12月.クリスマスにつき 前
地球温暖化の影響で冬でも温い風が吹く12月。
町を歩けば、赤い服に白髭のサンタルックがやたらと目に映る。実際のところ、クリスマスをここまで楽しむのは日本くらいなものではなかろうか。
そんな些細な疑問はどうでもいい。クリスマスに乗っかって、楽しんでやればいいんです。
冬の空が暗く闇を広げた頃、俺とりんは帰路を辿っていた。
ちょっと詩人ぽいかも。
「雪、降らないかなぁ?」
「降らなくていいだろ? 雪が降って喜ぶのなんて、ガキか白熊くらいなもんだ」
りんがロマンスに目を輝かせた瞬間、俺はロマンも何もない一言でそれをたたき落としてやった。
りんは昔から雪景色が好きで、小学生の頃は雪合戦をやったり雪だるまを作ったりしたもんだ。
雪合戦の公式ルールに、石を入れてはいけないと言うルールがあるらしいが、そんな事知るはずもないりんは、子供ながらそれをやっていた。
と言うか、石を投げられた。一杯。物凄く痛いもの。血だらけになったもの。俺が雪が嫌いな理由はそれだよ。
涙無くして語れない辛い過去を思い出しながら、俺とりんは、雪合戦流血事件を引き起こしてくれた張本人の家へ向かった。
毎年恒例なのだが、クリスマスはりんの家、正月は俺の家で過ごす。
「お邪魔しまーす」
「誰もいないよ?」
「あら」
誰もいない家に俺の声が響き渡る。例えるなら、今時山頂で、やっほー、とか言うくらい恥ずかしい事をしてしまったわけだが、そんな事では焦ったり、取り乱したりしない。ただ、ちょっとそわそわしちゃうだけだ。
家に上がり、リビングに向かおうと歩き出した時、後にいたりんが背中を突いてきた。
「あのさぁ、今日……お父さんとお母さん、帰って来ないんだけど……。
最近、物騒、でしょ? 泊まってかない、かな?」
「お前は小学生か。留守番くらい出来るだろ」
「え? そりゃ出来るけど。いや、怖いとかじゃなくて……」
怖いわけでもないのに一緒に留守番して欲しいのか? まったく贅沢な。
とか気にしない風を装ってはいるが、心中穏やかじゃありません。
最近空き巣やら放火やら物騒だが、俺が泊まると結局物騒だよ? 金品はともかくとして、りん個人が危険なんだよ?
「それってあの……。
タケとヨっちゃんも呼びませんか?」
俺のアイディアに対し、りんは無言の否定意見を目で訴えた。それは訴えていると言うより、脅迫に近い。目が口以上にものを言う瞬間を、17年生きてきてはじめて見た。
「でもさ、まずいんじゃないの?」
「嫌?」
りんの向ける上目使いの瞳は、どう考えても計算だ。そんな目で見られて、嫌とか言えようか?
ふっ、俺は言える。
とは言えここで引いてはヘタレ君決定だし、りんに恥をかかせてしまう。
「わかったよ。泊まってやるよ……。
でだ、差し当たって夕食はどうする?」
腕時計……は、無いので、ケータイのサブモニターに映し出された時計を見る。腕時計が無いのは、以前キヨが洗濯してくれたから。お陰で汚れも機能もキレイに流れたよ。あのバカ!
時間は18時を少し回ったくらい。
「夕食なら私が作るよ」
「お前料理出来んの? マンガとかみたいに、キッチン爆発させてアフロになるんじゃないの?」
「失礼な。なんでも出来るよ! じゃあ、早速作るからリビングに居て。リクエストある?」
リビングに向かいながら俺の頭の中にある献立の引き出しを開けまくる。が、出てくるのはインスタントラーメンばかり。つくづく料理にうとい事を実感した。
りんはリビング奥にあるキッチンで、鼻歌を歌いながら冷蔵庫を覗き込んでいる。
料理を作るりんと、それを待ちながらリビングでくつろぐ俺。この状況、一言で言うなら、夫婦みたい?
「ねー、リクエスト無いの? 適当に作っちゃうよ?」
「じゃあ……、女体も、ったぁ!?」
口は災いのもと。後頭部にフライパンが激突してきた。この痛みは軽い交通事故だ。
本日の天気は晴れ後フライパンが水平に飛んで来るって、天気予報のお姉さん言ってたな。気を付けねば。
「あんた頭ん中そんな事ばっかなの!?」
床に転がるフライパンを拾い上げるりんは白地に花柄のエプロンをしており、いっそう若奥様な感じ。
「若奥様。俺も手伝おうか?」
「な、なによ、その若奥様って」
冗談で言ったのだが、りんはまんざらでもないのか、少し赤くなった頬を両手で押さえながら、微笑んでいる。
とりあえずリンゴ病に掛かった若奥様は無視して、キッチンに向かうと、クリームソースとスパゲティーが用意されていた。クリームソースは市販の温めるタイプ。
料理の工程は茹でる一択のみ。
「りんさん、これは料理と言うんですか? 茹でるだけなのは料理と言わないんじゃないですか?」
リンゴ病患者は俺の言葉が気に入らなかったのか、むくれた面でキッチンに入って来た。
「料理よ、料理! じゃあ、東吾は何か出来るの!?」
「野菜炒めくらい。あと、カレー」
「……わ、私だってカレーくらい出来るもん!」
この意地の張り方、出来ないんだな。もん! とか言って、強がってんだか甘えてんだかわかんないし。 俺はキヨが遅くなる場合の食事担当のため、一月に十日程ではあるが料理はする。腕は大した事はないが、食べられる物くらいは作れる。
「じゃあ、茹でるのやってな。俺サラダでも作りますから」
「サラダ? ってレタスよね?」
「レタスはレタスだ」
天然なのか、よっぽど料理にうといのか、外人と無理矢理日本語でコンタクトを取るような感覚だ。
「レタス入れないの?」
「そんなにレタス好きなのか? ちなみに今持ってるそれはキャベツな」
「え? キャベツもレタスも一緒でしょ?」
なんか物凄いイライラしてきた。
なんでも器用にこなすりんが実は料理出来ない、と言うか知らないとは。
お前の母さんは、魔法で料理出してんのか? タイ・ト・ローか?
て言っても、りんの母さん知ってるけどね。魔法使いじゃない事も、もちろん知ってるけどね。
とりあえず料理素人は茹でるのだけやらせて、俺は人様の家の野菜室を覗き込み、適当なものを物色する。
失礼なのは承知しているが、りんに頼むとエリンギとかマッシュルームとか少々手間なものが出てくるんだもの。
……両方キノコ? いやいや、変な事考えたらいけません!
「じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、あと、レタスも入れるか。
カレーが出来る具材だな。スパゲティー担当、ちゃんと出来てる?」
スパゲティー担当は、コンロのスイッチを入れただけ。そのスイッチを入れる瞬間に己の全てを、魂を込めればいいのだ。
「……私、テレビ見てていいかな?」
「火見てなさいよ。俺はサラダやるから見てられないよ?」
「……はぁーい」
たるそうな声を出すと、アルミ製の踏み台に腰を下ろし、ももの辺りに肘を乗せ、頬杖を付いた。
こんなつまらなそうなりんはじめて見た。やっぱ、何も出来ないのは嫌なのか。
「りん、じゃがいも潰すのやってみるか?」
「あ、やってみたい」
そんな12月の夜……
《続く》
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