挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
舞々花伝 作者:一瀬詞貴

六ノ段

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

29/41

黒翁襲来(8)

「はよう、言わぬか。わしは、気が短いでな」
 猿彦の持つヤスケに、黒翁の神経が集中する。
 その隙を逃さず、元雅くんが黒翁の――しいちゃんの懐に手を突っ込んだ。面袋を引っつかむと思い切り放り投げる。
「元雅!? くっ……」
 それは高く放られると、山門の手前に落ちた。
「貴様、懲りぬかぁっ!!」
 黒翁が怒りに身体を震わせ、声を荒げる。しかし、元雅くんにとどめを刺すより彼女は面を優先した。たづさんを引きずりながら追う彼女の行く手を、猿彦がすかさず遮る。
「そこを退けッ!!」
 はっとして、黒翁は猿彦と……そして背後で、よろけながらも立ち上がった元雅くんを一瞥した。ぎり、と唇を噛む。怪我を負っているとは言え、舞々二人に挟み込まれて余裕を保っているほど黒翁にも余力はないようだった。
 けれど、彼女の元にはたづさんがいる。猿彦は……もちろん、手出しはできない。彼女はすぐさまそのことに気付くと、たづさんに刀をあてがいながら、じりじりと面へ歩み寄った。僕はすかさず黒式尉の面のもとへ走った。
「やっぱり……」
 拾い上げようと手を伸ばしたが、触れられない。
 当たり前だ。持ち霊にとっての質でもある面。霊でも触れられる神器では用の半分も成さなくなってしまう。黒翁が儀式の折に持ち出せたのは、猿彦の顔があってのことなのだ。
 此処で面さえ取り上げることができれば、事態は好転するのに……僕は悔しげに唇を引き結ぶ。
「どけぃ、小童」
 黒翁が近づいて来る。
 ……触れられる身体がないことがこれほどまでに恨めしいとは!
「おやおや……」
 と、門のすぐ近くで聞こえた声に、僕ははっと顔を上げた。
「夜食を届けに来たのが、運のつき、ですか。……まさか鉢合わせてしまうとは」
 のほほんとした声が落ちる。手に包みを持って現れたのは元重さんだった。
 彼は僕には気付かなかった。
 けれど、足元に転がる黒式尉の入っている面袋には気付いた。――目を瞠る。
 ……良かった。元重さんが拾ってくれれば、黒翁に渡ることはない。
 ほっと安堵したのも束の間。それを拾い上げた元重さんの表情が、す、と消えた。
 え……?
「元重……よくぞ参った。早う、わらわにそれを」
 黒翁は一瞥して元重さんを認めると、猿彦と元雅くんに目をやりながら空いた右手を伸ばし催促した。いかにも元重さんが手渡すことを、当たり前だというように。
「元重、さん?」
 疑問と疑いが交錯、僕は混乱するまま、元重さんの応えを息を詰めて待つ。
「お馬鹿さんですね、黒翁」
 元重さんは黒翁にだけ聞こえる声で囁くと、目を三日月型にして笑った。
「何………?」
 それに、黒翁の表情がスッと険しくなった。
 元重さんは彼女の様子など気にもかけず、手にした面袋の紐がきちんと結ばれているのを確認すると、口元をほころばせた。
「今、あなたにこれを手渡したとして、私に益がありますか?」
「何だと? 貴様、あのことが――――」
「えぇ、どうぞ。お話したければ御勝手に。ただ、貴女と私、弟たちはどちらを信じるでしょうか」
 そう言うやいなや、彼は右の袖を左で押さえると、腕を振り上げ猿彦に向かって面袋を投げた。
「きっさまあああああああっ!」
「猿彦! 黒翁を封じなさい!!」
 言われるまでもなかっただろう。猿彦がすかさず印を結ぶ。
「……くそ! せっかく外へ出られたというに!!」
 ばりっと彼女の手足を、緑の稲妻が走る。それを忌々しげに睨み付け、黒翁はたづさんを前へと付きだした。
「呪を止めよ! さもなくばこの女を殺す!!」
 ぴくり、と猿彦の指が止まった。
 見かねた元雅くんが彼を押しのけ、呪を紡ぐも、ヤスケに顔面を叩かれ蹲る。あああ、こんな時にも、この二人は!!
「猿彦!? 何を躊躇って……!」
 元重さんが柳眉を吊り上げた。
 家、家、家……観世の者にとってはまず第一に家だ。猿彦がまさか家よりも一人の女性を優先すると思わなかったのだろう。元重さんが信じられないものを見たかのように目を見開き、慌てる。
「……そうじゃ。大人しくしておれ。いいか、わらわはまた来よう。その時までに、剣を用意しておくのじゃ。でなくば、この女、引き裂き殺してやる」
 空間に穴が開き、深淵が覗く。
 闇がしいちゃんを――黒翁に憑依されたしいちゃんを抱くように捉えた。肌に黒い染みが浮かび上がったかと思うとずずず、と闇に同化していく。やがて白い髪が完全に飲み込まれると、もうそこには何の気配も無かった。
「このままでは済まさぬ。済まさぬぞ!」
 消える間際に吐き捨てられた声は、風に舞って天へと駆けた。



(六ノ段:黒翁襲来 了)
次回は明日1月1日朝七時に更新。
(年末年始のため、12月31日から1月3日まで連続更新です)
linenovel.gif


ポチッとしていただけると、嬉しいです!

web拍手 by FC2

cont_access.php?citi_cont_id=22032237&si

小説家になろう 勝手にランキング


素材お借りしました→  ふわふわ。り  はこ
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