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舞々花伝 作者:一瀬詞貴

五ノ段

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壊す理由、救う理由(3)

 牛若丸こと源義経が弁慶とやりあっただなんて伝説を生んだ、五条橋の欄干に寄り掛りながら、猿彦に憑依した僕は、河原に住まう貧しい人々とにこやかに話すたづさんを眺めていた。
 さきほど笛を奏でたおかげで、随分と辺りは清まっていた。けれど、これも夜を迎えればたちまちもとに戻ってしまうだろう。
 南北に真っ直ぐ走る鴨川を境として、京の都全体には大きな結界がぐるりと張られている。結界内の下京ですら怨霊が現れたりするのに、全く守られていない河原に住む人々は、怨霊や死霊の被害も深刻で、憑かれて体調を崩す人が大勢いた。
(よくやるもんだ、あの女。四百年ずっとああだろ)
 猿彦が、僕の中で呆れ返った声で言う。
「うん。たづさんって、凄いよね」
 諸国を巡り、怨霊に苦しむ人を助け歩いてきた、たづさん。その年月は四百年にもなるという。そしてこれからも、同じく人助けに全てをつぎ込むのだろう。魂がすり切れるまで、ずっと……。
(形あるものは滅ぶ。それが理だ。人の命も然り。なのに……アイツ馬鹿なんじゃねーの)
 その言葉に、僕は引っかかりを覚えた。
「……守るのは無駄? だから、君は壊すの」
(違うな。壊れるのを知ってるから先に壊すんだよ)
「壊れる前に……?」
(どーせ失くなるだろ。あらゆるもの、全て)
 確信したような、心の声。
(失くしてヘコむのは目に見えてるってーのに、それを待つなんて……俺からしたら、そんなん正気の沙汰じゃねーよ。あの女はそれを長引かせてやがる。愚かの極みだ、極み)
 祇園精舎の鐘の声、
 諸行無常の響きあり……
(――ってな)
 猿彦は、節をつけて平家物語の冒頭部を謡うと、けっと舌打ちした。
(だから自分に関わるもの、片っ端から壊しちまえば楽に生きていけんだよ)
 明日をも知れず〈今〉は、儚い。自分のまかり知らぬところで、天は理不尽に奪っていく。それが彼には気に喰わない。だったら先に壊してしまおう……そう彼は結論付けた。
(なのに………阿呆だ、アレは。阿呆帝だ)
 理解できない、と不機嫌に吐き捨てる。けれどその声音には、どこか羨望の色が見え隠れしているように感じる。
 と、転ぶようにして一人の男がたづさんに駆け寄るのが視界に入り、僕らは話をやめた。
 男性は腕にぐったりとした、子供を抱えていた。
「また、子供だね」
(……ああ)
 怨霊たちが狙うのは、抵抗力の弱い子供たちが多い。それは、取り憑くのが容易だからだ。
 たづさんの様子が変わったのが遠目でも分かった。
 僕は欄干から身体を起こすと、橋の途中にも関わらず、河原へと飛び降りた。
「敦盛くん! 猿彦!! 来てっ!」
 言われるまでもない。僕はヤスケを背負い直すと駆けた。


