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霊能者
作:小説楽土



第七話 霊戦前夜


第七話 霊戦前夜


 大学生活はセミナーと研修に明け暮れ、君江と良治が作り上げた教義のその殆どを学んだ。愛子は今年二十歳にもうすぐなる。成人のお祝いに父がまた旅行に誘い、愛子は何かあるなという予感がした。今度は真冬の北海道だった。雪の函館の町を手をつないで歩きたいと言うのだ。温かい味噌ラーメンも食べたいそうだ。最近の父は良く一人で旅行に出かけていた。執筆を主にしていて教団運営は殆ど中山に預けていた。教団と言っても、礼拝や集会があるわけでもなく、基本的に人生相談所あるいはコンサルタントが基本になっている。組織は組織と割り切って会社運営みたいなものだった。セミナーとは地区別に定期的に開かれる占い相談会みたいなもので、占いというより対面コンサルテイング法を基にした人生相談に近い。そこで知り合った人々を研修旅行に誘って理解を深くさせる。最近は企業の新人研修にも使われるようになった。
 愛子は母の日記の言葉を思い出した。
《組織と教義は違うもの、教義と教祖もまた違うもの。教義を作ればその教義は一人歩きを始める。組織もまた出来たときから組織としての人格みたいなものを持って一人歩きする。しかし、何時までも人は人、人が大事》

「流石に寒いね」
「当たり前でしょう! 冬の北海道だもの。さあ、手をつないで歩きましょう、おとうさん! 歩けば歩くほど札幌ラーメンが美味しくなるわよ」
「ああ」
 函館の町は粉雪が舞っていた。エキゾチックな街灯が舞う雪に美しい陰影を作っている。二人は傘もささずに雪の積もった歩道を歩いた。雪が辺りの音を吸収するのか、とても快い静けさだ。愛子は手をつなぐだけでは寒いような気がして、父の腕にすがりつき寄り添って歩いた。父のメガネが曇り白くなっている。父がよろめいた拍子に滑って二人で尻餅をついた。
「ははは、わはははっ」
 二人して笑い出した。愛子が先に立ち上がり、父の手を引っ張る。立ち上がった父のコートの雪を手で払ってあげる。少し用心してまた二人で歩き始めた。
 一つの街灯の下に来ると父が愛子を突然抱き上げた。不安定にも愛子を振り回すように回転したのだ。
「あ、危ない! お、お父さん! 何をするの?」
「ははは、こうやってお母さんに告白したんだよ! わはははっ!」
 はめを外した父はまた滑って転んだ。愛子は父の上に乗っかるように倒れたので、痛くは無かった。父は愛子の下で顔を少し歪めながらまだ笑っている。
「だ、大丈夫? おとうさん! 宗教をやり過ぎて頭がおかしくなっちゃったの?」
 愛子は笑いながらなんだか楽しい。良治はその愛子の無邪気な明るさがまたうれしいのだろう、上半身だけ起きて笑い続ける。愛子は雪にしゃがみ込んでいた。
「あの時は、雪が直ぐ解けちゃったから転びはしなかったけどね。母さんは父さんの腕に抱かれて雪の中を舞ったのさ。愛子と同じようにちょっと驚いた顔をして少し恥ずかしそうだったな。でも嬉しそうだった」
「へえ、なんだかお母さんが見えるみたい」
 愛子はその情景を街灯が粉雪に映し出すスクリーンに思い浮かべた。
 父は天を仰いで言った。
「君江、ほら、愛子が二十歳になったよ。ちょうどぼくが君にプロポーズした年だ」
 父は少し涙ぐんだのだろうか? それとも顔に付いた雪が解けたのか。そんな純な父をみて愛子は嬉しかった。
「おかあさん、愛子は二十歳になりましたよーっ!」
 愛子も天に向かって叫んだ。すると、天の暗闇から少しずつ輝きを取り戻して降って来る粉雪に気づいた。それはゆっくりと音も無く愛子と父に降り注ぐ。
《お母さんのお答えは粉雪なのね》
 愛子がそう心に思うと、同じように天を見上げていた父が呟いた。
「そうだね」

