10月.買い物日和につき 後
澤谷に古くからあるスーパーマーケット『カドヤ』。タイムセールやポイントカードなどのサービス関係は無く、そのため、最近出店した大手スーパーマーケットに客が流れ、今は残念な状態。なわけだが、それでも馴染みの客は顔を出している。地元愛だね。
「はてさて、どうしたもんかねぇ……。何買えばいいの? とりあえずパン、後いちごジャム……キヨがいないと全然わかんねぇな、まいったね、こりゃあ」
あっちへ行ったりこっちへ行ったり、うろうろしている俺は不審者以外の何者でもないだろう。
そんな俺の肩をぽんぽん、と何者かが叩いた。
「木之下君、いらっしゃい。どうしたの?」
「……誰?」
「えぇ! また? 眼鏡してないとそんなに別人?」
俺に声を掛けてきたのは、長い髪を襟首で束ねた、制服姿の若い店員。
眼鏡? ……前にもあったな、こんな事。
「あぁ、笹本さん。バイトしてんの?」
「はい、笹本です。バイトしてます。
それで、一人で買い物? パシリ?」
「……パシリ、か。そうかもな……」
あれれ? パシリって考えると、すごく悲しくなってきちゃったよ。いやいや、財布を預けるって事はそれだけ信用されてるわけであって、つまり、買い物を任されているわけで、これはあれだよ、……なんだ?
「木之下君、顔色悪いよ? 裏で横になる?」
「裏? 裏になにがあんの? ベッドとか完備されてんの?」
「ベッドはないけど、座敷になってるから横にはなれるよ?」
裏ってのは休憩室の事だろうけど、座敷ってすごくないか? スーパーマーケットに座敷のコラボレーションってあんま聞いた事ない間取りじゃね?
「いや、いいよ。食料何買えばいいか悩んでただけだよ」
「献立は?」
「一週間まとめ買いだから、献立はわかんねぇな」
「じゃあ、とりあえず……はい、これ!」
笹本が書いて渡してきたのは、小さなメモ。献立か? 料理メモとか。
……090ー25……
「何この数字。最近の料理メモはあれなの? 暗号形式?」
「ケータイの番号でしょが! 下はメアドね」
「いやいや、話の流れ的にここでケータイ番号とか、おかしくない?」
「いいから、いいから。とりあえず登録しといて。
調味料と牛乳、後保存食とか冷凍モノを買っておけばいいんじゃないかな?」
話が有り得ない切り替わり方したんですけど。りんもそうだけど、女の話のシフトチェンジはよーわからん。1stから一気にトップ、みたいな。
「乳牛がどうしたって? 話切り替え過ぎなんですよ。付いて行けないの。なんかメモってよ!」
「うわぁ、面倒くさぁ。
もういいよ。私が選ぶから! カゴ持って!」
「へぇーい……」
あれから15分? 20分? カゴ三つ分の食料を選別して頂き、キヨに渡された財布の中身では微妙に足りず、自腹で払う事になってしまいました。
「結構イったね。お金足りてよかったけど」
「足りてねぇし。俺がなぜか出すハメになったじゃねぇかよ!」
「まあまあ。お茶飲む?」
「頂きます」
ちなみに買い物の後清美から電話があり、もうしばらくバイトやってくから先に帰らず待ってろ、との命令が下った。なぜ先に帰ってはいけないのか? そんな事はこっちが聞きたい。 それで、笹本にわけを話すと裏で待てばいい、と暖かい一言を頂き、今に至るわけですね、はい。
「何茶がいい? こぶ茶がいい? 梅こぶ茶がいい? 緑茶? 玄米茶? 麦茶? はとむぎ茶? どくだみ茶? プーアル茶?」
「なんだよ、そのお茶の充実ぶり。店に置いある種類を遥かに超えてるぞ?」
「冗談だよ。緑茶しかないよ」
「じゃあ緑茶で」
笹本は慣れた手つきでティーカップに茶を入れると、俺に手渡した。
緑茶を頼んだはずだが、色といい、香りといい、これはミルクコーヒーに近い感じだ。最近はミルクコーヒーを緑茶と呼ぶのか?
「これさぁ、緑茶?」
「緑茶に見える?」
「コーヒーに見えるな」
「コーヒーだもの」
まあいいか。コーヒーは嫌いじゃないし。いや、むしろ、緑茶よりコーヒーの方が好きだ。
なかなかに熱いコーヒーを一口、二口、飲み込んでいると、ある事に気付いた。
……? 笹本さんってば、無言で俺を見つめてるよ? あれ? 俺なにかしたか? すっげえ見てる。ガン見だよ、おい。
「あの、笹本さん?」
「私さぁ、木之下君の事、好き……なんだけど」
…………ん? 何?
今、なんかさらりと言うレベルじゃない事をさらりと言われた気が。いや、待て。そうだ、あれだよ、友達として、って意味だよ。だって俺がりんと付き合ってるの知ってるだろうし? りんと笹本は結構仲いいし? そんな、もしかしたら友情に亀裂が入るような事言うわけない……よね?
「高1の時からずっと……。あの頃はクラス違ったから言い出すチャンスなかったし、木之下君も私の事全然知らなかっただろうからさ、言わなかったけど。
2年になって同じクラスになったから、これは! って思ったの。だから今言わせてもらいました」
人間、危機的状況に陥ると叫び声を上げたり、オーバーアクションしたりするものかと思ったけど、実際は映画みたいな面白いリアクション取れないよ、マジで。
どうする、俺?
いや、断ればいいんだ。
「あの、」
「あ! 私、そろそろお店に戻るから。ゆっくりしててね!」
まるで言い出すのを察知したように笹本は休憩室を出て行き、その後もしばらく、俺は笹本が去った方を見つめていた。見つめる先の扉にはこの店の広告が貼られている。
月、木曜日は全商品10%引きか。結構やるな。
……て、何現実からエスケープしてんの!? だめだよ、逃げられないよこれは。ボスだよ、ボス戦だよ。あれってさ、なんで逃げられないわけ? コイツからは逃げられない! みたいなコメント出るけどさ、意味わかんないよね。
じゃないよー。混乱しまくって、わけわかんない方向に思考が……。
女のそう言った争いは本当に怖い。だから、なんとか穏便に事を決着させる方法を考える事にする。
と言うわけで延長戦に、
《続く》 |