首切り地蔵縦書き表示RDF


題名の通り、首がどうにかなります。苦手な方はご注意ください。
首切り地蔵
作:秋之


普段から誰も足を踏み入れないような、薄暗く深い山に、一組のカップルが手を繋ぎ入っていった。

まだあどけなさが残る顔付きの彼女と、大分大人びた彼。

彼に支えられるように歩いている彼女の顔色は青白く、体つきも頼りなく折れそうなほどに細い。

対する彼は健康的で、何が入っているのか、大きめのリュックを背負っていた。

早朝の森は音もなく彼等を迎え、そして濃い霧で隠してしまう。

霧の白と、木々の沈んだ緑。彼と彼女の黒が、静けさをより際立たせる山中は、異常なほどに冷えた風を吹かせる。

と、彼等が足を止めた。

山道から逸れ、奥へと進んだ結果の、方向すら分からぬ場所で、彼等は立ち止まる。

行く当てもなく、行き詰まったかのように。

それから、確りと両手を握りあう。


「待っててね……」


か細い声で、彼女が言った。


「待ってる」


彼が確りと答えた。

しばらく見つめあって、握る手の感覚を覚える様にした彼が、その手を離し、リュックを降ろす。

そして彼女は、胸の前で手を組んだ。


「……迎えに行くから」


彼女の言葉に、シャキンッ、という音がかぶる。

彼がリュックから取り出したハサミの刃を閉じて開いた音だ。

木の枝でも切るような、両手でないと扱えないタイプの巨大な鋏。

それが、鳴る。


「あぁ、待ってる」
 シャキンッ


無機質に繰り返して、彼は開いた鋏を彼女の首へと持って行く。

そして。


「……ずっと待ってる」









   バ チ ン ッ









鋏を取り落とし、膝をついた彼に、生暖かい俄か雨が降り注いだ…――。












  ▼ ▼ ▼












「っくしょ……なんでなくしたんだ! 馬鹿か俺は!」


深夜のグラウンドで、一つの人影が走り回っていた。

舌打をした彼は、走っては地面に手を這わせ、何かを探している。

ラフなTシャツに、大学指定ジャージのズボンという井手立ちに、首元のマフラーだけが異常に浮いていた。

よほど大事なものを無くしたのだろう。その焦り様は尋常ではない。


「どうして今日に限って…!」


バシリ、と叩いたグラウンドから砂埃が舞う。


「……何を探してるんだ?」

「!」


降ってきた声に、彼は息を止め、動きを止めた。

一番見付かってはいけない人物に見付かったことを悟ったからだろう。


「無くしたのか? 残念だったな」


ゆっくりと顔を上げた彼が見たのは、大学の制服を着用し、指定の太股まで丈のある長袖の上着をはおった男だった。

それ以上は、覚えていられなかった……。









  ▼ ▼ ▼









朝の眠気を押し殺し、欠伸をしながら高校兼大学の校門をくぐった木之下 夏輝きのした なつきのもとに、せっぱ詰まった様子で、親友の吉田 孝之よしだ たかゆきが突進してきた。

