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舞々花伝 作者:一瀬詞貴

五ノ段

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壊す理由、救う理由(1)

 半月ほどは何事もない日々が続いた。黒翁は一向に姿を現さず、噂すら聞かなかった。
 僕らはというと、お寺にくる除霊希望者の、除霊やその看病にと忙しくするたづさんの手伝いをしつつ、過ごしていた。
 歩き巫女として諸国を行脚していた彼女は、ここの住職さんが居住を与えてくれたのと、思った以上に、下京の死霊・怨霊被害が多いこともあって、二年前くらいから京に留まっているらしい。
「しいちゃん」
 ぼんやりと縁側で日向ぼっこをしていた僕は、病人の収容する広間へ続く渡り廊下を、両手にいっぱい、薬草の入った匣やら呪の書き入れられた符などを持ってぱたぱた走るしいちゃんを、呼び止めた。
「あんまり、無理しちゃ駄目だよ」
 彼女は額の汗を拭うと小さく首を振る。
「平気。兄ちゃんたちの分まで、しいがやるんだ」
「元能くん! 新しいサラシ持ってきて!」
 奥から呼ぶたづさんの声に、はーいと元気よく応え、ぺこんと頭を下げると走り去る。
「……けなげだなぁ」
 こんな風にして、しいちゃんは朝から晩までたづさんを手伝い、元雅くんは、たづさんが居着く――正確には、しいちゃんがいるこのお寺を拠点に、昼はお能の稽古、夜は後援者の接待、そして朝方は、舞々として下京を怨霊退治に奔走していた。とりわけ今は、父の元清さんが一座を引き連れ大和へ遊行しているため、若大夫の彼は忙しい。
「それに比べて」
 僕は相棒に目を向け、大仰に溜息をはく。
「猿彦。寝っ転がってないで、手伝ったらどうなの?」
 縁側で、だらしなく頬杖をついて横たわる猿彦に声をかければ、彼はちょいとヤスケを持ち上げた。
〔体力温存中〕
「有り余ってるくせに何言ってるんだよ。日がな一日、ぐだぐだぐだぐだ……」
〔お前だって他人のこと言えねーだろーが。日がな一日、ふわふわふわふわ〕
「そ、それは…………僕だって、手近に空いた身体があれば手伝ってるよ!」
 ああ、身体があれば。
 舞々に憑依しなければ、除霊一つできない怨霊の身が嘆かわしい。憑依されてもびくともしない、健康体があれば僕だって二つ返事で手伝う。
 でも、そんな身体は易々とは手に入らないし、こんな時に限って猿彦は身体を貸してくれない。だからと言って彼が何かを手伝うわけではない。此処には彼の能力を生かす仕事が山とあるのに、だ。
「君は身体があるのに、何もしないじゃないか。しいちゃんを見習えよ。彼女、あんなに小さいのに、汗流しながら頑張ってるんだぞ」
 うんざりしたような動作で、猿面が僕を見た。それから彼はしっしっ、と虫を払うように手を振る。
「…………もう。これじゃ、何のためにここにいるのか分からないよ」
 情けなさに、思わず溜息が零れた。と、
〔お前、何か勘違いしてんじゃねーか?〕
 身体を起こした猿彦はあぐらをかくと、くるりと僕を振り返りヤスケを抱くように立てた。
〔殴る壊す消すが俺の仕事だ。誰かのためにどーこーするってのは俺の性に合わねぇ。時たま調伏を手伝ってやってるだけマシだと思え〕
 ヤスケの表面に、浮かんでは消え、浮かんでは消える言葉を僕は目を白黒させて追う。
〔それにな、ここに残ってるのは誰のためでもねぇ。黒翁が来るかもしれないからだ。訳わからん事してて、いざって時に疲れて力が出ませんでしたーじゃ洒落にならん。相手は元雅だぞ〕
「だからって……」
〔ついに念願が叶うんだ……俺は、この日を夢にまで見た〕
 ふいに、彼は言葉を切って蒼天を見上げた。
 ……猿面の下、彼がどんな思いを抱いているかなど、顔を失ったことなどない僕には皆目見当も付かない。
「猿彦……」
 彼は継承儀式に失敗して五年、何を思ってきたのだろう。元重さんと並んで次期大夫と目され、人に傅かれ、手の平を返すように疎まれて……。
 力を失ったとはいえ、元重さんは人のために舞って歩く。後援者のため、接待回りも欠かさない。元雅くんはそれに加えて夜は舞々として怨霊退治。しいちゃんもそれに付き従う。でも猿彦は、客の前にも顔を出せない。出す顔がないからだ。主役(シテ)として舞台に立てば、面をつけて人前に出ることができたけど、不幸なことに主役を舞えるのは大夫と若大夫のみとの決まりがある……顔と共に、猿彦は自分を表現する手段である舞をも、失ったのだ。
