2月.少し違うお話 その二
「立派な住まいですね」
「6年後の先輩の住まいですよ?」
いや、聞こえないから。俺今日だけ耳聞こえないから。
まあ、泣き言言ってもドナドナは鳴り止まず、一般家庭の3、4倍は軽くある敷地へお邪魔したわけで。 和風な門をくぐると緑豊かな庭、池、橋?
なんだ、この家? 敷地内に橋? せいぜい1m程度の橋だけれでも、装飾もかなり綺麗で、値段が掛かってそう。
和風建築美な玄関をくぐると、二人の着物姿の女性がそそそっと歩み寄り、ぺこり。二葉の鞄を持ち、履物を靴箱へ。流れるような動き、無駄が無い。
「御学友で?」
「うん。木之下先輩」
「あぁ、冴お嬢様の旦那様」
おい、コラ。なに言ってんのおば様? いつの間に結婚しちゃったの? 10歳のちびっ子と夫婦になっちゃったの?
許さないよー、マジで。 明日の朝日拝めないよ、マジで。俺が。
「いや、ただの友達ですから」
「そうですねぇ、冴お嬢様はまだ10歳。結婚するには16にならなければできませんものねぇ。それまでは御友人ですねぇ」
おほほほ、とか言いながら俺が連れて行かれたのは、何やら広い座敷間。
座敷と言うのは本来、宴会やるとこじゃなくて客間の事を言うんですよ?
そんなくだらねぇうんちくはいいの!
ここは奥座敷だろうか? つまり大事なお客様やらをお招きする場所です。
つまり俺は大事なお客様なわけです。
つまり逃げたいわけです。
……逃げよ!
「先輩、お茶……なにしてるんですか?」
逃走しようとした瞬間に襖が開いたため、通常の3倍ビビり、すっ転んでいた。
「いや、あれ、あの……トイレ」
「我慢出来ませんか?」
なんで我慢する必要あんのさ! おかしな事ばっかり言う子だよ、この娘。
「いや、我慢出来ない」
「我慢して下さい」
おーい! なんだこの娘! にっこり微笑んで言う事じゃないんですけどー! 歯医者の『痛かったら手上げてねー』みたいな感じか? で、手上げると『痛いですかー、我慢して下さい』みたいな。
一種の拷問だから、あれ。
「先輩、諦めて下さい。ウチ、三人姉妹で会社継ぐ人いないんです。だから、お願いします」
「別に誰かにやらせりゃいいでしょ。そんな古風なシキタリ、今時流行んないよ?」
「まあまあ」
ダメだ。この娘。
誰でもいいから話のわかるヤツ来ないかなぁ。
とそこへタイミングを見計らったように現れたのは、二葉社長様と冴お嬢様。 社長は170cmくらいでビールっ腹。どこにでもいるお父さんだな。
冴お嬢様は、なぜだか着物。いや、理由はわかる。 社長も紋付袴だし。
今から結婚式はじめるつもりか? 社長さん。
とにかく俺、ピンチ。
誰でもいいから助けて。 仮面ライダー・アマゾンとかでいいから助けて。
ライダーのクセにバイクにライド・オンしてる時間短いよね、アイツら。
だからさー、どうでもいいんだよ仮面ライダーは。 あ、ウルトラマンとか?
「東吾君。お父さんには連絡してあるから。どうぞよろしく、だそうだ」
助けて、ウルトラマン! 3分経った? タイプアップ? ふざけんな! 3分で地球が救えるか!
お前ら、カップラーメンですか!?
「兄ちゃ……じゃないや。えーと、旦那様。二日ものですがよろしくお願いします」
なんですか? 二日もの? 漬物の話でもしてんのか、このちびっ子?
「先輩、今日からお義兄さんと呼ばせて頂きますね?」
なんで半笑いなんだよ! この娘、ムカつくんですけど!
この娘、ムカつくんですけどぉー!
「あの、ちょっと待って下さいませんか」
襖を開けて入って来たのは、ツインテールの眼鏡少女。
さっき三人姉妹って言ってたから、次女か?
待てよ。見覚えあるな、コイツ。
「あ、お前! 中学ん時に俺を付け回してたストーカー女!」
「お久しぶりです、トーゴ様。まさか、あなた様が冴の旦那様として呼ばれていただなんて。運命、感じませんか?」
感じます。何か魔的なものを感じます。
気持ち悪いんですけど、この娘。
物凄く怖いんですけど、この娘。
ツインテール眼鏡少女は深々と一礼し、俺の隣で正座した。
ちなみにコイツも着物を来ている。
なんだか面倒な事になってきました。
「吉野。なにか用事か? それに着物まで着て。結婚式にでも行くつもりか?」
おめぇもだろがよ。
吉野。そうだ、確か吉野って書いてあった。手紙に。不幸の手紙に。
だって髪の毛入ってたもの。
ちなみに染井吉野は桜の一種で、オオシマザクラとヒガンザクラの雑種。成長が早く、花つきがいいため、公園、堤防に植えられる大部分がこの桜だそうな。
名前の由来は、明治初年、東京染井村の植木屋で売り出されたところから付けられたとか。
うん。どーでもいい。
「トーゴ様は、私の夫です」
「兄ちゃんはアタシの旦那様だよ!」
「先輩、モテモテですね」
礼子さん、あなたの半笑いが一番ムカつくんですけどー!
「あの、俺。彼女いるんで、無理です」
「大丈夫。私は全然構いませんから」
誰かー! なんとかしてこの娘!
「アタシだって、構わないもん!」
俺の意思は丸無視か?
すんごいモテてるんだろうけど、正直まるで嬉しくないのは、りんの顔が頭に浮かぶからだろう。
あー、めちゃめちゃ怒ってる。
「いや、ホント、ダメなんで。俺、アイツと結婚するつもりなんで」
あ……既成事実?
「そうか。真剣なのか。それじゃあ仕方ないな」
まあ、全て丸く収まるならこれで良し。
「礼子ならどうだ?」
このヤロー、ぶっ飛ばすぞ。
なんやかんやとあって、うやむやのうちに俺は二葉邸から脱出した。
吉野に押し倒されたり、冴に抱き着かれたり、そりゃあ大変でしたが、一番ムカついたのは、礼子の半笑いだろうか。
思い出すだけで腹が立つ。
が、しかし。こんなものは嵐の前の突風にすぎなかった。
もう、バレンタイン怖いよ。
《続く》
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