えぇ、まあ。私、先輩に対して、異性としての魅力とか感じませんから」
ムカつくわぁ、この身長足りない娘。
色々なものが遺伝子レベルで欠落してるよ。
「つまり、母に弟子入りしたいって事ですか?」
あずさの母は画家をやってる事は随分前に話と思うが、展覧会とか開いたりして表舞台で活躍している、俗に言う成功者というヤツだ。
「そう言う事だ。俺、他にやりたい事もないし、才能もないし。そんなヤツが画で食っていけるわけないのはわかってるけど、ただ、何もしないわけにも、」
「ふーん、そうですかー、大変ですねー」
人の話全然聞いてないどころか画描いてるし、コイツ!
文化祭で描いてた桜?
例の伝説の木?
走らせる筆はなんともスピーディーで迷いがなく、それでいて繊細。
芸術家に関して言えば、作品は当然の事、作品に向かう姿勢からして美しい。それが才能とか言うヤツではなかろうか。
「先輩。母は弟子とか取りませんよ?」
「ダメか?」
「私の弟子になりますか?」
「は?」
言いながら、あずさはにっこり笑顔を俺に向けた。 冗談にしてはまた随分ムカつく冗談だな。
「明日から、家に来て下さい。基礎から教えてあげます」
「え? 本気?」
「冗談だと? 今の先輩の画力は幼稚園児レベルですから、母に弟子入りなんて片腹痛いですよ」
顔が真剣、てかちょっと怒ってる?
しかし幼稚園児レベルかよ。あずさの画力からして見れば、まあ、そうなるよな。
「明日からお願いします」
「これからは、私の鞄とか荷物、持ちなさいよ?」
口調変わった!
弟子って言うんですか? これは、下僕と呼ぶんじゃないんですか?
「さて、帰りますか。はい、鞄持って」
「あんま調子に乗ると、りんから睨まれるぞ?」
「あ、鞄は自分で持ちまーす」
実を言うと、バレンタインの事件があって以来、りんは影の番長と呼ばれるようになっていた。
噂を流したのは、説明いらないよね?
吉野の話だと、鉄パイプで竹刀叩き割られて、追い掛け回されたらしいからなぁ。番長って言うか蛮族の長だもの。戦闘民族だもの。魔人だもの。
あずさとともに正門を抜けると、そこには……恐ろしくて言葉に出来ません。ごめんなさい。
「高良さんよね? 東吾の用事ってなに? 私はフラれちゃったのかな?」
「フってません! そんなバカな! フるとかないですから!」
情けないと思われそうですが、目の前に魔人が現れたら誰しもこうなる。
これに鉄パイプ? 吉野よく生きてたな。鬼に金棒どころじゃないぞ。
「木之下先輩、さよならー! 大原先輩、失礼しまーす!」
と言ってりんの脇をすり抜けようとしたあずさの腕を、りんががっちりホールド。そしてスマイル。
絶対に逆らえない状況、雰囲気というヤツをびしびし感じます。
お願いですから命だけはー! みたいな。
「高良さん、たまには一緒に帰りましょうよ?」
あずさは無言でうなずくのみ。笑顔がかなり引きつってます。
「東吾、鞄持ってくれる? 今日プリントが多いから重くて」
「イエッサ!」
りん陛下の鞄と結局あずさの鞄も持たされ、帰り道を行く事となりました。
あずさはずっとびくびくしてたが、当然だな。
りん陛下はここのところ、いつも苛々してる。
なんかあったのか?
そんな3月の帰宅路……
《続く》
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