危うく正面衝突しそうになりながら受け止めた夏輝に、孝之が所々かみながら、一生懸命に言い切った。


「あ、あのな、お前の先輩、ほら、陸上の! 走る方じゃなくて、飛ぶ方の先輩が、昨日な、学校の校庭で倒れてたって!」

「……よく分かんない」


一生懸命に伝えようとしたのは分かったが、内容を理解するには至らなかった。


「だから、マフラーの先輩が校庭で倒れてたんだって!!」


玄関口でスニーカーと内履きを取り替えながら、夏輝はそれほど気にせずに話を聞いていた。


「何やってんだか、あの人は……普段の行いが悪いからだよ」


人の喧騒によってか、それとも先輩の印象からか、夏輝は小さく溜め息を付くばかりで、事の大きさに気が付いていない。

しかし、焦りながらも孝之の言った一言に、一瞬動きを止めることになった。


「全治半年の大怪我なんだってばっ!!」

「……は?」

「先輩、“首切り地蔵”になるところだったんだよ」

「…マジで? ていうか、事故でしょ、それ。孝之は“首切り地蔵”の話、信じてるの?」


心底呆れた表情の夏輝に、孝之は眼をくれる。


「ほんとなんだってば! 皆知ってるよ!」


なおも諦めない孝之に、夏輝は溜め息をつくしかない。


「そもそも“首切り地蔵”って、迷信とかの類だろ? “コックリさん”とか“わら人形”とかと同じさ」


爪先を廊下に打ち付けて、踵を調節しながら、夏輝はスタスタと歩く。

廊下を歩きながら、追い掛けてきた孝之が隣で 「呪いのわら人形も信じてないのっ!?」
 などと言っていたが、そこは完全に無視をした。

言うまでもなく、夏輝はそんなものを信じてはいない。

けれど“首切り地蔵”の事だけは、七三の割合で信じかけていた。

それは孝之が言っていた、マフラーの先輩の存在がある。

あの人のマフラーの下には、確に首を一周する、見るに堪えない傷がある。全貌を見た訳ではないが、緩んだマフラーの隙間から、確に見えた。


「……馬鹿馬鹿しい。あんなの、ただの噂に決まってるだろ?」

「でもさぁ、マフラー先輩だけじゃないじゃん」


いつの間にか、マフラーが先輩の様に略されていた先輩に、何と無く突っ込みを入れながら、夏輝は教室のドアを開け、迷わず席に向かう。

一瞬だけ教室内の会話がなくなり、また、ガヤガヤと騒がしくなる。


「良く行方不明者とか、首なし死体とか出るじゃんっ!」

「……昔の話だろ?」


夏輝の前の席に、椅子の背もたれに腕を置いて、跨るように座った孝之にチョップを食らわせ、夏輝も頬杖をついて座る。


「でも、四年前だよ? 昔じゃないよ」

「昔だよ」

「昔じゃないって!」


勢い余って机を叩いた孝之に夏輝が気押されかけた時だった。


「おはよぅ! ホームルーム始めるぞー!」


ジャージ姿の陸上部顧問、浜中はまなか先生が、活舌良く快活に入ってきた。

それに会わせ、生徒らが自分の席に戻って行く。

なんとはなしに安堵の息をついて、夏輝は椅子に座りな押した。









  ▼ ▼ ▼









「……木之下、居るか?」


昼休み、わざわざ大学校舎から高校校舎までやって来たのは、大学一年で夏輝より一つ上の先輩。 孝之に言わせれば走る方の先輩である、宮雅宵 みやがよい かのうだった。

格好いいというよりは、綺麗と称される彼は、高校と同じデザインだが、丈の長いコートのような大学指定のブレザーを着用していた。けれども、その下はまたも指定のジャージだった。


