薬−medicine−縦書き表示RDF


言い訳になりますが、これを書き始めた時と書き終わった時にかなりのブランクがあります。その間に私の心理状況も大きく変わったので、内容の変化が少し変かもしれません。
薬−medicine−
作:闇と光の死者


 また頭痛がしてきた。
 理由は分かっている。薬が切れたからだ。郵便受けに無造作においてあったサンプルを飲んだ日をキッカケに、薬に頼って2年以上生きてきた。それを断ち切ろうと薬を止めて、今日で2週間になる。
 最初の2、3日の頭痛・倦怠感に比べると、幾分と落ち着いてきた。それでも、薬がないと辛い事に変わりはない。
 手元には、残っている薬が転がっている。私は薬を手に取った。
 ー飲むべきかーはたまた我慢するべきかー
 「ピーンポーン」
 インターホンの音が鳴った。とりあえず、私は頭痛を堪え、出る。
 客は、薬を売りつけているセールスマンだった。
 私は彼について何一つ知らない。2年以上も会っているのだが、名前も、年も、そしてどこで働いているのかすら分かっていない。来るのが朝の7時前後だという事だけ。
 見た目は、どこにでもいるセールスマンだ。だが、本当の姿は『どこにでもいるセールスマン』ではないのだろう。それは彼が売っている薬が証明している。
 彼が私に2年以上も売りつけている薬、それは非合法的な薬なのだから…

 セールスマンは姿を見せるなり、にこやかな顔で話しかけた。
 「薬・・・お止めになっているでしょう?」
 「え?」
 私は驚いてしまった。薬は普段通りに買っているのだから、私が薬を止めたかどうかなんて、彼には分からないはずだ。どうして、飲んでいないかどうかが分かるのだろうか?ただの当てずっぽうか?
 私が肯定すべきか、否定すべきか悩んでいる内に、セールスマンが捲くし立てた。
 「私に、隠しても無駄ですよ。そろそろ・・・」
 と、セールスマンは話すのを止めた。そしてにこやかな笑みを悪魔のような笑みに変え、話し始めた。
 「そろそろ、禁断症状が出てきたでしょう」
 私はまたしても何も言えなかった。セールスマンは私の沈黙を肯定と受け取ったのか、続けた。口調はがらりと変わり、とても客商売とは思えない口調だ。
 「高い薬というわけではないんですから」
 そうなのだ。薬自体は高くないのだ。私はようやく話す事が出来た。
 「だが、健康にいいというわけではあるまい」
 私の言葉を受け、セールスマンは驚いた表情を見せる。幾度も言われている台詞なのだろう。悩みもせずに答えた。
 「飲まなければ、だけの話ですよ。言ってしまえばサプリメントのようなものですよ」
 「それでも、だ」
 私はどうしても止めなければならないという想いに駆られていたので、彼の言葉に耳を貸さなかった。セールスマンは私の想いを理解したのか、それ以上は言わなかった。
 そして「止めて何かあっても、私は責任取りませんからね」とだけ言い、去っていった。


 私は彼が去ってから用意をし、仕事に行った。警備をしながらセールスマンが言い残した言葉について考えた。
 ただの捨て台詞だろう。脅し文句なのだろう。止めて困るような事が起きるわけがない。
 「葛西さん、交代ですか?」
 同僚の赤西が言った。私は頷いた。
 「後5分ぐらいでな」
 赤西は「時間に厳しいですねえ」、と言い笑った。
 「そのくらい、見逃してくれてもいいんじゃないんですか。性格、変わりましたか?」
 そして、私の目の前で薬を飲んだ。その薬は私が飲み続けていた薬と似ていた。私は彼に問い質した。
 「その薬は、何なんだ?」
 彼はあっさりと「ドラッグみたいなものですよ」と答えた。
 「これを飲んでると、調子がいいんですよ。止められませんね」
 もしかしたら、私が飲んでいた薬も同じだろうか。私はそう思った。
 「それは、どこで買ってるんだ?」
 彼は私の台詞を聞き、珍妙な顔になった。
 「珍しい事聞きますね。やっぱり性格変わったのかな。売りに来るんですよ」
 やはり私と似ている。赤西は尚も話し続ける。
 「これを飲んでから、性格明るくなったし、友達も出来るようになったし、最高なんですよ。葛西さんも飲んでみたらどうですか?」
 私はつい2週間ほど前に止めた口なのだ。だが、彼にそれを言うわけにも行かない。飲んでいるとも言ってないのだから。
 「ドラッグって麻薬なんじゃないのか?」
 「そんな事ないですよ。だって、これ安いし。幻覚症状も出ないし」
 彼の中でもこれは『ただの薬』なのだろう。私の想いとは裏腹に、赤西は明るい声で言った。
 「僕の友達も、みんなこれ飲んでますよ」
 そう言い、腕時計を見た。
 「ああ、もう時間だ。じゃあ、帰りますね。これから友達と飲み会があるんですよ」
 私は苦笑して「若いな」、と返した。彼は再び笑った。
 「葛西さんもまだ、お若いでしょうに。では」

