9月.美術部につき 後
しばらくマル先輩のリンゴを描く様子を眺めた後、部室を出た。
ホント、俺ってば、わざわざ何しに部室行ったんだ? 何かするつもりだったかなぁ。……老化?
ぶつぶつつぶやきながら一階に下り、窓の外を眺めながら校舎入口に向かっていると、花壇に向いてしゃがみ込むあずさを見付けた。
いつもなら気にも掛けないはずだが、今日は部室に行ったり、あずさが気になったり妙な日だ。あれ? 俺って実はあずさの事、好きだったの? とか勘違いしそうなくらい変だ。
こう言う日は誰にでもあるだろう。
と言うわけで上履きを靴に履き替えると、花壇に向かった。
花壇に向いてしゃがみ込むあずさは、特に何かしているわけでもなく、ただ花を眺めている。
余談だが、あずさは150cmあるかないかと言う小柄な体格で、そのくせ三つ網を長く伸ばしているため、後から見ると髪が地面に付くんじゃないかと心配になる。
「何してんの?」
急に聞こえてきた声に、あずさは体をびくっと震わせ振り返り、俺の顔を見るとほっとしたように微笑んだ。
「木之下先輩じゃないですか、脅かさないで下さいよ〜。今日はまだ学校に残ってたんですね」
「あぁ、なんか今日は部室に足が向いてな。なんでだろうな?
って言っても何もしてないけど」
「へぇー、部活に出てたんですか。先輩、またブタの絵描いて下さいよ!」
ブタの絵か。本当にあの絵気に入ってんだな。文化祭の出展品足りないからって描かされた揚句、ボツになったヤツなんだよな、あれ。
「次は花の絵でも描くのか?」
「違いますよー。これ、私が植えたんですよ?」
あずさが指差した先にあるのは、花びらの先端がギザギザでピンク色、葉は他に比べて細い、慎ましやかに咲く小さめの花。特徴はこんなとこだが、結局なんの花かは俺にはわからん。
「私、高校出たら花屋に就職するつもりなんです」
「花屋? 画家じゃないのか?」
そんな疑問は、その話を聞かされた誰もが口にした事だろう。あずさは俺の言葉にため息をもらすと、横に置いていたジョウロで花に水をまいた。
「花は描くものじゃなくて育てるものです。どんなに綺麗なコスモスの絵を描いても、やっぱり本物の美しさには敵いませんよ」
あぁ、これコスモスか。花にはまるで興味無いからなぁ。
「身長に似合わず、随分立派な事言うじゃないの。絵はもう描かないつもりか?」
「絵は描きますよ。ただ、もうコンクールとかには出ません。
それと、小さい事は関係ありません」
プロを目指す万年落選続きの者と、才能を生かす道に進まない者。同じ美術部員でも考える道は随分違うもんだなぁ。更に言うなら、適当に帰宅部やってる俺とは天地くらいの差がある。適当に学生生活送る自分に少し反省。
「先輩はどうして美術部に入ったんですか?」
「月一の出席でいいって話だったから」
「あー、そう言う人多いですよね。8割は幽霊部員ですもんね」
みんな考える事は一緒。いかに放課後の時間を有意義に過ごすか! 学生生活最大の選択だよな。家でゴロゴロ過ごすか部活に青春するか。運動部だったら女子マネと仲良くなれんのかな? でも朝練とかマジ勘弁だしな。まあ、美術部は女子率他より高いんだけど。
「先輩って彼女いましたよね? まだ続いてるんですか?」
「なんかトゲのある言い方だな。
続いてるよ。当たり前だろ? すげぇ愛されてるよ、俺。マジだよ?」
「随分必死な感じですけど。自分で愛されてるとか、ちょっとキツイですよ?」
身長も足りなけりゃ、優しさも足りない後輩だな。 確かに最近りんと一緒に帰ったりとかあんましなくなったけど、電話とかメールとかは結構やり取りしてるし。……接点探すのに必死だよ、俺。ヤバイか?
「そーゆーお前はどうなんだ? 彼氏の一人や二人いんのか?」
「い、いませんよ。って言うか二人もいりません」
「いやいや、キープ君とカネヅル君の二人くらいは最近じゃ当たり前らしいぞ? ヨっちゃんが言ってた。彼氏いないくせにな」
「先輩って、彼女からカネヅル君だと思われてたりしりませんか?」
キツイ事さらっと言いやがったよ、コイツ。実は俺の事嫌いなのか? 腹ん中じゃ、ちょーうぜぇとか思ってんのか?
「彼女と別れたら教えて下さいよ。良い娘、紹介しますから」
なんかオヤジみたいな言い方だな。いや、おばはんか?
「不吉な事言うなよ。もし、りんにフラれたらお前呪うぞ?」
「だから、そうしたら良い娘紹介しますってば。安心して別れて下さいね」
「不幸を望むんじゃないよ! なんだよ、安心して別れろって! そんな事だから彼氏出来ないんだよ」
「大きなお世話です。
それより先輩、用事がないなら、そろそろ帰りませんか?」
あずさの言葉に俺は腕時計に目をやった。
あれ? 腕時計無いよ? これ、手首だよ?
あ、そうだ。キヨが洗濯して壊れたんだっけな。しかも恐らくわざと。俺、いつかアイツに、思わずご臨終にさせられそうで怖いんだけど。
「今、6時10分前ですよ?」
あずさは手首を眺める俺を見ながらくすくす笑っている。
失笑されるより大分マシだ。りんだったら確実に流してるだろうし。
「そんな時間か。んじゃ先帰るわ、またなー」
「ちょっと待って下さいよー! 一緒に帰りませんか? って事なんです! ハイかイエスで答えて下さい」
ハイかイエス……。一瞬二択かと思ったら一択かよ。こんな微妙なギャグ一体どこで覚えたんだ?
「鞄あんの? 取り行くとかなら先帰るからな」
「ありますよ」
花壇の向かいに雨ざらしにされてペンキが薄くなった、安い造りの背もたれの無いベンチがある。
そこに置かれた鞄を取ると、あずさは先に校門へと歩きはじめた。
「先輩、行きますよ?」
「変なヤツだな、お前」
「先輩に言われたく無いなぁ……」
校門を出てバス停を過ぎ、いつもの町並みを歩く。歩く2人の道は、今は同じでも、5年後、10年後、まるで違う道を歩くのだろう。
などと、らしくない事を考えるのも、今日がいつもよりちょっと変だからに違いない。
あぁー……、腹減った。
9月.美術部につき おしまい |