「叶先輩!? どうしたんすか、こんなとこまで!」


弁当箱を最低限片付けて、夏輝は立ち上がる。

軽く遠慮しながらも教室に足を踏み入れた叶の手には、小さな紙袋が下がっていた。

紙袋に書いてある文字は、近場にあるCDショップの店名だ。

中には、二枚のCDが入っている。


「これを、美咲ちゃんに返してくれないか?」

「分かりました」

「それと、いい曲だったよって伝えて。ありがとう」

「あ、はい」


早口でそれだけ言うと、叶は足早に教室から出て、階段近くで待っていた、大学の友達と合流した。

彼等はこちらを見ていなかったが、夏輝は小さく頭を下げて、廊下に出した頭を引っ込める。

それから、教室を見渡し、目的の子を探す。


「いたいた」


教室の隅で本を読んでいる女の子、朱佐南 美咲あかさな みさき

彼女が叶にCDを貸して、尚且夏輝と幼馴染みだ。


「美咲」

「あ、夏輝君……」


前髪を前に垂らして、眼鏡をかけた顔が夏輝を向く。

いつも思うのだが、彼女は無理矢理、自分を地味に見せているような気がする。


「これ、叶先輩が。いい曲だったって。ありがとうっつってたぞ」

「あ……うん。ありがとう」

「ん」


美咲が鞄の中に紙袋をしまったのを見て、夏輝は頭の後ろをかいて、窓の外を見ながら言った。


「美咲…お前さ、髪、とか切ったらいいんじゃね? よせるとかさ。基はいいんだから」

「……」


昼休みの教室には、誰もいない。

だいたい、読書の美咲と、早弁をせず弁当派の夏輝だけになることが多い。

他のクラスメイトは、食堂や図書室、音楽室などで、自分らの趣味にいそしんでいる。孝之に限っては、新聞部の仕事で毎回、視聴覚室に入り浸っているのだが。

それにしても、こんなに人のいない教室も珍しい。


「…叶先輩が、それがいいって言ってくれたら…そうするかも」

「……そ、そう?」


モジモジとしながら言われた言葉に、夏輝は小さく嘆息する。

美咲は酷く叶を慕っていた。崇拝していると言ってもいいほどだ。


「……じゃぁ、今日、部活見に来いよ。したら、先輩とも会えるし…」


言っていて複雑な気分になってきた。


「いいの?」


前髪から覗く瞳が、輝いて見える。

夏輝は、視線をさ迷わせながらも、何度か頷いた。


「いいよ。じゃ、放課後、一緒に行こう」

「うん」


一応笑顔を作った夏輝に、美咲も笑顔で返した。

複雑な、気分だった。

会話を終えて、席に戻った夏輝は、食べかけの弁当を、そのまましまう。

時間もなかったし、食べる気にもなれなかった。

幼馴染みの美咲も、大学生で二人しか居ない先輩である叶も、夏輝にとっては好きな人間に他ならない。

なのに、嬉しくないのは何故だろう。

人がどんどん戻ってくる教室で、夏輝はその中に埋もれてゆく。

きっと、授業が始まったら、忘れてしまうのだろうと思いながら、夏輝は机の中から教科書を取りだし、右端によせた。









  ▼ ▼ ▼









その話は、突然持ち上がった。

それは兼ねてから担当教師の出張で予告されていた自習の時間。

事の発端は、孝之の一言だった。


「だから、四年前の死体は“首切り地蔵”なんだって!」


孝之が余計なことを言わなければ、こんなことにはならなかったはずだった。


「大学の人……ほら、ステキさんもそうだって噂よね」


真面目にプリントの問題を解いている夏輝の耳にも、その話は届く。

半笑いでうけながしながら、彼等の話を聞いてしまう。

しかし、あえて突っ込みをいれるならば、先程、女生徒が言ったステキさんなる人物は、本大学生徒には存在しない。

今、入院中の叶ではない方の先輩の話だろう。

彼は素敵 頼城すがたき よりしろと言うのだ。素敵と書いてスガタキと読むことに気付かない者の方が多い。


「う〜む。性格上、そうは思えないんだよねぇ」

「え……? 性格に関係ある?」

「てか、“首切り地蔵”って、何の為のお呪いなん?」


徐々に広がっていく話題の輪に、夏輝は巻き込まれないように机ごと脇による。

すると、同じく避けているのであろう美咲と目があった。

気まずそうに苦笑する二人は、その距離もあって、直ぐにプリントと向かい合う。

しかし、プリントに集中出来ない夏輝の耳には、やはり孝之らの会話がはいってしまう。

仕様がないので、話を聞いている事にした。


「あれ、爺ちゃんに聞いたんだけど、元は首切る真似するだけなんだって」

「……それに何の意味が?」


確にそうだった。

首を切る真似をする意味が分からない。


「何か、好きあった人同士がやるんだってさ。なんだっけなぁ〜…変に怖かった気がすんだけど……」


頭をかき、思い出そうとしている男子生徒だが、どうやら思い出せなかったらしい。

友達に頭をはたかれていた。

夏輝も、何と無く拍子抜けした気分で肩を落とす。


「でも…二つにしたもんを、一つに戻す……とかなんとか。頭が体探して、体が頭探すって……」

「それじゃぁ、二人でやる意味ねぇじゃん」

「……だよなぁ」


中途半端に分からないまま、会話に参加していた者全員が、その意味を考えるために黙りこんだ。

しかし、そのタイミングで…――



キーンコーンカーンコーン……――



六時間目終了のチャイムが鳴った。









  ▼ ▼ ▼









掃除も終り、後は部活に行くと言うだけの時だった。

