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舞々花伝 作者:一瀬詞貴

五ノ段

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壊す理由、救う理由(7)

〔いざとなったら環境のせいにする。生まれも運も何もかんも引っくるめて、力だろ。んで、その力が全てだ。てめぇが嫡男のくせに、俺に劣ってたのは単なる運だ。恨むんなら自分の運の無さを恨みやがれ〕
「傷ついた獣はよく吠えるとはこの事だよね。っていうかその言葉、そのままあんたに返すよ。毒を盛られて、大夫の座を追われたのも、運だ」
〔…………っ〕
 怒りで、猿彦の全身の毛が逆立った。
「ま、でも、あんたの気持ちも分らなくもないよ? 悲しいよねぇ? あんだけ媚びへつらってきた座員たちに掌返されたように疎まれて……それまでのあんたの態度が悪かったとは言え、薄情だよねぇ?」
〔……てめぇ〕
 正に一触即発の時。
「おやめなさい」
 凜、とした元重さんの声が険悪な空気を見事に打ち破った。
「……元雅。言葉を慎みなさい。今、やるべきことは、いがみ合いではないでしょう。それに……猿彦。元雅だと頭から決めつけてはいけません」
 いつもの柔らかな雰囲気の瞳は、今、厳しげに二人の兄弟に訴えかける。
〔重兄は……バカマサじゃないっていうのか〕
「ええ。まーくんではありません。彼がそのようなことをするはずがありません」
 猿彦の問いに元重さんは目元を和らげると深く頷いた。
「……重兄は彦兄に顔が戻って貰いたいの? こいつは父さんのお気に入りだ。戻れば必ず大夫に推される」
「兄として、戻って欲しいと思っています」
 元雅くんの問いに、彼は至極真面目に頷いた。けれど、
「兄じゃなくて、観世三郎元重としては?」
 続いた問いに、色を失った。
 観世三郎元重……この通称〈三郎〉は観世家にとって、特別な意味がある。
 彼らの祖父・観阿弥さんの本名は観世三郎清次、父・元清さんは観世三郎元清がそれぞれの本名だ。そして念頭におかねばならないのは、元清さんは三男ではないこと。それなのに三郎と名乗る理由は、父から継いだ大切な名だからだ。つまり〈三郎〉とは観世座の大夫、一門の総領を表わす代々の観世大夫の通し名だった。
「………………そ、れは」
 元重さんがごくり、と喉をならす。
 元雅くんは問う……兄としてではなく、父から『後継者』の名を賜った者として、それなのにもう若大夫にはなりえない者として、好敵手が地位に返り咲いても良いのか、と。
 沈黙が降る。猿彦は兄から目線を逸らすと、肩を竦めた。
 と、元雅くんは話を斬り上げるように立ち上がった。
「馬鹿なこと聞いたよ、ごめん。あんたの五年を見れば、答えは出てるのにね」
 美しい切れ長の目を細めて、俯いたままの元重さんを見下ろす。やがて、鼻で息を吐くと歩み出した。退室の直前、彼は振り返ると猿彦を見た。
「ま、いいや。僕は彦兄の顔ごと黒翁を破壊するだけ。あ! そうだ。ついでだから、余計なこと言い出す前に、始末しちゃおう。そしたら……犯人も分からず終いだし?」
〔させるかよ!!〕
 近くにあった手桶を猿彦が投げつける。それを軽い身のこなしで避けると、元雅くんは行ってしまった。
 苛立たしげに猿彦が身体を揺する衣服のこすれる音……後に残された僕らの間には気まずい空気が漂っていた。
 確かに、元雅くんが毒を塗ったとしても不思議はない。その罪は絶対に認められないけれど、それだけのことをさせてしまう酷い扱いを彼はされてきたのだ。母の寿椿さんには嫡男のくせになぜ、と責められ続けてきただろうし、内弟子たちも彼を馬鹿にしていたと聞く。彼が凶行に走ってしまう環境は整っていた。
 けれど……。
 僕は元雅くんの怜悧さ思い出して首を振った。そんなことをすれば真っ先に疑われるのは彼自身だ。それが分からない彼ではない。
〔あのくそバカマサ……絶対に尻尾捕まえて、謝るまで殺す。泣いたって殺す!!〕
 猿彦がいらいらとしょうもないことを呟けば、しいちゃんが顔を曇らせた。
「……彦兄は、顔が戻っても許してあげないの」
〔許す、だぁ? 俺の頭ン中にそんな単語はねーよ。お前、馬鹿か〕
 問いに、猿面がギロリと妹を見下ろした。
〔顔を失って、俺は舞々ですらなくなった。大夫に選ばれたこの俺がだぞ? 一度でも俺様の人生断ち切りやがったんだ。顔が戻ったからって許してやるかよ。犯人の人生は、即座にきっちり俺が断ち切ってやる〕
「…………でも」
〔過去は消えねぇ。俺が受けた屈辱も、感じた怒りも、だ。顔が戻ったって……。俺は、ぜってー許さん」
 頑なな怒りを露わにする兄に、しいちゃんはついに押し黙った。
「……本当に、黒翁はこの五年間、どこにいたんでしょう。人的被害が出ていない様子だと封じられていた、と考えるのが妥当なのですが」
 きつく拳を握って項垂れる妹を眺めながら元重さんが首を傾げる。
「でも、あれは観世の神。封じれるのも解除できるのも……観世の座員だけですしね」
 探るように妹を見た彼の瞳が、沈鬱に翳った……僕はそんな気がした。
〔簡単だろ? つまり儀式の後にヤツを封じ、尚且つそれを隠していた野郎は家にいる。んで、そいつが――俺に毒を塗った犯人だ〕
 猿彦ははっきりと宣言した。
 ……しいちゃんが隣で大きく震えた。



(五ノ段:壊す理由、救う理由 了)
次回は12月19日(金)、七時に更新です。
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