 屋台の札幌ラーメンを並んでふうふう言って食べながら、父が言った。
「愛子、お父さんは長期の旅に出たいんだ!」
「ええーっ? 旅ならいつもしてるじゃない?」
「国内旅行じゃなくて、海外に行くつもりなんだ」
 はっはーんと愛子は思った。父の目に子供のような喜色が浮かんだのを見逃す愛子ではない。
「で、何処に行きたいの?」
「うん、チベットだ」
「チベットで何をしたいの」
「ぶ、仏教の研究と修行」
「お父さん、お父さんが悟りを開いているのはわかっているんだよ! 今更、何を求めているの?」
「う、旨いなこのラーメン! やっぱりコクが違う」
「話をそらさないで!」
「う、うん、別に何かを求めているわけじゃないんだが……。チベットにポタラ宮殿と言う三千七百メートルの高地に作られた寺院があってね。別名、天空の宮殿と呼ばれている」
 ラーメンの湯気でまたメガネが曇っている。横顔から覗くと、目に曇りは無く真剣な眼差しが見えた。
「まさかそこに行くこともお母さんとの約束なんて言うんじゃないでしょうね」
「母さんとの約束は……、愛子が二十歳になって教団の二代目になることで全て終わる予定だよ」
「な、なんですって?」
 愛子は箸を落とした。箸は転がり地面に落ちた。屋台のおじさんが新しい割り箸をくれた。
「たぶん、父さんはそのチベットで新しい人と出会って、違う仕事をしなければならないことが決まっているんだよ」
「や、山の神の企みね!」
「ははは、流石に分かりが早いね」
「それで、どんな人と出会う予定なの?」
「あれ、山の神から聞いていないのかい?」
「し、知らないわ」
「ほら、愛子の初恋の人、ファーストキスの相手の和也君らしいよ」
 愛子は開いた口が塞がらなかった。確かに和也とは今でも付き合っていた。感受性が豊かで物静か、いつもボーっとしている。大学も同じ学部に通っている。愛子の数少ない理解者でもあった。時々セミナーや研修にも顔を出していた。
「だ、大丈夫だよ。彼との出会いはたぶん数年後だろうから。それまでにお父さんが学ばなければならないことがポタラにあるということだ。だから、今のうちに彼を大事にすることだね」
《怒りは愛の裏返し》
 母の言葉が頭に浮かぶ。
「おじさん、ラーメンもう一杯下さい! 焼き豚、倍にして」
「へい! 承知!」
 水切り笊からラーメンの玉が飛び上がって丼に綺麗に収まった。

 二代目を無理やり襲名させられてから、そして父がチベットへ旅立って、最近中山は愛子を良くテレビに引っ張り出すようになった。控えめで明るい普通の女の子に類まれな霊能力があることに人々は驚嘆した。
 愛子はちょっと変わった霊能者だった。『霊は人の本体では無い。霊に頼ってはいけない。それが父母の教えです』といつも言うからだ。しかし、悩み苦しむ人々には確実に癒しを与え、悔悟に導き勇気づけて明るい道を示した。愛子の語りは自分の子供時代の自然の中で育った頃の例えが多かった。そして、自然科学や化学・物理学・哲学とその見識は広く深く、それを日常の何気無い一こまに描写して語る。ユーモアも忘れずに、「十年も父から捨てられて育った子供でした」というのが口癖でもあった。
 顔は母譲り、背丈は父譲り。ほっそり長身で幼げな可愛い小さな顔に大きな瞳。人気が出ないわけが無い。ファンレターの山と教団入信者の増加率が比例した。
 やがて、霊能占師の重鎮としてテレビ界に君臨する細川時子と良く比較されるまでになった。中山は愛子に番組を持たせて定期出演させようとはせずに、時々良質かあるいは意味のある番組だけを選んで出演させていたのだ。
 中山が来週の出演を伝えてきた。日本各地のミステリースポットを霊能者と共にロケするシリーズ物で、今回愛子が出演するのは青木ヶ原樹海の下に眠る太古の文明を霊視する企画だった。レギュラー霊能者に細川時子、ゲスト霊能者として愛子が呼ばれたのだ。
「二人の霊能力を競わせるという裏の企画もあるかもしれないよ」
 中山は意味ありげな笑顔を浮かべながらそう言った。
「へぇ、あの細川時子と一緒にやるの? 青木ヶ原樹海の下の文明ねえ? 面白そう」
 愛子は細川時子に始めて会うという事に、何かが起こるかもしれないという不思議な予兆を持った。しかし霊力の競い合いという言葉を聴いても、愛子には霊能で競い合うことの実感が湧かなかったのだ。ただ、漠然とこれから起こることを起こさしめることが自然だなと感じた。早速、富士の樹海のことを調べ始めた。 








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