鞄に教科書をつめている夏輝は、肩を叩かれた。


「あ、何? 孝之」

「君に頼みごと」


肩を叩いたのは、先ほどまで“首切り地蔵”の話に花を咲かせていた孝之だった。

夏輝が立ち上がったのを見て、声をかけたのだろう。


「これさ、昨日グラウンドに落ちてたんだけど……うん。陸上部の皆が帰った後だからさ、きっと陸上部の人が落としたんだろうなって」

「あぁ…分かった。聞いとく」


孝之に渡されたのは、小さなキーホルダーだった。

青い硝子の鳥が、ピンク色のハートをくわえている、華奢で綺麗なキーホルダー。


「これ、よく壊れなかったよな。踏まれたら直ぐに壊れそうだ」

「だよねぇ〜」

「……昨日最後だったのは、あ、頼城先輩だった」

「じゃぁ、頼城さんのかな」


首を傾げつつ、夏輝はキーホルダーを握り締め、
「じゃ」
と、孝之に言い部活へ向かった。









  ▼ ▼ ▼









「美咲ちゃん来るんだったら、木之下に頼まなくてもよかったな」


何本か走り終わった後の休憩時間に、タオルを持ってきた夏輝に叶は言った。


「教室で直接返すのは角が立つと思ったんだけども…」

「でも、教室に人、いなかったじゃないっすか」

「……。廊下にはいた。クラスの女の子」


汗を拭きながら肩をすくめる叶に、夏輝は何と無く疑問を持った。

角か立つとはどういう事だろう。


「それに、高校の校舎に入ること事態緊張したな。いくら一年前に居たからって、卒業したら別の学校みたいに感じるんだな……」


しみじみと言った感じのしゃべりに、夏輝は思わず笑ってしまう。

この学園は、中・高・大学と、エレベーター式に上がっていくのだ。叶の様に思う方が珍しい。


「よ〜し! ラスト一本!」


遠くに、顧問の浜中の声を聞き、叶は軽くてをあげ、夏輝も彼に続く。


「今日は早いっすね」


小走りになりながら夏樹がいうと、叶は小さく笑い美咲を見た。


「素敵がいないし……美咲ちゃんが来てるからな」


チョコンとベンチの脇に腰かけている彼女を見ながら、夏輝はラストの一本を走り終えた。

いつもより速かったかどうかは……聞いていなかったので分からなかった。









  ▼ ▼ ▼









まだ五時を少し過ぎたと言う時刻だ。

あまりにも早く終わった部活のおかげで出来たフリーの時間に、夏輝と叶、そして美咲は、揃って夕食がてらに買い物をしようという話になった。

時間がある事も合間って、それぞれは一旦帰宅した後に、指定の場所に集合する約束をした。

そこに一番始めに到着したのは夏輝だ。

いくつもの店が並ぶ通りの、時計の下で、ぼんやりとつっ立っている。


「……」


美咲がどんな格好で来るのか気になってしかたがなかった。

そもそもこんな約束をしたきっかけは、昼休みの一件からだ。

叶がいうならば、少しは飾った格好をするというから、その通りにしたのだった。

叶が笑顔と共に言った言葉に、彼女はどう答えるのか、気になりつつも複雑な気分だ。

個人個人で美咲と叶は好きだが、いざくっつけてみると、何だか腹立たしい。

その感情にヤキモキすること数分後、横から声をかけられた。


「な、夏輝君……」

「あ、美咲っ」


店の中で待っていたのか、彼女の手には小さな紙袋が二つ、下がっていた。


「……やれば出来んじゃん」

「え?」

「化粧、とか……」

「これはお化粧の内に入んないよ」


相変わらず大人しいにはかわりないのだが、その姿には輝くものがあった。

おしとやかなお嬢様に見えるのは、ロングスカートだからだろう。

前髪もピンでとめられ、優しげな瞳が見える。


「何買ったんだ? 二つも」


買い物に行く前からすでに購入していた物が気になり、夏輝は美咲に尋ねてみる。

しかし、彼女は教えてはくれなかった。


「内緒。先輩が来てから」


口元に人指し指を当てる仕草は可愛らしかった。

しかし、先輩が来てから、というワードは気に入らない。

どうしてそう思うのか、夏輝は薄々気が付いていたが、あえて深く考えないようにしていた。


「二人とも、早いな」


次の話題を持ち出すべきかどうか迷った時だった。

走ってきた叶が、苦笑を浮かべやってきた。

大人っぽい服装は、白がモチーフになっているようで、黒の髪が嫌に浮いて見える。


「どうしたんすか、先輩」

「ちょっと探し物をしててね。……見付からなかった」

「いいんすか?」

「うん。……もう二年、待たなきゃいけなくなるけど、それまでには見付かるよ」

「? そっすか…?」


一抹の悲しさの見えた瞳に違和感を感じながら、夏輝は追求はしなかった。


「美咲ちゃん、やっぱりそうした方が可愛いよ」

「そっ………そ、ですか」

何と無く、いらっとした。

けれど、それを忘れさせれように、叶が夏輝と美咲の肩に手を置いて、ニコリと笑う。


「久々の休みだから、行きたいところに行こうか」


先輩と言うよりは、兄と言う感覚で、夏輝は叶の後に着いて歩いた。

美咲が行きたい店を中心として、様々な店を渡り歩きながら、夏輝は楽しい時間を過ごした。

叶が言った通りの、久々のフリーの時間は楽しく過ぎて行く。

二時間は、短い。


「僕が奢るよ。先輩だからね」


早い夕食になった、カフェでの会計を、叶が買って出た。

異議を言おうとした夏輝と美咲を制し、叶は会計口へと言ってしまう。いたたまれない気分で外で待っていた二人に、叶は
「気にするな」