 今の彼は全部を放り投げてしまっているようだった。時折、気紛れに夜の闇を徘徊して、蟠る死霊にヤスケを振り回し、苛立ちを解消したりはしていたが、基本的には外出をさけ、家にいる時もできる限り自室から出ない。
 日がな一日、寝転がり、開け放った蔀から天を見上げ、かと思えば、道端に落ちているガラクタを拾って来ると、ひたすら磨いたり、眺めたりしている。
 彼は決して認めないだろうけれど、寂しいのだ。なのに、誰かに会うほとんどの時、彼は僕を表に出す。それはまるで、生きることを諦め、ひっそりと消えてしまおうとするかのようで。
 僕は――それが嫌だった。
 たまらなく悲しかった。それが顔を取り戻すことで変われるのならば……僕は、彼に顔を取り戻して欲しいと心から願う。
〔何故、今なのかは分からねぇ。だが、今、黒翁は現れた。この機会を、みすみす逃してたまるか。そんで、絶対―――〕
 不自然に言葉が途切れたのは、人の目を憚るようにして垣根を掻き分け突然現れた少女が目に入ったためだ。
 猿彦はヤスケを引っ掴むと、庭に飛び降り、目にも止まらぬ速さで少女に杓文字の先を突きつけた。
「き、きゃあっ!」
 突如、現れた猿面の男に少女が腰を抜かす。
 すすけた丈の短い赤の小袖に身を包んだ、年の頃十二、三の少女だった。肌は日に焼け、髪も水気がなくばさばさしている。見るからに河原に住まう賤民だと知れた。
〔誰だ?〕
 猿彦の注意深い問いかけに、しばらく口をぱくぱくさせてから、彼女は喘ぐように応えた。
「ああ、あの……巫女様に、会いに、来たんだ、けど……」
 見れば、彼女の背で三歳ほどの幼子がぐったりとしていた。その背後にはぼんやりとした黒い靄。――憑かれている。
〔表に回れ、ガキ〕
 鬱陶しげに肩を竦めてから、猿彦がヤスケを引き上げる。彼女はじっと目を眇めて浮かんだ文字を凝視していたが、ややあって首を振った。
「ご、ごめん……あたい、文字読めないんだ」
〔仕方ねぇな〕
 一度嘆息して、猿彦は震えながら頭を下げる少女の背を腰をかがめて覗き込んだ。
「ひっ……」
 小さく悲鳴を飲み込み、殴られるとでも思ったのか、少女は身を縮こまらせる。
「あ、あの、あたいの妹なんだけど、病気なんだ。そいで、巫女様にお祓いして貰いたくて、えっと、あの……」
〔曩謨三曼荼縛日羅南〕
 必死に説明する彼女を無視して、猿彦はヤスケを左手に掴んだまま、右手で印を結んだ。
その指先を少女の背で目を閉じる幼子の額に押しつける。バリッと一瞬、紫銀の光が散った。
 飛び上がって妹を振り返った少女は、その子の頬に赤みが差し出したのに気付くと、愁眉を開く。
〔とりあえず原因は取り除いてやった。あとは坊さんに飯喰わして貰って養生しろ。って言っても分かんねぇか〕
 猿彦は右手の人指し指と中指を立てて、箸で食べ物を掬う真似をしてから、本堂の方を示す。住職が炊き出しをしているのだ。
「ありがとう! お猿の兄ちゃん!!」
 少女は猿彦と妹を交互に見てから、ぱっと顔を輝かせた。伝わったのだろう。彼女は力強く手を振り、猿彦の示した方へと中庭を突っ切って走り去る。
〔ちっ……らしくねーな〕
 その背を見送った猿彦がふて腐れたように吐き捨てた。自分が少女につられて手を振っていたことが気にくわなかったのだろう。
「ちょっと、サル! いる? いるわね」
 ちょうどその時、奥の間からやってきたたづさんが庭の猿彦に気付き声をかけた。
〔あー、うっせーのが来やがった……〕
 猿彦はうんざりしたように髪をかいて、彼女の到着を待つ。
 廊下を走ってやってきたたづさんは、裸足のまま庭に降りると、猿彦の前で両手を胸元でぱん、と合わせて頭を下げた。
「人手が足りないの。手伝って。お願い!」
〔敦盛、舞え〕
 即答だった。
(じゃ。俺、寝るから)
 そんな自分勝手な言い草にも、いつものように小言を言う気持ちになれない。それは、久しぶりに相棒が見せた思いやりの気持ちを目撃したからに違いない。
「お手伝いします」
 僕は顔がにやけてしまうのを、必死でごまかしつつ、猿面を取り外した。

     * * *
次回は12月5日(金)、七時に更新です。
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