「最強の武器っちょ」
遊森謡子さま企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
「ええい! 何か良い案はないのか!」
ボクは叫んだ。そして周りの人を見回す。ひそひそとした話の後、一人が進み出ていった。
「恐れながら、申し上げます。最強の武器を募集しては如何でしょうか」
考えてみる。それは……もしかすると良い案かも知れない。
「よし、やってみる価値はありそうだ」
☆ ☆
気が付くと、異界に転送されていた。月並みだが来たからにはそうとしか言いようがない。しばらくは呆然としたものの、選択肢が限られていることに気が付いた。この世界でやっていくか、元の世界に戻るか。戻るって言ったって、戻り方は不明。つまり、この世界で暮らしていくしかない。そう腹が決まったらさっそく情報収集に取りかかった。元の世界では闘いに明け暮れていたわけで、そこで伊達に長年生き残ってきたわけじゃない。
調べ初めてすぐにボクは呆然とした。なんということだ。この世界の奴らはろくな武器も防具も持っていない。きわめて薄く、軽い植物の一部や生物の死骸のなれの果てを身につけているだけなのだ。防具なんてもんじゃない。
武器に至ってはごく一部の奴らが所持しているだけでほとんどが素手。考えられない無防備さ。最初は魔法使いなのかと用心したものの、そんな心配は無用だった。何か道具を使って宙を舞ったり、地を動き回ったりするのは魔法かと考えたんだがそうでもないらしい。
やつらが乗り物と呼ぶそれですらボクから見れば、遅すぎるし弱すぎる。そのくせこの世界はそいつらでいっぱいなのだから、訳が分からない。こいつらをこのままのさばらせて置いていいのか。このままにしておいたのでは、元の世界の戦友達に申し訳が立たないではないか。
そうはいっても、こちらは一人。多勢に無勢という言葉もある。いくら弱々しいとは言っても一斉に襲いかかられたのでは歩が悪い。そう考えてボクはこいつらの退治を隠密に始めることにした。大騒ぎにならないように金を奪い、買収し、味方に引き入れ、仲間を裏切らせた。
こいつらは弱い。暴力にはすぐに降参した。誘惑にはすぐに堕ちた。喜んで仲間を裏切るところも見た。仲間が殺されて喜んでいる奴らもいた。「内部分裂してるじゃん」って思った。ボクが手を出さなくても、遅かれ早かれこいつら、自滅したかもしれない。
「こいつらに任せて置いたら危ない」ボクはそう思うようになっていた。
「ボクがこの世界を支配することで、滅亡から救わなくちゃ」
そう思うと、やる気が全身にみなぎった。僕の思いに同調するものが何人もでるようになっていた。その仲間を引き連れて、抵抗するものをなぎ倒した。そして気が付くと、ボクはこの世界の支配者になっていた。
☆ ☆
『最強の武器っちょを求む』
世界中にこの広告が広がっているはずだった。そして世界中からぞくぞくと武器使い達が押し寄せてくるはずだった。だが何日経っても、何ヶ月経っても誰一人としてやってこない。
「どういうことだ。もうこの世には勇気あるものは誰もいないということなのか!」
ボクは怒りにまかせてテーブルを叩いた。頑丈と言われたはずのテーブルにヒビが入り傾く。
「弱い。脆すぎる」
ボクのつぶやきを聞いて、周りの連中が身をすくめる。と一人が進み出た。
「もう暫くお待ち下さい。世界中をくまなく探しております。まもなく、まもなく最強の武器っちょが参ります。どうかそれまでお待ち下さいませ」
ボクはイライラして足を踏みならした。それだけで大理石作りの床がきしみを上げる。
「待たないことはない。今まで待ったんだから、もう少し待ったところで違いはない。だが――」
「だが?」
「現れなかった時には、お前ら全員ぶっ飛ばす!」
ボクの宣言に周りがあわただしくなった。その様子を見て、ボクのイライラがさらに増す。こいつらの用語で何て言ったっけ。そうそう、”お役所仕事”だ。こいつらの長年の習慣。上(つまり、ボク)には媚びへつらい、何でもないことに時間を掛け、決断と実行を先送りする。世界の支配者であるボクが欲しいって言ったモノはすぐに用意するのが当たり前だと思わないか? それなのに、やれ書類がまだだとか、手続きに時間がかかっているだとか、担当者が休みだとか言って少しでも仕事をすすめないようにしているとしか思えない。
そしてそれに対して僕が怒ると、担当者――しかも一番出来る奴を慌ててクビにして、出来ない奴を担当につけるようにしてくる。おかげでまた仕事は一から出直し。出来ない奴だからさらに時間がかかる。『武器っちょ』募集の公告だってボクがやれば五分もかからないのに、こいつらだと一ヶ月かかっても終わらないんだ。
