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舞々花伝 作者:一瀬詞貴

四ノ段

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顔のない男(3)

 夙というのは『はざま』の意味。河原の辺りで散見されるような貧しい人々のことだ。この国では、川を境にする風習があるから河原者も同じく、境に住む者の意味。
 彼らは町に居座れないだけでなく、人間として数えられもしない。だからこそ、死と隣合わせの危険な女神を与えられた。彼女――黒翁のような、人間の身体を乗り捨てるのに何の躊躇いもない、人間の身体を奪っては人に害を為してきただろう、そんな危険な神様を。
「ま。もともと舞々は身体に死者の霊魂を降ろす、この世とあの世の架け橋的存在。職業柄、最低一体は使役するための死霊を持っていたし、それを降霊して戦う事にも慣れていたからね。神格を降ろすのにもさほど抵抗がなかったんだろう。……そして」
 元雅くんは皮肉な口調で続けた。
「そして、黒翁こそが観世の大夫――ああ、座を纏める棟梁の事だけど――の、持ち霊なんだ。つまりは、僕のもの」
「でも、観世座は今、元清さんが大夫のはずじゃ……」
 たづさんが難しげな表情で首を傾げるのに、僕が答える。
「芸と違って、舞々の全盛期は十七から四十って言われています。三十を過ぎたらどんどん霊力を失っていくんだそうです。だから黒翁を手にするのは、次の大夫に指名された者と決まっています」
「……ふーん、なるほどね。あなたたち、凄いんだ」
「実質的には僕はあれの主じゃないけどね。そもそも僕は継承式すらできなかったし。……跡継ぎ問題で揉めたせいで。なぁ? 敦盛」
「…………え、あ、……う、うん。そうだね」
 唐突に問われて、僕は唇を引き結んだ。
 五年前、大夫候補だった猿彦が儀式に失敗してから、黒翁の継承儀式は行われていなかった。その理由を僕は知らなかったけれど、やっと今日、知った。……継承すべき黒翁が観世家に不在だったのだ。しかも、それは猿彦の顔をつけたまま逃走している。
 ちらり、と猿彦を見遣れば、彼は起きているのか寝ているのか、言葉一つ挟まない。
「跡継ぎ問題……?」
 たづさんが小首を傾げるのに、「そ」と、元雅くんはお茶で舌を湿らせてから口を開いた。
「父さんには三人の息子がいる。あんたが会った長男の元重、そこの次男・猿彦、そして僕」
 しいちゃんは女の子だという下りで、たづさんは目をぱちくりさせた。末妹が気まずそうに俯くのを気にせず、元雅くんは続けた。
「でも、父さんの正式な妻から生まれた男児は僕だけ。重兄は養子だし、彦兄は側室の子だしね。だけど……僕は霊力に関しては二人に劣っていた。だから最終的に大夫候補に選ばれたのは、重兄と、そこの彦兄だった」
 複雑な兄妹の出生は、父・元清さんと寿椿さんの間に十数年来子供ができなかったことに起因するらしい。
 三十を過ぎても子宝に恵まれなかった元清さんは、自身の子を諦め、ついに弟の子――甥に当たる元重さんを養嗣子に迎えた。だけど、それからすぐに寿椿さんが元雅くんを身ごもった。更に時期の悪いことに、元雅くんが誕生する前日、生まれたばかりの猿彦が門前に捨てられていたのだという。
 ……それで元清さんの浮気を知った寿椿さんは、怒りで産気づき元雅くんを生んだとかなんとか。二人の因縁は誕生時からすでに始まっていたのだ。
「元重さんが大夫候補? あの人、霊力なんてないでしょう?」
 元重さんを以前助けたことのあるたづさんは訝しげにする。元雅くんは肩を竦めると、ゆるやかに首を振った。
「昔はあったんだよ。僕よりも。むしろ三人のうち誰よりも次期大夫に近い人物だった。力ばかりの彦兄に対して、重兄は頭もきれたしね。それにあの人は大夫になるため貰われてきた……そのためだけの教育を儀式のその日まで十六年、誰よりも厳しく深く受けてきたんだから。でも最後の最後で実子じゃないって理由で後嗣から外された。で、彦兄が選ばれた」
「ちょっと待って。そもそも世襲って嫡男が継ぐのが普通でしょう?」
「芸事の世界じゃ、実力あるのみ、だから」
 さもつまらなそうに元雅くんが答える。
 血筋的には元雅くんは嫡男で、普通ならすんなりと若大夫の座に納まっただろう。けれど。
『家、家にあらず。継ぐをもって家とす』
 家はただ続くから家ではなく、継ぐべきものがあるから家なのだ――という意味の格言通り、座員の古参や元清さんは後嗣を約束する〈若大夫〉の位に、力のある元重さんか猿彦を立てる旨を宣言、力量的に劣る元雅くんは、嫡男だというのに退けられることとなった。――それなのに、最終的に選ばれたのは血筋を重視した、側室の子だったのだ。
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