2月.少し違うお話 その四
対峙した二人は、互いの距離を読み合っているのか、一歩一歩が随分と慎重で、重い。
ちなみにりんは上段、吉野は正眼に構えている。
一応説明しておくと、上段は頭上に振りかぶり、重い一撃を繰り出す構え。
対して正眼は、一般的に見られる刃先を相手の喉元に向け、腹の辺りで握る構え。こちらは防御、いなし重視な反面、攻撃の際は威力を上げるため踏み込みが必要になる。
初動は上段が早いが、回避されると正眼有利。
って、あれー。これ何? 何真面目に説明してんのさ?
「大原りん。言っておく事がある。私はあの方を愛しています。心酔しています。が、しかし、あの方はあなたと付き合う事にした。私はあの方の幸せを願えばこそ、手を引きました。
実際はどうですか? あなたと来たら、殴る蹴る、揚句『飼い主』? あなたではあの方を幸せに出来ない」
コイツ、案外真剣だったんだな。でもさ、殴る蹴るとか『飼い主』とかお前どこで見聞きしてたの?
「念仏は終わった?」
怖っ!
りん、それ悪役のセリフですから!
ちゃんと台本読んで!
「念仏? ふふっ、戦場で殺気立つと死神に憑かれますよ?」
何言ってんの、この娘! 戦場違う! 自然溢れる平和こそ似合う場所だよ! しかも死神って……。
俺は剣八好きだよ。
先に仕掛けたのは吉野。 地を軽く踏むと跳躍するようにりんへと超接近、上段に構える手首、つまり篭手への突き出し。
それに反応し、りんは竹刀を振るが、突き出しを弾くはずが空振り。
フェイントと言うヤツ。 がら空きになったりんの頭部へ竹刀が振り下ろされた刹那、りんはとっさに屈んで斬撃を回避。逆にがら空きになった吉野の顎目掛けて、竹刀を逆手に持ち、柄部分を打ち込む。
これ、反則。
その一撃を首を反らして容易にかわすと、吉野はにやけ面を浮かべる。
ダッキング(しゃがみ込み)したり、逆手の顎打ちしたりルール無用どころめちゃくちゃだな。
今上げた二つは、りんがした事だけど。
再び距離を取ると先程と同じように構え、互いに薄ら笑い。
気持ち悪っ!
てゆーか、怖いわっ!
あ、そうだ。逃げよ。
「先輩、どこ行くんですか?」
「いや、あの、トイレ」
道を遮ったのは、言わずもがな礼子さん。
「あの、暇ですし、近くのオープンカフェにでも行きませんか?」
「ほったらかしでいいのかよ?」
「ほっておけば勝手に終わりますよ」
と言うわけで、剣道だか死闘だかわからん二人を無視して、俺と礼子はその店へ向かった。
『私だって、東吾の事好きよ!』
『私は愛しております!』
遠吠えは夕焼け空に高く響き候。
本当に無視して店に来たのですが、そこには二葉社長の秘書だったような気がする女の人が、恐らく偶然ではなく、待っていた。
記憶が曖昧なのは、一度紹介されただけだからであって、記憶力があれとか、老化とかではない。
「関さん、お待たせしました」
「礼子お嬢様。例の書類持ち出しましたよ」
秘書の関さんが手渡した書類は、婚姻届け。
しかも三枚。
名前は、俺と三姉妹一人ずつ。
重婚させる気?
法律上等だな。
「これ、先輩が預かって下さい。いえ、気に入らなければこの場で燃やして下さい」
と渡されたのはライター。見た目高級品のような金色のライター。
普通迷いそうだが、俺は渡されて即着火!
「えぇ! 迷い無しですか!? 普通、相手の気持ち考えませんか!?」
「だって俺、りんが好きだから。言っちゃ悪いが他なんか見えてないから」
あ、でも笹本の時はマジでやばかったな。
婚姻届けを、店先のテラス席に置かれたテーブルの灰皿に捨てると、あれよあれよと言う間に炭化していき、あっという間にどこにでもあるススの塊に変わった。
「先輩一途ですね」
「いや、アイツ俺の飼い主だから。リード握られてんだよ。どこに行くのも一緒、死ぬのも一緒。ネロとパトラッシュだよ」
「素敵ですよ、それ」
「なにがだよ。死ぬのなんて一緒じゃなくていいだろ? アイツは……いや、なんでもない。忘れて」
「えぇー、なんですか? 教えて下さいよー」
その半笑いをやめろ!
ムカつくんですけど、この娘ー!
「木之下様、少しよろしいですか?」
関の何やら真剣な表情に、俺はうなずくと、テラス席に腰を下ろした。
「冴お嬢様の事なのですが……」
「関さん、ダメよ!」
「いえ、話しだけでもしておきましょう」
礼子は表情を曇らせると、肩をすくめてうつむいた。
今までと明らかに空気が違う、暗い感じ。
俺、シリアス苦手。
「冴お嬢様、実はあまり長くないんです」
関の真剣な表情からすると本当の事か?
いや、また前みたく十年……十年後は二十歳か。
「先輩、正月に会った時、おじい様がって言いましたよね? あれは、冴の事です。結婚がどうのって言う話は、まあ、その場の勢いですけど、あれだけは本当ですから」
つまんねぇ話だ。
冴が後十年?
十年持つ病気ってなんだ? 余裕ある病気だな。
そんな先の悲劇、俺にどうさせようって言うんだよ。嘘でも結婚しろ? それで冴は喜ぶのかよ。
嘘は嫌いだし、冴を逆に悲しませ兼ねない。
面倒なのはゴメンだ。
「あのさ、俺、」
「話をして! ……あげるだけでいいんです。結婚しろなんて言いません。冴には毎日笑っていて、欲しい……から」
つくづく女の涙に縁があるな、俺は。
女泣かせ。17歳にして不名誉な称号ゲットか?
「お前さ、俺に言った事、覚えてるか?」
「……え?」
ボロボロ涙を流す礼子の顔は、情けなく、頼りがいもなく、気品もなく、まったくもって年頃の少女だ。
「冴の友達になれって言っただろ? 俺、断ってないぞ、あれ」
「あ……! ありがとうございます! 先輩!」
聞いた途端、満面の笑み。コロコロ表情変えやがって。
まあ、半笑いじゃないから許してやるか。
にしても、十年後か。
関の話だと、十年後に死ぬわけではなく、全身の筋肉が衰え、歩行は愚か、しゃべる事すら難しくなるらしい。
生きながらにして死ぬ。 考えたくもない。
冴、三姉妹ん中じゃ一番まともなだけに、可哀相な……いやいや、今から十年あるんだ。死ぬ程遊べばいいんだよ。
……十年後、『あれ、嘘』とか言って、俺を笑いものにでもして欲しいもんだけど。
りんと吉野。どうなったかと言うと、吉野がマジ泣きしながら店に駆け込み、逆にりんは余裕の笑み。
つまり、りんの圧勝だったらしい。
とんずらしていた俺は、りんに竹刀でめった打ちにされました。
ただ、気になった事と言えば、りんは竹刀の他に鉄パイプを握っていた事だろうか。
何に使ったかは聞かないでおこう。
今年のバレンタインで得たもの――
アポロ。
後、ちっこい友人。
2月.少し違うお話
おしまい
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