 運び込まれたのは、年の頃、五、六歳ほどの男の子だった。肌の色は紫を通り越して土気色に変色し、唇は真っ青だった。微かに胸が上下しているから、生きているのが確認できたけど、とても危険な状態だ。
「どうか、助けてくだせぇ、巫女様」
 父親だろう男が狼狽して、たづさんの足元に縋り付いた。たづさんはそれに深く頷く。
 彼女は少年の身体を筵の上に横たわらせると、命糸によって身体と繋がれたまま噴き上がる魂に向き直った。黒い靄が少年の小さな魂にしがみついている。
「夬夬!」
 右手に持っていた短剣を翻し、たづさんが声を上げて剣を突き刺す。光が煌めき――――しかし、死霊は変わらず少年の魂に絡みついたままだった。
「たづさん……?」
 いつもと様子が違う。たづさんは愕然として、自身の剣を見下ろしたまま動かない。
――わらわの、愛しい吾子。
――吾子、吾子……
 不意に微かな声を訊いた気がして僕は耳を澄ました。同じく気付いたらしい猿彦が、父親にヤスケを傾ける。
〔おい、おっさん。この子の母親はどうした〕
「え? あ、ああ……死んじまいましたよ。流行り病で。もう、一年ほど前になりますか」
 文字が読めない父親に、たづさんが口答で問えば、憔悴しきった答えが返ってきた。
〔……憑いてるのは、母親か〕
 猿彦の言葉に、僕とたづさんは息を飲んだ。やがてたづさんは少年を見下ろすと、ぎり、と唇を噛んだ。
〔おい、トリオンナ。何をちんたらやってる? さっさと切り離さねぇと、死ぬぞ〕
 猿彦が立ちすくむたづさんの肩を掴んだ。
 反応がない。更に、苛立たしげに彼女を揺さぶれば、しばらくされるがままだったたづさんは、その手を叩き落とすと、「分かってるわよ!!」と悔しげに吠えた。
「分かってるわよ……分かってる! だけどできないのよ!!」
〔あ? んでだよ?〕
 猿彦の問いに、彼女は言葉を詰まらせる。と――――
「……母様」
 少年の色を失った唇が、切なげに母親を呼んだ。落ちくぼんだ目が微かに開くと、瞳に慕情の念が滲む……
――わらわの子、愛しい吾子……
――母は、ここにいますよ…………
 死霊が声を上げて打ち震える。
〔おい。おい、トリオンナ?〕
「…………この子自身が、望んで、いるから」
 たづさんが呆然と絡み合う魂と死霊を見上げた。
「……魂切りの剣は万能じゃない。憑依される側がそれを望んだ場合、分離、できないの」
「だ、だけど、あなたが巫女だった時、依代に神を定着させてたって言ってましたよね? 依代だもの彼女たちだって、神が憑くのを望んでいたはず。そんな彼女たちから神を切り離し、更に別の依代に移し替えてたんじゃ……」
 たづさんはぎゅ、と自身の袖を掴むと何かに耐えるように俯いた。
「確かに……そうよ。神の依代に選ばれた少女たちは、頭では分かってた。口では神と一体化するのを望んだわ。だけど、本心は恐れてた。嫌がってた。憑依される恐怖なんて、訓練つんでたって、なかなか拭えるものじゃない。だから、神を離す事ができたのよ。
 ……基本的に霊は生者よりも弱いもの。だから生者の気合い如何で除霊も可能だわ。だけどその逆は難しい。人がその霊を離したくないと思っていたら離せない。……この子は――」
「み、巫女さま? 俺にゃ、こいつだけが家族なんです。どうか、どうか、救ってください。お願いします。お願いしますっ」
 たづさんはそう言って、必死に頭を下げる父親から目を逸らすと少年を凝視した。
 僕もその視線を追い掛ける。
 この少年は、自分が取り殺されそうになってもなお、母親を心から求めている……ただ、ただ、死に別れた母親に会いたいと。だから――
「ねぇ! どうして? あなた、母親なんでしょう? 自分が子供を苦しめてるって分からないの? このままじゃ、この子、死んじゃうわ!」
――わらわの子、寂しい、サミシイ、
――サミシイ……
 恨めしげな死霊の声。たづさんは怒りに頬を赤くして、声を張り上げた。
「さっさと彼岸へ渡りなさいよ。あなたは死んだの。死んじゃったのよ!! あなたは、子供とは別の世界の住人……っ!!」
〔だから、か〕
「そんな……」
 僕は絶句した。
 寂しいからといって……自分の子供を連れていくというのか。こんなに幼い子を、こんなに苦しめて。
「母さま……」
 少年がうっすらと微笑んで、震える手を伸ばす。
「巫女様!」
 父親が引き裂かれるような切実な声でたづさんを呼ぶ。
「巫女様、巫女様、お願いします。お願いします!」
 そう地に身体を投げ打って、額を打ち付ける。
 ――お願いします、お願いします……
 夕焼けの滲む河原に、胸を掻きむしるような悲痛な懇願の声が響いた。

 たづさんは…………佇んだままだった。

     * * *
次回は12月12日(金)、七時に更新です。
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