 私は彼が去ってから再び考えさせられる羽目になった。『みんな飲んでますよ』だと。やはりこれは『ただの薬』だったのか?
 いや、なら飲むのを止めた時に出ている、この幻覚症状は一体なんだというのか。『ただの薬』なら止めても幻覚症状など出ないはずだ。
 私は考えるのを止める事にした。巡回に回る時間だ。
 私は懐中電灯を手に取り、建物内を回り始めた。建物内はたいてい誰もいないので、気が楽だった。前は一人だと寂しいと思っていたのに。
 やはり、私は薬を飲んで性格が変わったのだろうか。
 しばらく回っていて、私は誰かがついて来ている様な感覚に襲われた。
 私以外、誰もいないはずだぞ。私はそう思い、後ろを振り返った。
 「すみません。遅くまで残っていて、気付いたらこんな時間になったんですよ」
 この建物で働いているOLだった。私は笑顔を作った。
 「結構、時間経ってますよ。お帰りになられたら、どうですか?」
 するとOLは意外な事を言い出した。
 「葛西さん、ですよね。私も一緒に巡回しますよ」
 私が変な顔をしたのだろう。OLは慌てて言い繕った。
 「だって、一人だと、寂しいんじゃないですか?」
 私は帰ってもらおうと考えたが、口から出た言葉はそれとは対照的だった。
 「じゃあ、お願いできますか」
 OLは嬉しそうな表情を浮かべ、私の隣まで駆け寄る。
 「私、どうせ暇なんですよ」
 こうして珍しく私は二人で巡回する事になった。

 歩きながらOLは私に話しかける。
 「こんな暗い所、一人でも大丈夫なんですね」
 私は「慣れましたから」と答えた。彼女は尚も言い張った。
 「私だったら、絶対に慣れられないな。お化けでないかなって思っちゃう。葛西さんって勇敢なんですね」
 そして笑った。私は女性の笑顔を見るのは、凄く久しぶりだった。
 女性って、いつでも笑っているものなのかな。
 そう思って、彼女の顔を見てみた。だが、笑顔なはずのOLの顔が、なぜか恐ろしく感じてしまった。
 彼女は確かに笑顔なのだ。だが、その笑顔は悪魔の笑みに見えて仕方がない。
 私は思った。もしかしたらこれも幻覚症状のひとつなのか。まぁ、それでも構わないか。今日は一人ではいたくない気分だ。一人でいると、色々と考えてしまう。
 私は「こんな夜遅くまで、何していたんですか」と尋ねてみた。
 彼女は驚いた顔をした。
 「えっ、あの」
 どうやら答えたくないようだ。無理に答えさせる必要はない。私は彼女に笑みを見せた。
 「無理にいう必要はないですよ」
 すると、彼女は「優しいんですね」と言った。
 「実は私、葛西さんの事が好きだったんですよ」
 「えっ」
 今度は私が驚いてしまった。

 そして今日何度目かの思考に入ってしまった。
 もしかして、このOL、やはり幻覚なのか。私に好意を持ってくれる女性など、いるわけがない。
 私は再びOLをよく見た。彼女の目は虚ろになっていた。
 「そんなにじろじろと、見ないでください」
 彼女の口調は先程までとは大きくうって変わって、厳しくなっていた。私はやはり思った。彼女も幻覚だったのだ。
 私は無視して歩き始めた。すると耳元で声が聞こえた。
 「薬を止めたから、そうなったんですよ」
 「彼女が危害を加えないとでも、思っているんですか」
 「危険な状況ですね」
 そして私は何かに襲われるような、そんな気持ちになった。背後から物凄い殺気が感じ取れる。後ろにいるのはOLだけだ。もしかして、彼女は私を殺そうとしているのか。
 殺されてたまるものか。それにこれは幻覚だ。殺されはしまい。
 だが、私の考えは、すぐに打ち砕かれた。いきなり誰かに刺されたように感じたのだ。
 痛い。凄く痛い。私は、死ぬのか。
 いや、殺されてたまるものか。殺されるくらいなら、殺す。


 気付いたら、私は警察の取調室にいた。前には制服を着た警官と、私服を着た警官が立っていた。その中の一人が私に問い質す。
 「どうして、殺したんだ?」
 私は「刺されたからです」、と答えた。すると聞いた警官が、鋭い口調で言い放った。
 「お前は怪我ひとつしてないんだよ!あのOLも凶器どころか、刃物すら持ってなかった。どうして殺したんだ!」
 私は現状が理解できなかった。いや、理解したくなかった。
 あのOLは本当に存在していたんだ。私は無抵抗な人間を殺してしまったのだ。
 こうして私は一人、留置場に入れられた。
 
 しばらくして、面接者が来たらしい。私は会う事になった。
 現れたのは、私に薬を売っていたセールスマンでした。彼は場に不釣合いの笑顔で私に話しかけた。
 「言ったでしょう。何があっても責任取れませんって」
 もしかして彼が言っていた事は、これだったのか。私は「言ってくれればよかったんだ」と反論した。すると彼は笑顔を崩さず言った。
 「どんな事が起きるかなんて、私には判別できませんからね」
 そして鞄をごそごそして、再び薬が入った袋を取り出した。
 「あなたには、これが必要ですね」
 私はその薬を一目見て思った。そんな薬なんか必要ない。職場も解雇されるだろう。私は殺人者なのだ。雇ってくれるところも零に等しくなる。いや、出られるかどうかも怪しいところだ。
 「そんな薬なんか、必要ない」
 私の台詞にセールスマンは「そんな事、ないですよ」、と言い返した。
 「あなたに売っていた薬とは、違ったやつなんですよ。世の中、薬に頼らないと生きていけないんですよ」
 そう言い、私の後ろに立つ警官を目で指した。
 「実は彼にも売っているんですよ。この薬。ま、効能は違いますけどね」
 そういい残し、彼は薬が入った袋を置いて去っていった。



 この世は生き難い世の中なのだ。人は何かに頼らなければ、生きていけない。
 私は今になって、少し分かる気がした。
 そして私は薬を飲んだ。その薬は血の味がした。


最後まで読んで下さってありがとうございます。実はこれ、書き始めの私から書き終わりの私の心理状況の変化の一部を多少ながら表しています。これを読んで不快な想いをされた方はすみません。













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