と言った。


「僕は用事があるから帰らないといけないんだけど…君達はどうする?」


夏輝や美咲とは反対方向に家のある叶とは、ここで別れなくてはならない。


「私も……帰ります」


小さく言った美咲。


「俺は素敵先輩の見舞いに行ってから帰るっす」


病院は、夏輝らの家へ向かう途中を曲がるだけなので、結果的には家に帰るルートと同じ道を通ることとなる。

確か面会時間は八時までだったはずなので、見舞いには間に合う。


「よし、ここで解散ってことで……さよなら」

「あ、はい」

「また明日っす!」


と、二手に分かれた叶の手には、美咲が始めに買っていた紙袋が揺れていた。

自分も持っているのだが、何と無くジェラシーを感じてしまう。

だからと言う訳ではないが、分かれ道まで美咲の荷物を持ってやる事にした。

そう多くはない買い物は、大きめの紙袋一つに収まる程度だ。


「美咲、さ……叶先輩好きなのか?」

「え?」


いきなりとはいえ、かなり勇気を出して言った言葉だった。

聞かれた美咲は、うろたえる様子はない。


「うん。好きだよ」


ショックだった。

何故だか、とてもショックだった。


「そ…っか。そうだな。そうだったよな、うん」


相違って、荷物を持ち直したときだった。



  チャリンッ



後ろで音がした。

なんだろうと思い振り替えると、美咲がそれを拾ってくれた。


「これ、叶さんの……」

「あれ、素敵先輩のじゃないの?」


落ちたのは、見舞いがてら届けに行こうと思っていた、青い鳥がピンクのハートをくわえているキーホルダーだった。


「素敵さんのじゃない。叶さんのよ。見たことあるもの」

「本当か? じゃぁ、さっき渡せたじゃん」


キーホルダーが叶のものである事を知っていた美咲だが、夏輝は疑問を持たないことにした。

いらないことは、考えない。これが彼の鉄則だ。


「明日、返す事にする」

「うん。大切な物みたいだったから、きっとだよ」


そう言われて、荷物とキーホルダーを交換した。









  ▼ ▼ ▼









「よー木之下! どうしたんだよ、おい!」


病室で向かえてくれたのは、その元気な声音とは裏腹に、片足と両腕をギプスで固定され、首には包帯、左目はガーゼで覆われた、満身創痍な頼城だった。

言葉では全治半年だと聞いていたが、実際見てみると壮絶だ。

絶句と言ってもいいのだろうか。


「あらぁ〜? お友達かい、ヨッシー君?」

「わあぁっ!?」

「なんだい、こいつ。失礼な!」


頼城の姿にショックを受け、立ち止まっていた夏輝の後ろから、声と同時に気配を感じ、思わず叫ぶ。

声をかけられるまで後ろに人がいるなんて気が付かなかった。

振り返ると、にんまりとした顔の、色白で綺麗な白髪の男が立っていた。

後退さりながら謝ると、彼は頭を撫でてくれた。


「おい、あんまり脅かすなよ。クビト……っと」

「クビトット?」


この人の名前だろうか。


「あぁ、僕の名前はクビト。よろしく」

「僕は木之下夏輝です…」


初めて目にした外人に、夏輝は背の高い彼を見上げる。

にんまりとした笑いは、どことなく怖い気がするが、頼城と仲が良さそうな所を見ると、悪い人ではないだろう。


「で? 見舞いに来てくれたのか、木之下は」


ガーゼで隠された半面を夏輝らに向け、頼城は笑った。

首も怪我したのか、包帯が幾重にも巻かれていて、こちらを向けないらしい。


「……大丈夫っすか? っていうか、俺が入ってきたとき、普通に言ってましたけど、見ないでよく俺だって分かりましたね」

「あぁ、木之下ってさ、走るときのリズム独特じゃん? だから」

「……普通分かりませんって」


叶もだが、どうやら夏輝の先輩は何処か逸脱したところがある。

雰囲気が違う。

普通にしていれば、分からないが、ふとした瞬間に、こちらもふと気が付くのだ。


「……先輩、なんかぐるぐる巻きっすけど、ちゃんと治るんすか?」


全治半年。そう聞いてはいたが、間の辺りにしてしまって、夏輝は不安になってきた。

後遺症やらなんやら、残ってしまうものがあっては困る。


「ん? あははっ! 心配すんなよ! 完璧に治るってよ。見た目はこうだけどな」


夏輝の不安を、笑って一掃した後、小さく

「傷痕は残るらしいけどな」

と、頼城は言った。


「女の子じゃないんだから、傷痕くらいどうってことないでしょ〜?」


一瞬、沈みかけた場の雰囲気は、クビトの何気無い一言で吹き飛ばされた。

夏輝は不覚にも、確にそうだ、と思ってしまった。

ましてや、許可はされているものの、髪の毛を黄と茶に染めている、一見不良の頼城の事だ。

傷痕の一つや二つ、どうと言うことはない。


「ま、首のはもとからあるんだしな。これに比べたら軽い軽い」


笑う頼城に合わせ、夏輝も笑った。

クビトは、相変わらずにんまりと笑っている。

とても奇妙だと思った。

と、もう少し話をしようとしていた夏輝の背に、看護師から声がかかった。

面会時間が終了したらしい。


「うわ、はやっ」

「八時か……気ぃ付けて帰れよ」

「はいっ! お大事に!」

走って出ていった夏輝の足音を聞きながら、頼城は溜め息をつき、クビトは首を捻る。


「まだ、八時だぜ?」

「そうだねぇ」

「後、六時間」

「うん」

「……まさか、見つけたか?」

「見付けてないと思うよ。まだ探してるみたい」

