11月.文化祭につき その六
りん探索が終わったと思ったら、今度はタケか。
カマ兄の話だと、幽霊屋敷がどうのって事だから一階だな。カマ兄が休憩中に会ったのも一階だったらしいし。
階段の上り下りが多いせいで、俺の足はかなりキテいる。この疲労感は踏み台昇降運動を思いだす。
乳酸が地味に蓄積されていくあの感覚。後半、ふともも辺りに感じる焼け付くような痛み。最悪だ。
踏み台昇降運動の感想についてはどうでもいいや。
一階に下りると、苦もなくあっさりメガネを見付けた。
「おぉ、メガネ」
「人をメガネ呼ばわりするな。常時メガネ装備だけど、メガネは僕のアイデンティティなわけじゃないぞ。清美も、素顔もステキですねって言ってたし」
「素顔をさらすってのはどんな状況だ! TVなんかで発言したら、ピーとかなる状況か!?」
「あの時はメガネが曇ったから取ったんだよ!」
「あの時ってどんな状況だ! TVなんかで、」
「黙れ、バカ兄貴!」
俺は背中に飛び蹴りをくらい、その場に倒れ込んだ。タケも道連れにして。
「政一、大丈夫!?」
「ちょっと頭打っただけ。大丈夫だよ」
俺を蹴り飛ばしたせいなんだよ? わかってんのか? それとも、こうなる事を予想して、怪我を心配する優しい彼女を演出するつもりだったか? キヨなら有り得る話だ。
「それで、何? どんな状況だったわけ? ヤバイ状況だったの?」
「それはもういいだろ」
「良くねーだろ!? 俺に黙って何やってんだ、お前ら!」
「……もういいよ、行こっ」
「あー、待って清美ちゃん!」
俺達が訪れたのは当初の予想通り、冴の幽霊屋敷。正確には幽霊教室。
「俺さあ、さっき来たんだよ、ここ」
「そうなのか? じゃあ、二人で入るか」
「私、幽霊って苦手なんだけど」
嘘つけ。真夜中にサイレンやってるヤツが言う事じゃないだろ。しかもヘッドフォン装備で。俺なんか、それに付き合わされてその日寝れなかったし。
幽霊教室に入って行く二人を見送ると、出口側に向かい、ヘタレて出て来るであろう政一を待った。
・ ・ ・ ・
なかなか出て来ないな。まさか、いかがわしい事をしているのでは!? ダメだぞ、それは! 中にはちびっ子がいるんだから!
その時、出口が開き、二人が出て来た。
「なんかよくわかんなかった」
「暗いだけ?」
「後見てみ?」
俺の言葉に、清美と政一が戸が開けられたままの教室を覗くと、例の幽霊少女が手を振っていた。
「うぉっ!?」
「えっ!?」
二人の声に反応するように戸はゆっくり閉まった。
「……ちょっとびっくりした、かな?」
「貞子?」
貞子の名前を口にする辺り、さすが妹。
政一は実際かなりビビっているらしく、冷汗で制服が若干濡れている。
「タケ、大丈夫か?」
「まあ、なんとか」
「交代まで時間あるし、そう姉がいる喫茶店行こうよ」
「そうするか。トーさんも一緒に来るか?」
政一の誘いとは逆に、清美は明らかに嫌そうにこちらを睨みつけている。
「いや、りんの様子見てくるよ」
「そうか。それじゃな」
「バカ兄貴。りんさん、寂しそうだったぞ。しっかりしろよ、彼氏だろ?」
「えっ?」
そう言えば今日は一度も会ってなかったか。
寂しそう、か。普段からそう言うの、俺には見せないヤツだから気付かなかったけど、寂しがったりするんだな。
時刻は12時17分。この時間になると、劇なんかの出し物が休憩に入るため、食べ物関係の店が急に忙しくなる。クレープはデザートのため、忙しくなるのはもう少し後。焼きそば、タコ焼き屋なんかが今は一番忙しい。
「りん、調子どう?」
「……東吾」
「どうした?」
