11月.文化祭につき その一
文化。
文化とは、世の中が開けて生活水準が高まっている状態を指す。
そこから考えるに、生活水準が高まった様を、世に広く知らせるのが文化祭なわけだ。つまり、お化け屋敷や喫茶店みたいな、どこにでもあるモノでなく、それを一歩超えた企画を立てなければいけない。
例えば、お化け屋敷はハイテクな警備ロボが襲ってきたり、パワージェネレーターの暴走で都市がメルトダウンみたいな、サバイバルホラーハウスとか。
喫茶店なら機能美重視の外観、ワンタッチでメニューが配膳される、みたいな。もちろんウェイトレスはいない。
うん、まあ、予算的にも敷地的にも無理だけどさ。
なんやかんや言って俺は去年同様美術部の出展作品を無理矢理描かされている。
どうせボツにするくせにさぁ、これは軽いイジメだよ?
「ダメ、無理、うまくいかない」
本日4回目の弱き発言に、りんはイーゼルに掛けられた俺の絵を覗き込み、ため息をついた。
「なんでダメなのよ。このまま描けばいいじゃないよ」
何度も描いては消したりを繰り返すキャンパスに、うっすら跡を残すのは、羽を広げるカエル。
なぜカエル? と思うだろうが、これが芸術と言うものだから仕方ない。芸術は爆発なのだ。ソロモンに帰ってきた人が撃った核ミサイル並の爆発なのだ。
「アマガエルを描くべきか殿様ガエルを描くべきか、それが問題だ」
「シェイクスピア?
もう、どっちでもいいじゃない。どっちも同じカエルなんだし」
「同じじゃないだろ。かたや雨乞い、かたや殿様だぞ?
ハムスターとカピバラ並に違うんだよ!
東京タワーとエッフェル塔並に違うんだよ!
お好み焼きともんじゃ焼き並に違うんだよ!」
「……ふぅーん。私、もんじゃ焼き好きだけどね」
興味無いよね。ごめんね、りん。とりあえず俺カエル描くよ。
気を取り直して濃い色合いの鉛筆を手に取ると、カエルを手早く描き、羽を書き足すわけだが。
「どんな羽がいいかな?」
「私に聞かれても」
とその時、美術室の戸が開き、あずさが入って来た。
「木之下先輩、出来ましたか?
……あ」
あずさはりんに気付くと、どうも、と他人行儀な挨拶をした。
まあ、互いにあまり知らないだろうから警戒するのは当然か。
「美術部の子?」
「はい。1年の高良です。大原先輩ですよね?」
「私の事知ってるの?」
「知ってますよ。京子姉の恋のライバルですから」
「京子、姉?」
京子って言うのは笹本の事だろうけど、姉? 名字が違うから姉妹ではないだろう事はわかる。とすると、幼なじみか親戚?
「笹本さんと知り合いか?」
「京子姉の向かいが私の家ですから」
その時、俺はある事を思い出した。以前あずさが言っていた、りんと別れたら紹介したい娘がいる、と言う話。笹本の事を言ってたんだな、あれ。
「それはいいんですけど、そろそろ仕上げてくれませんか?」
「じゃあ、意見を聞かせてくれよ」
イーゼルから絵を取り上げると、あずさに見せた。あずさは絵に関しては真面目で、カエルの絵を真剣に見つめている。
「意識し過ぎですね。うまく描こうとか評価されようとか思って描いてませんか? 必要なのは何を表現したいか、です」
評価、ねぇ……。
評価とかはともかくとして、うまく描こうとかは思ってたけど。それはダメな事なのか? 俺みたいなド素人が生意気言ってんじゃねぇよ! みたいな感じなのか?
「東吾、どうしたの?」
「あ、いや……。
あずさは何描いたんだよ」
「校舎裏にある桜の木を描きました。花は咲いてないので、その辺は想像で」
校舎裏には樹齢何百年? と思わせる立派な桜の木がある。話によれば、校舎が出来る前から存在し、校舎を建設する際邪魔になると言う理由から、伐る話になったのだが、住民の猛抗議により最終的に残す事になったとか。
あと、その木の下で告白すると、必ず恋が叶うとか。別名、伝説の木。
「桜か……。高良さん、見せてもらっていい?」
「いいですよ」
りんとあずさは美術室を出ると出展会場へと向かった。と言うか、出展会場は美術室の前の廊下なんですけどね?
廊下側から二人の話し声が聞こえてきた。
『あー、これ? すごいねぇ! プロ級だね!』
『あの、大原先輩』
『なに?』
『木之下先輩、京子姉に譲ってくれませんか?』
はい。この会話、美術室に丸聞こえです。
あの娘ったら、いきなり何言いだすの? その話はもう収拾ついたんだから、ぶり返すのやめてよ!
『京子姉、毎日毎日、木之下君が〜木之下君が〜ってうるさいんですよ』
『そっか……』
りん……。やっぱ気にしてんだな。
って言うか、もうやめてよあずささん! あんま、りんを刺激すると後が怖いんだからさぁー!
『ところで木之下先輩のどこがいいんですか? 大原先輩ってかなりモテるじゃないですか。他じゃダメなんですか?』
あんま刺激すんなってばよぉ! りんより先に俺がぷっつん切れそうなんですけどぉ!?
……いや、待てよ。これは、りんの本心とかを聞くチャンスかも。でも、ボランティア的な感じで付き合ってんだよー、とか言われたら立ち直れないよ。
立つんだー! とか言われても立ち上がれず、10カウントK.O確定だ。
『うーん……ボランティア的な感じかな?』
命中率100%の死の呪文が……。
世の中、知らない方が良い事が多いものです。しかし、それは知ってから気付くものであるからして、なんともまぁ罪な仕組みにしてくれたもんだな、神様この野郎!
『ボランティアなんですか? それじゃあ、木之下先輩が可哀相ですよ』
『あーっと……、あの、恥ずかしいからこの事、アイツに言わないでよ』
りんさん、おもっきり聞こえてるんですけど?
俺は一字一句聞き逃すまいと、廊下側の壁に張り付く。
端から見たら変質者みたいに見られるだろう。だが、んな事ぁどうだっていいんですよ。今この瞬間はすごく大切なんです。
『東吾ってさ、昔からバカでドジで抜けてて、ホント情けないヤツでね』
『そうなんですか?』
違う。とは言いづらい。実際、バカな子供だったし。近所の犬小屋に爆竹投げ込んだり、ノラ猫の尻尾燃やしたり、目茶苦茶やったからなぁ。
しかしまあ、はっきり言ってくれちゃって。
『いつの頃だったかなぁ。こんなおバカさんの面倒見られるのは私くらいのものだから、相手してあげなきゃなぁ、なんて思ったの。 付き合い出したのは東吾が告白してきたからなんだけど、正直全然不思議に思わなかった。なんか、え? 今更? みたいな。
逆に、付き合うとか必要ないんじゃないかなぁって思ってたし』
『それって?』
どう言う意味?
『一生面倒見るつもりだから、付き合うって言うか、まあ、ね……。
東吾はわかんないけど、私はそのつもりなんだよね』
『え……? えぇ!?』
世の中には知らない方が良い事が多いものです。しかし、それは知ってから気付くものであるからして、つまり俺は、一生鬼嫁の尻に敷かれるわけか……。
こんなに早く将来が決まると逆に焦るんですけど。
そんな11月の文化祭前日……
《続く》 |