10月.買い物日和につき 前
10月。天高く、馬肥ゆる秋。読書の秋、運動の秋、食欲の秋、ごろ寝の秋、あと……栗の秋?
ケーキ屋がモンブランを大プッシュする時期。
確かにモンブランはうまい。だが、俺はムースが好きだ。特にストロベリームースが好きです。
「……何してんだ?」
商店街のケーキ屋『ドミニク』のショーウインドーに張り付く俺に、清美はすごく冷たい視線を送っている。例えるなら変質者を見るような。
「いや、秋はモンブランだよなぁ、と」
「そうねぇ、じゃあ買ってく?」
奏太も同じくショーウインドーの前で中腰になり、覗き込む。
「ダメだって! 食料代しか持って来てないんだからな!」
「お前も見てみろ。このなめらかなクリームの曲線。モンブランたる由縁がここに!」
モンブラン愛について語る俺を、清美は更に冷ややかな目で見る。例えるなら汚物を見るような。
「うるせぇよ、ハゲ」
「ハゲてねぇだろ!」
「いや、私には見えるんだよ。お前の毛根の未来が」
すごいんだかすごくないんだかわからん、微妙過ぎる超能力だな。ある企業なら有効な能力だけど。
「そう言えばお前、自分の事『俺』じゃなくて『私』って言うようになったんだな。気持ち悪いよ?」
まあ、そんな事言えば当然ぶっ飛ばされるわけで、更に強烈なストンピングを後頭部に蹴り込まれるわけで。
それ以上やられると、痛みが快感に変わる超人類に進化しそうなんですけど?
「竹本君に言われたのよね。女の子は女の子らしい言葉使いしなさいって」
「うん……」
ちなみにタケはカマ兄と別れ、キヨと付き合い出した。カマ兄が身を引いたらしいが、そもそもカマ兄は男だから!
まあ、付き合い出したって言っても、タケもキヨも恋愛経験値0。竹槍、布の服で液状生命体相手に四苦八苦するほど。要するにデートもした事ないどころか、手を繋いだ事もないらしい。もっぱら電話。遠距離恋愛気取りか?
「清美ちゃんよぉー、あんまグダグダしてると誰かに取られちゃうよ?」
「……黙れ汚物」
今だ地べたに転がる俺に、清美は突き刺さるよう視線を送る。例えるなら、放置数年後の腐臭を放つ、ハエに大人気の納豆を見るような。
「おや? 皆さん、ごきげんよー」
ケーキ屋の前でコントらしい事をかましていると、店の奥から芳江が顔を出した。その格好と言うのが、長身に似合わないエプロンドレス。フリルが付いた可愛いい系。
「どっかで頭打って、不思議の国に行ったまま帰って来れなくなったか?」
「違うよー。バイトしてるの。制服可愛いいでしょ?」
確かに制服“は”可愛いい。着る人間をここまで選ぶ服はめったにない。例え、ブロンドにブルーアイでも170cmあったら違う意味で注目集めそうだ。
「ケーキ買いに来たの?」
「いや、ボルトを」
「ボルト?」
「ヨっちゃんの頭のネジを」
「ヒドイなぁ、おかしくないって!」
と言いながら、俺をフェイスロック。脇に頭部を挟み、締め付けるアレ。ここから移行する技は多岐に渡るが、ココナッツクラッシャーが怖いなぁ。
こんな強暴なヨっちゃんではあるが、弓道部に最近入ったらしい。なんでも入部初日に弦を引き絞り過ぎて弓をヘシ折ったらしい。
つまり、今の俺は地味に命の危機なわけです。
「エプロンドレスかぁ、私に似合うかなぁ」
「そう姉は肩幅あるから、少しキツイかもよ?」
「着てみますか?」
おいおい、商店街を不思議の国にするつもりか? 肩幅が広いアリスに追い掛けれれば、時計ウサギもそりゃあ逃げるわなぁ。
ヨっちゃんだったら、カードの女王にフェイスロックしそうだし。
とか考えてる間に、三人は店の奥へ乱入。キヨは似合いそうだが、果たして……。
・ ・ ・ 25分後
「どう?」
「デカイアリス」
その一言に尽きる。奏太は中高バスケットボール部所属。長身から放たれるスローイングはディフェンスを軽々越える。しかも今もなお身長は伸びているらしい。
「私は似合わないよ」
続いて出て来た清美は、二人に比べたらまともなアリスだ。頭の三角巾が妙に似合っている。スカート姿などめったに見ないため、まるで別人。
「キヨが一番似合ってるよな。
……って言うかさ、何してんの?」
ケーキ屋でケーキを買わず、制服を拝借。聞いた事ないよ、こんな無茶ぶり。テレビの企画くらいのもんだろ?
「さっさと買い物行かないと、昼になっちまうよ」
愚痴る俺を無視して、三人は店で接客をはじめた。
「何労働はじめてんの!? 買い物行くんだろがよ!」
「あぁ……」
清美が近付くと、財布を取り出し俺の顔面にたたき付けた。
「買ったらレシートちゃんともらえよ。計算合わなかったら丸坊主な」
「え? お前らバイトしてく気ですか、バカ野郎」
清美は店の入口に置かれたトレイを縦に持つと、角を俺の頭にたたき付けてきたが、それを白刃取り。
「あまいな。……うぉっ?」
清美は白刃取りされながらも、振り下ろすトレイに力をこめる。
まずいぞ。今離したら物凄い一撃が! 素直にくらっとけば良かったか? いやいや、ここで引くわけには……。
「清美ちゃーん、ヘルプー!」
「あっ、はーい。
ってわけだ。後は任せたからな。いつまでもトレイで遊んでないで、さっさと行って来い」
俺は走り去る清美を横目に、トレイを指定位置に戻し店を出た。今の俺の背中は、哀愁を感じる背中NO.5に入るくらいに寂しいだろう。
アーケードを抜けると、目的地までは数km。なわけだが、降りしきる雨に傘を差し、視界が狭くなると妙に遠く感じる。
ちなみに、この雨のお陰で今日行われるはずだった体育祭は延期した。
そんな10月の雨の午前……
《続く》
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