りんはすぐに目を反らすと、黙々とクレープを焼きはじめた。
その時、裏方に回っていた女子生徒が手招きしてきた。
クレープの屋台から少し離れた辺りまで来ると、小声で話しはじめた。
「さっき、京子と一緒にいたでしょ? ここから丸見えだったわよ? それからずっとあんな感じなの」
ここからだと渡り廊下の人込みがはっきり見える。 妙な赤ずきんちゃんを見た後、渡り廊下を通っているところを見ていたのだろう。
「なんとかしてよ。あの空気耐えられないよ」
りんは嫌な事があっても溜め込んだりはしない。すぐにぶちまけるため、落ち込んでいるところは見た事がない。
笹本との事は一応落ち着いた、と思っていたのは俺だけだったようだ。
りんは客が引けたのを確認して、後に置かれたキャンプで使う折りたたみ式の椅子に腰掛けて休憩していた。
今がチャンス! と、りんに話し掛ける事にしたわけだが、
「なあ」
「……」
「りん?」
「……」
「りんさーん?」
「……」
「怒ってるのか?」
「……」
目を合わせようとしても、顔を反らして話を受け付けない。
嫉妬? りんにもこんな可愛いいとこ、あるんだなぁ。って、今はそんな事にトキメいてる場合じゃないか。
「笹本とは友達ってだけだ。別に変に意識とかは、」
「……いつから呼び捨てするような仲になったのよ」
「あ、いや、これは、あずさに他人行儀過ぎないかって、それで……」
「……」
「りん?」
りんはいつも俺なんかよりずっと大人で、決して取り乱したり、ましてや人前で泣いたりしないヤツだ。 俺は、はじめてりんが涙を流すのを見た。
肩を小さく震わせて、それでも泣いている事を悟られまいと両手で顔を隠し、膝に額を擦りつけるように丸まっている。
「木之下君。りん連れて行って。こっちはやるから」
「頼む」
俺はりんを連れて人気の無い部室棟に向かった。部室棟と言うのは、グラウンドの隅にある陸上部、テニス部、野球部の部室が集合住宅のように一緒になっている場所の事。校舎裏並に人通りは少ない。
文化祭ともなると、いっそう人気はなくなる。
とりあえず、りんが落ち着くのを待つ事にしたわけだが、こんな時なんと声を掛けたらいいのか、さっぱりわからない。
「……ごめん」
「えっ? なんで謝るんだよ?」
「ごめん……東吾、悪くないのにね。ごめんね」
泣き止んだかと思ったら、謝りながらりんは再び泣き出してしまった。
「お前、一人で悩んでたんだろ? あれからずっと」
りんは俺の言葉にいっそう泣き声を大きくし、肩にしがみついた。
「だって! 京子の気持ち、知ってたのに、裏切ったんだよ!? あれから、京子、普通に話し掛けてくれたけど、私、辛くて……」
目に涙を溜め、唇を震わせるりんは、いつもの頼りがいのある態度とはまるで違う。
そんなりんを見て、俺は抱きしめずにはいられなかった。
「俺の面倒見られるの、お前だけなんだろ? それなのに心配掛けさせてどうすんだよ。お前が頼りないと、俺が困るだろ?」
りんのくすくす笑う声が聞こえ、俺はようやくほっとして、りんを離した。
りんは今だ涙を流してはいたが、表情は明るい。
「女に頼るなんて、情けない男だなぁ。
あんたみたいな情けないヤツ、面倒見られるのは私くらいなもんだよ」
「改めて、よろしく」
「ばぁーか」
迷子やら人探しやら悩み相談やらがあった文化祭は、無事終了した。
俺とりんは、今までのママゴトのような関係ではなく、本当の彼氏彼女になれた気がした。
11月.文化祭につき
おしまい
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