かくれんぼ
これは、私が小学三年生の時のお話です。
――その日、私は友人たちと一緒に“図書館”に行っていました。……といっても私たちの目的は本でなく、その図書館内に用意された広い遊戯室にあったのです。
外では、強い雨が降っていました。学校の教室、二つ分程の広さがある遊戯室に入ると、外で遊べない子どもたちで溢れかえっていました。けれども、ここ以外にはもう遊ぶところがない。仕方が無いので、私たちはたくさんの子どもたちに混じるように、その中で遊んでいました。
遊んでいた私たち五人のグループには、学校の人気者、タクミくんがいました。明るい元気な性格の彼には友人がたくさんいて、遊戯室で遊んでいると、私の知らない同じ学年の子たちが、私たちのグループに参加してきました。この時は、彼の顔の広さに驚いたものです。最終的には、十二人程の人数になりました。
「かくれんぼしよう!」
そう言ったのはタクミくんでした。反対する人は一人もいなく、すぐにそれは始まりました。ジャンケンの結果、言い出しっぺのタクミくんが鬼になりました。目を両手で覆い、壁の方を向いて、“10”を数え始めました。私たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げまわります。全員が給水機の裏や、卓球台の下などに隠れていく中、私は困りました。隠れられるところが、見当たらなかったのです。
「もぉー、いぃ、かぁーい」
タクミくんが壁の方を向いたまま、言いました。
「……まぁーだだよ!」
私はそう言うと、ふと視界に入ったカーテンを見ました。(あの後ろなら、隠れられる!)そう思いました。
雨に打たれる窓に近づき、カーテンを引っ張ります。――すると、もうそこには一人、子どもが隠れていました。
体育座りをした、おかっぱ頭の女の子でした。水色のスカート履いていて、カーテンを翻した時、俯いていた彼女はこちらを見ました。くりくりとした両の眼が――視線が、私の眼のそれとぶつかります。
「あっ、ごめんね」
そう言って、カーテンを元に戻しました。――私は、その女の子には見覚えがありませんでした。もちろん、名前も。でも、その隠れている様子からすると、きっとかくれんぼに参加していた、クラスの違う誰かだったのだろうと思いました。私はタクミくんほど、友人も多くありませんでしたから。
「……ホノちゃん、見っけ!」
声のした方を見ると、タクミくんがこちらを向き、私を指差していました。――ホノちゃんとは、私の当時の呼び名です。――気付けば、もう探すのが始まってしまっていたようでした。
――少しして、タクミくんは次々に隠れていた子たちを見つけてゆきました。そして、「これで全員だな!」と言うのです。
ですが、その中にあのおかっぱ頭の女の子はいません。
「もう一人、いたよ」
私がそう言いました。でも、タクミくんは「これで全員だ」と言います。
あの女の子は、このかくれんぼに参加していた子ではなかったの……? 疑問が浮かびました。――しかしよく考えて見ると、もしかしたら別のグループが、同時にかくれんぼをやっていたのかもしれない。私はすぐにそう思い、それ以上は言いませんでした。
「次、ホノちゃん鬼な!」
――私は両手で目を塞ぎ、壁の方へ向いて、“10”数えました。「もぉ、いぃ、かい」。「まぁ、だだよ」。
……“10”。「もぉ、いぃ、かい」。「もぉ、いぃ、よ」。
振り返り、遊戯室を見渡しました。ガヤガヤと騒がしく、たくさんの子どもたちがそれぞれ、楽しそうに遊んでいます。正面に目をやると、雨に濡れた窓の近く、カーテンが、こんもりと盛り上がっていました。――誰かが、その後ろにいるのです。
私は遊戯室の真ん中を突っ切るように、歩きました。そして、カーテンを、翻しました。
――中には、誰かが座っていました。といっても、それが女の子なのか、男の子なのか――。その時の私には、わかりませんでした。
毛髪がありませんでした。服も着ていませんでした。――全て、焼けてしまっているのです。全身が焼け爛れ、今さっきまで炎に包まれ焼かれていたかのように、灰色の煙を全身から燻らせていました。皮膚がぶくぶくと小さな泡を生み、沸騰する水のようでした。体育座りで座っている彼……彼女でしょうか……。ゆっくりと顔を上げると――私を見ました。
くりくりとした両眼。その部分は、そのままでした。やはり、彼女だったのです。
それを見た瞬間、わたしはヒュッ、と息をのみ、固まりました。息をそれ以上吸うことが出来ず、吐くこともできませんでした。
周りの雑音がゆっくり引いてゆき、目の前が暗くなり――私は倒れました。次に目を覚ました時、私は病室のベッドにいて、時間は夜になっていました。後で聞かされましたが、私は突然気を失い、倒れたそうです。理由は、不明でした。
――あれからもう何年も過ぎましたが、私は今だに、カーテンを手にし、それを閉めるとき――また開くときに、あの光景を思い出します。
瞼に焼き付いてしまったように、鮮明に、ハッキリと見てしまうのです。