「……そのまんま、見付けないでてくんねぇかな」

「さぁ?」


動くとこ叶わず、溜め息をつく頼城に、にんまりと笑みを返し、クビトは窓から、走っていく夏輝の姿を見送った。


「ナッちゃん、何持ってたのかなぁ」

「紙袋か? 小さいの」

「そう」

「……さぁな」


先程とは逆の語り合いに、やはりクビトはにんまり笑った。









  ▼ ▼ ▼









頼城に言われた通りに、速く帰っていた夏輝は、家に近い、噴水のある公園に通りかかったところで足を止めた。

見慣れた人影が。


「か、叶先輩っ!?」

「木之下?」


うつ向き加減に歩いていたのは、確に叶だった。


「っと……探しものっすか?」

「あぁ」


頷く彼の手には、美咲に貰った物ではない、それより二回りは大きな紙袋がある。

一旦、家に帰ったのだろうか。


「もしかして、木之下の家はこの近所なのか?」


どことなくばつの悪そうな表情で叶が言うので、夏輝も控え目に頷く。


「そうか……ならこっちには無いんだな…」

「? どういうことっすか?」

「いや、木之下の家が近くにあると言う事は、頼城のうちの方角とは少しずれていると言うこと……だろう?」

「っすね」


夏輝と叶の家が左右で分かれているならば、頼城の家は中央と言うことになる。


「俺が探してるものを、頼城が拾ったと聞いたんだが……その頼城も落としてしまったらしくて…」


言いながら、また下を向いて探し始めた叶に、夏輝はピンと来て、ポケットから例のキーホルダーを取り出した。

頼城がグランドで落としたらしい、叶の私物。

それはこの、青い鳥のキーホルダーに違いない。


「もしかして、先輩探してるのって、これっすか?」


叶の前に出た瞬間、またチャリン、と音を鳴らしたそれを見て、叶は大きく目を見開いた。

そして、無言で手を伸ばし、ゆっくりと自らの手の上にのせる。


「そう……これだよ。ありがとう、木之下」

「あ、いえいえ。どってことない、です……よ」


夏輝の表情が凍った。



  シャキンッ



その音が、向こうの暗闇から聞こえた。

確に、聞こえた。

鋏を閉めて、開けるような音。


「先輩、歩きましょうよ」

「どうして?」



  シャキンッ



「いいからっ!」


キーホルダーに見いっていた叶の腕を掴み、夏輝は小走りになる。


「いきなりどうした?」


苦もなく夏輝についてきながら、叶は不思議そうに言う。

しかし、夏輝はそれに答えられなかった。

頭にあるのは、あの“首切り地蔵”の話だ。

鋏で、切る、真似。

首の、無い、死体。

鋏の、鳴る、音。

なぜ、今ここでそれが聞こえたのか分からないが、取り合えず逃げようと、直感的に思った。


「ところで、木之下は好きな子は要るのか?」

「いますけどっ!」


頭がうまく回転しない。

今はそんな話より、ここから逃げなくては。


「好きな子は……美咲ちゃんだろ?」

「ですけど、それがなにか! …………っ!?」


気付いた時には遅かった。

質問を頭で理解する前に、普通に答えてしまった。

足が止まる。


「ふぅん」

「あ、いや……」


それでも、歩く速度を緩めて進む。

鋏の音は消えていたけれど。


「大丈夫。俺にだって恋人は居るから」

「へぇ……って、いるんですかっ!?」

「いるよ。お揃いのキーホルダー持ってる」


そう言って、見せてきたのは、さっき返した、青い鳥のキーホルダー。

美咲が、先輩の大切な物、と言っていたキーホルダー。


「木之下は美咲ちゃんが俺の事、好きなんだと思ってたんだろう?」

「まぁ」


というか、好きだと言っていたのを聞いてしまったのだが。

しかし、今の話からいくと……


「美咲ちゃん、俺に彼女がいるって知ってて、そう言ってるんだ」

「……」

「だから、木之下。木之下が言ってやれば、美咲ちゃんは受け止めてくれると思うぞ? いや受け止めてくれるな」

「は、はぁっ!? なな、にいいいっ!」


衝撃的言葉の数々に、夏輝は完全にうろたえ、振り返ってしまった挙げ句、鋏の音の事を忘れてしまった。

くすくす笑う叶を睨みながら、口を開け、何かを言いたそうにするが、結局言葉は出ない。


「落ち着け、木之下。美咲ちゃんの俺への思いは、憧れの延長でしかないんだ」


夏輝の肩を叩いた叶は、青くライトアップされた噴水のへりに腰かける。


「俺が荒れてた頃だから……俺が中二で、木之下と美咲ちゃんが中一だった頃の話だけど」

「せ、先輩、荒れてたんすか…」

「うん。 進学できないくらい、荒れてたよ」


今の姿からは想像出来ない事実だ。

穏やかで笑顔の彼が荒れる理由すら分からない。


「まぁ、荒れた原因も、何とか進学出来るように支えてくれたのも、俺の彼女だったんだけどな……おっと。違うな、美咲ちゃんの話だ」


苦笑した叶だったが、夏輝の目には、キーホルダーを眺めながら、悲しそうに笑った彼の表情の方が目についてしまって、こちらをむいた叶に、とっさの苦笑しか返せなかった。


「その頃に、一回、美咲ちゃんを助けた事があるんだ。ほら、美咲ちゃん、急に地味になったろう?」

「あ、はい」

「可愛い女の子は、色々と嫌な目にあうからさ」

「……」


何と無く、想像できた。

だから、急に地味になった訳か。


「今日からは、君が守ってあげないとね」


笑った叶。

しかし、夏輝は笑おうとして、笑えなかった。