責任逃れと言い訳しか考えていない奴ら。全員ぶっ飛ばしたところで新しく来る奴らも同じだから何も変わらないんだが。それはこいつらもわかっているんだろう。バタバタと仕事をする、ふりをしているようだから。本当にぶっ飛ばしてやろうかしら。
しかし、もうこの世界には最強の武器使いはいないのだろうか。ボクは不安に駆られるようになっていた。もし、本当にいなければ……もう、この世は終わりなのかも知れない。ボクはどうすればいいんだろう。
そんなことを思うようになっていたある日、とうとう知らせが届いた。
「最強の武器っちょがやってまいりました!」
☆ ☆
ボクは王宮の広間に出た。石畳で出来た広間の中心に、一人の少女が座っていた。長い黒髪、見窄らしい服装。大きな黒目が怯えながらボクを見ていた。
「これ……か?」
ボクが少女を指さすと、慌てて飛び出してきた男。
「は、はい。こやつが最強の武器っちょでございます!」
「ただの小娘ではないか! このどこが最強なんだ?」
ボクの怒りに慌てて二人が平伏する。
「う、嘘ではございません! 真実でございます。こやつを知るもの、親類縁者友人赤の他人、全てがそう申しておりました」
男が震えながら言う。
「こ、これ。何かお見せしろ。何でもいい、なにかできるだろう」
「そ、そんな……私、何も出来ない……」
そう言いかけた少女。しかしボクが睨みつけると、その表情が凍りつく。
「えっと、えっと……では、あの、お手玉をします」
彼女はそう言って立ち上がると、スカートのポケットから赤と白の小さなモノを取り出した。
(こ、これは、自爆か! 二つを融合させる新型爆薬か?)
そう思って身構えるボクの目の前で、彼女は両手の間でそのモノを投げ始める。
「あっ……」
しかし、1,2回ですぐに取り落としてしまう。爆発することもなく。彼女はそれを拾うと再び動かそうとするがまた落とす。それを何度も繰り返している。
「……ダメです。いつもはもう少しできるのに、今日は全然できません」
彼女は涙目でそう言っている。どうやら爆弾ではないらしい。
「つ、次。なにか、次のをやりなさい」
男の言葉で、彼女は「ええっと……逆立ちします!」
そう言って頭を床に着けると、足を宙に跳ね上げる。しかし、膝も肘も曲がったままなので、すぐにぺしゃんと床に倒れ込む。男が足を持ったり、身体を支えたりしても全く出来そうにない。
「ええっと、ええっと、次は縄跳びします」
最悪だった。一回目で躓き、二回目で両手と首を結びつけ、三回目で全身縛りになっていた。
「ええっと、掃除なら、四角い部屋をまあるく掃くことができます!」亀甲縛りのまま少女が叫んだ。
「お洗濯なら、二日でボロボロにしてみせます! お料理なら真っ黒にするのが得意です! 得意な料理は生野菜をそのままお出しすることです!」
ボクの両手はぶるぶる震えていた。(それって料理じゃないだろ!)突っ込みたかった。が、支配者としてのプライドでなんとかして感情を抑えきる。
「どうしてかわかんないけど、お風呂を沸かしたらお湯が入っていませんでした。慌てて水を入れたらお風呂が壊れました。誰もあたしには包丁を持たせようとしません。この前こっそり使ったら青いはずの野菜が真っ赤になっていました。指もちょっと痛かったです。あたしだけ一階で寝起きしてます。どうしてって聞いたら階段が危ないからだって。何回か転がり落ちただけなのに。川での洗濯もあまりさせてくれません。よく洗濯物を流すからでしょうか。この前流された洗濯物を取ろうとしたら、私が流されました。そのことは誰も知らないはずなんですけど」
(こ、こいつは……!)もう我慢の限界だった。ボクは少女の前に立った。縄に絡み取られたままで少女はボクを見上げる。
「ほ、ほら、まだ他にあるだろう」
そういう男をぶっ飛ばした。壁に叩きつけられた男は気を失っている。
「えっと、えっと……」泣きながら少女は叫んだ。
「気が付いたらお父さんのパンツをはいてました。服を後ろ前に着ていたこともあります。言われるまで気が付きませんでした。初めてのお使い、実は一人ではまだしたことがありません。だっていつまで経っても帰ってこないって……」
「もういい加減にしろ!」
ボクの叫び声で彼女の告白が止まった。
「お前の失敗告白タイムか! 一体何をしにここに来たんだ?」
ボクの声に彼女の目がまん丸になった。
「あ、あたしは――ドジでグズで間抜けな女の子です。こういう子を求めているって聞いて……」
はあっ?
