奥田民生の新曲で泣いた。「無限の風」という曲。歌詞は載せない。著作権を配慮して、というより、民生の収入が減るから。載せちゃうと買う楽しみが減るでしょ。「いいの読んだ。じゃーもう買わなくてもいいや」と載せたがために買わなくなっちゃうかもしれない。しかし、載せて「あ。いい詞だな。聴いてみようかなァ」と思って買うかもしれない。載せるか。というより載せないと俺の感動が伝わらないかもしれない。一部載せる。
荒野の上に立って 砂漠の上に立って
花のように咲いて ダイヤのように輝いて
(奥田民生「無限の風」より)
しかし、どういうことよ。これ、ちびっこたちへの応援ソングだぜ? オレ、三十路だぜ。
名曲に年齢は関係ないのかもしれない。背中を押された。
まったく最近のオレときたら何もかもグズグズだ。仕事もそうだし当然小説もそうだ。イライラして煙草の量は増える一方だし、ストレスで食いまくるから体重は増える一方。唯一減ってるものがあったら収入。体がおかしくなってきて仕事の量を減らしたのでそれだけは減った。激減した。あまりよいことではない。
そんなオレゆえに、こういう「そんな風にしとる場合じゃないぜ」と背中を押してくれるソングはもう泣くためにあるようなものだ。
泣いたといっても号泣と違う。静かにひっそりとそれでいて燃えるような涙であった。止まらないのだが音はなかった。ただ、「やるぞ」というフレーズが脳内いや体じゅうを駆け巡った。これが名曲の力であろう。
歌詞もいい。曲も録音も声もいい。バンドのグルーブもいい。
もう一ついいものに中間のギターソロがある。前に前に音が進んでいる。熱が静かに伝わる。行け。クヨクヨしながらでもいい。進め。お前はできる。できなくてもできる。なぜならできるからだ。当たり前だ。進め。歩け。走れ。自分勝手に人にやさしく進め。勝手にそう解釈した。
正直言おう。この文章は失敗だ。まったく感動が伝わらん。
ダメだ。文章は難しい。感動を伝えたいのにまったく言葉にならん。
とにかく聴いて! 聴けばわかる。
そんな文章を書いてばかり。いいかげんなことを言ってばかり。
太陽を背負って
(奥田民生「無限の風」より)
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