  シャキンッ



鋏の音が……



  シャキンッ



前から、した。

それも、直ぐ、目の前。


「先輩っ!!」

「!?」



  バチンッ



その音と共に、夏輝は左手の外側に、熱を持った痛みを感じ、身を縮める。

見ると、パックリと裂かれていて、尋常じゃない血が流れていた。



  シャリンッ



また、鋏が鳴る。


「木之下、大丈夫か?」


ぼたぼたと落ちる夏輝の血に顔をしかめ、叶はポケットからハンカチを取り出し、きつく結ぶ。

痛かった。


「木之下」



  シャリンッ



「お前は、美咲ちゃんが怖いか?」


いきなり何を言い出すのだろう。

叶には、鋏の音が聞こえていないだろうと考えていた夏輝は、首を左右に振った。

それに叶は頷く。


「好きな人を怖いと思う者は居ない。そうだろう」



  シャキンッ



「そう…どうして、怖がる必要がある?」

「先輩……」


立ち上がった叶は、持っていた紙袋から、何かを取り出し、その胸に抱いた。



  チャリン



あの、青い鳥が鳴く。



  シャキンッ



ゆっくりと歩き出した叶の前で、鋏が鳴った。


「待ってたよ……」


心の奥底から、あらん限りの感動を込めて、叶は呟いた。


「……」


動く事の出来ない夏輝を、叶はゆっくりと振り返った。

その表情は酷く穏やかで、僅かに微笑んでいる。

まるで夏輝に感謝でもしているかの様な笑顔で叶は、最期に夏輝に微笑みかけた。


「あっ」


何をしても届かない、絶望的な距離だった。

それでも足を踏み出してしまった夏輝に、叶は困ったように笑って、そして眠るように瞳を閉じた……――












  ば ち ん っ












動く事を世界がやめたような錯覚。

首のない体が、ゆっくりと倒れる。

死装束であった白は、次々と赤い点をつけ、朱に染まってゆく。

その雨に晒された夏輝も、徐々に赤く染まり、膝をつく。

瞬きなど、する事を忘れるほどの衝撃。

足元に転がっている叶の首は、果てしなく白く、美しい。


「……」


恐る恐る首に伸ばした手は、途中で止まる。

別の手が、その首をさらっていった。

白くて、細い、腕。

たどってゆくと、長い髪を垂らした蒼白の少女が、死人の笑みを浮かべ、その首を抱いていた。

彼女の足元に転がる叶の体をみれば、彼が抱いていたのも、首だった物だ。白い頭蓋骨。


『 …四年も待った… 』


それは叶の声。 首が、口だけを動かして喋っている。


『 …四年も待った… 』


その言葉に、少女は微笑むばかり。


「せん…ぱ、い……」


引きつっているのは、表情なのか、心なのか。

急に、心臓が痛いくらいに鼓動を刻み始める。

息が苦しい。

痛くて、苦しい。


「……ナッちゃん」


声がした。

聞いた事のある声だ。


「君の首、もらいに来たよ」


白髪。クビトだった。

手には大きな鋏を持っている。

あの少女と同じだ。


「あ……ぁ」


うまく話せない。

息が詰まってしまう。


「心臓がね、うまく動けなくなってるんだ。君はこのまま死んじゃうんだよ?」


そう言って、にんまり笑うクビト。

その鋏で、夏輝の首を軽く挟む。

そして、改めて、名を名乗った。





「僕の名前は、クビトリ。 ……よろしくね?」











  ▼ ▼ ▼









目が覚めた場所は、当然も当然、病院だった。

誰も居ないそこで、夏輝は起き上がり、手の中の違和感に気が付いて、ゆっくりと拳を開いてみた。

そこにあったのは、小さな可愛い人形だ。

しかし、頭がない。


「……」


ぼんやりと眺める夏輝の目の前に、指でつままれた、人形の首が現れた。


「よかったねぇ、生きてて」


隣に、にんまり顔のクビトリが立っていた。


「教えてあげるよ。“首切り地蔵”はねぇ、僕から人を守る術さぁ」


言いながら、クビトリはベッドに腰かける。


「昔の人が、鋏で切る真似をしたのは、好きな人を僕に持っていかれないようにするため。君が今生きてるのは、代わりになる形代があったから。本当、君がこうなるはずだったんだよ〜」


笑って夏輝の掌から、人形の胴体を取り上げ、首と並べる。


「クビトリは死神みたいなものだよ。首はとても価値があるからね。だって、見れるし聞けるし話せるし。考えることだって、笑うことも出来るでしょ?」


にんまり笑うクビトリは、立ち上がり窓の外をみる。


「体は所詮、首の台座に過ぎないのさ。だったら、要らないだろう?」


振り返ったクビトリは、夏輝の頬を両手で包みこみ、そして覗き込んだ。


「だって僕がいるんだもの。君が行きたい場所があるなら、僕が運べばいいもんね?」


にんまり。


「でも駄目だ。失敗しちゃったから。クビトリは一人一回しか鋏を使えない。君には使えない」


口惜しそうに、悔しそうに爪を噛んだクビトリは、諦めるために大きく息を吐いて、夏輝に言った。



「だから、全部忘れなさい」



夏輝は…それに素直に頷いた。









  ▼ ▼ ▼









「ごめんな、美咲……貰った人形、壊れた」


叶が行方不明になり、意識不明で夏輝が発見されてから一週間、4年前に首なし死体が発見された場所で叶らしき首なし死体が発見されてから三日、そして、二つの首が発見されたその日に、夏輝は意識を取り戻した。