☆ ☆
彼女が聞いた言葉。それは『さいきょうのぶきっちょ』だった。ああ、なるほどね。この地の一部では不器用のことを”ぶきっちょ”って言うね。確かに。
ああ、うかつだったよ。しっかりと確認しなかったのはボクのミスだ。これもお役所仕事のなせる技だね。
「でも、どうしてこんな子を欲しがるのだろうってみんなで首をひねったんです」
そりゃそうだ。ボクもまさか、こんな子が来るなんて夢にも思わなかった。
「えっと、えっと……あたし、どうなるんでしょうか。ご希望に添うんでしょうか」
(そんなわけねえだろう)そう思いながらボクは彼女を抱きしめた。縛られた彼女は二重に拘束された格好だ。
「辛抱たまらん。お前は滅茶苦茶ボクのツボに入った。頼む。ここにいてくれ。そしてお前のぶきっちょをボクに見せてくれ」
「で、でも、でも、魔王様のおそばにいるなんて」
「頼む。お前が来るまでは退屈でしょうがなかった。世界の支配者になんかならなきゃ良かったって後悔してたんだ。お前らはひ弱でバカで軟弱でどうしようもなくつまらない奴らばかりだと思ってたんだ。でも、お前みたいな奴がいることが分かった。お前がいればこの世はもう少し面白くなりそうだ。だから頼む。ボクの傍にいてくれ」
ボクは背中の羽を広げると彼女を包み込んだ。口の牙は出来るだけ見せないように。指の長い爪もできるだけ畳んで。彼女が怖がらないでいてくれるのなら、なんだってするつもりだ。
「は、はい。魔王様。で、でも、最後にもう一つ。魔王様は女性じゃないんですか」
「それがどうした」
残念ながら胸の膨らみは隠すことが出来なかった。ボクは開き直るようにして彼女に言った。
「ボクは両性具有だ。だから自己増殖が出来る。お前に対して性行為をするつもりはない。だから安心してボクの所にいろ。いいな」
彼女はまじまじとボクを見つめて、そして肯いた。
☆ ☆
こうして本当の意味でのボクの異世界の生活が始まった。彼女のぶきっちょぶりは想像以上だった。さすがに鬱金の粉とイエローパウダーを取り違えそうになったときは慌てたけど。ん? いや、魔王(魔女?)であるボクには何の影響もない。でも、周りのモノ、特に彼女が死んでしまうのはいやだったからね。
彼女がくるまではこの世界を滅ぼしてボクも死んでしまおうと思っていた。それぐらい退屈だったんだけど、もう大丈夫だと思う。いやいや、この世界でも言うだろう? ”退屈はネコをも殺す”って。退屈だと魔王ですら死にそうになるんだよ。ならば、彼女こそボクにとっても人間どもにとっても”最強の武器っちょ”と呼べはしないかい?
おしまい。
最初のアイデア。当然「武器っちょ」=「ぶきっちょ」。不器用のことだというのは、分かりますでしょうか。(方言のようですが)
誰か書くかなと思いつつ、誰も書いてなさそうだったので書いてしまいました。「ボク」はボク少女をイメージしつつ、実は魔王というひっかけです。この後は魔王とドジ少女でしっとり百合ナイトという妄想はまた別のお話。お読みくださいまして、有難うございました。