目覚めて始めに目にしたのが美咲だったせいか、夏輝は一番始めに美咲に謝った。


「なんか、よく分かんねぇけど……壊れちゃった」


掌から、首と胴体の離れた人形が転がり落ち、代わりに美咲の手が、強く強く夏輝の手を握る。

ぼんやりとした夏輝は、小さくその手を握り返す。



「……荒療治だから、もしかしたら関係ない記憶も薄らいじゃったかもねぇ」

「おい」


夏輝の意識が戻ったと聞いたので、顔を出そうとした頼城とクビトことクビトリは、すごすごと病院の廊下を、頼城の病室へと戻っていた。

あの雰囲気を壊す勇気はない。


「ふふふ…関係ないよ、記憶なんて。生きてる人間にはねぇ」

「……んだよ。当て付けか?」


病室に戻った頼城は、全治半年の怪我で普通に歩いていた。

看護師や医者にあっていたなら、大騒ぎになっていただろう。


「体は首を運ぶ台座、ねぇ。確にな」

「でしょう? いい例えだよね」

「……」


にんまりとクビトリに笑われ、頼城は欠伸をする。


「でも…ま、こうなっちまったもんは仕方がねぇよなぁ。あ〜一番仲良かったのに」


叶の事を悔いているのだろう。

頼城は溜め息をつき、わずわにうるんだ視界を誤魔化した。


「君に友達、ねぇ。リアリティに欠けるよ。クビトリの存在並に」

「ひでぇ……」


しかし、実際のところ、首の傷を怖がって中々友達…というか、話しかけてくる様な人物も居ない。


「早く君が死んでくれればいいと思うよ」

「…やだよ」

「相棒にしてあげるのに……僕は結構君の事、気に入ってるんだよ? 僕から形代もなしで生き残った人間は初めてなんだから!」

「これは生き残ったとは言わねぇだろ……」


ぐるりと一周した、首の回りの傷。

これは小学生時代に、頼城が自分でつけたものだった。

その時の縁で、クビトリは頼城につきまとっている。


「自分で自分の首は拾えないもんね?」

「……」


そう。

クビトリに殺される前に、小学生の頼城は自分で自分を殺そうと試みた。

結局、失敗に終わったが。


「…俺にも、彼女いたらよかったのか?」


呟いた頼城に、クビトリは鼻で笑った。


「無理無理。他人に殺されたくないから自殺しようとしたのに、彼女もくそもないよ」

「だよなぁ」

「第一、そこまでの愛も、思い出も、絆も、証拠すら無い君が、首をきられて許されるわけないし」

「………だな」


酷く傷付いた表情のまま、深かくうなだれた。

どうやら、クビトリは頼城を諦める気は無いようだ。

一生付きまとわれる事を覚悟して……頼城は笑った。

半分、泣きながら。









  ▼ ▼ ▼









遠い昔。

寂しい思いをして死んでいった人間の思いが、首を持ち去る鬼を産み出した。

首を持っていっては、夜な夜な語り明かすという。

首はいずれも骨になった頃に、死体のあった場所に捨てられているが、その髑髏は美しく磨きあげられ、人を引き付けるほどだったそうだ。

クビトリと言われるそれは、一度鋏を入れられた人間は襲わぬという。

それより人々は、大切に思う者の首を、鋏で切る真似事をするようになった。

しかし、誤って切ってしまうと、切られた者がクビトリと化し、愛しき者の首を狩りに来るという。

首を切る前に、鋏を鳴らした回数だけの年月を待ち、繰り返し首を狩るまであらわれる。

それから逃れる術は、形代を用意すること。

クビトリはそれと勘違いし、形の首を取り、かえって行くという。

クビトリの儀は、結ばれぬ者や、病魔に蝕まれた者が、最後の手段として用いた話がいくつか存在する。

それは愛ゆえ、強い思いゆえであることを、忘れてはならない。



「な、“首切り地蔵”って知ってる?」

「は? 知らない」

「俺もよく知らねぇんだけど、聞いた話だとな……」



そうして、時代と共に、薄れ埋もれ、忘れ去られるのが、言い伝え性である。

忘れ去られるのが、いいのかもしれない。

しかし、忘れても確に存在しているものがある。

それを恐れるか否か。それだけが、いつの時をも救ってきた心だ。

そう。クビトリの寂しさに気が付いた、あの幼い少年の様に。














 完。


誤字脱字のなか、読んでくださり、ありがとうございました。













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