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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第3章「生き脱ぎ」

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第3章「生き脱ぎ」11 野獣女王

ガーランドの中にこのような存在が居ることが不思議だったが、それはどこにでも居るのだとも思えた。普遍であり、不変の存在を前にして、カレナードは人間がまことに小さな者だと知った。そして小さな者の役割を果たすためにそれに呼びかけた。声があった。
「まことに小さきヒトよ、儂はウーヴァと呼ばれた」
「ウーヴァ…」
「マリラの命は儂がいただき、儂とともにある。あれは儂の力を宿すケモノだ。マリラの紋章を身に刻んでいるただのヒトよ、見ておれ」
この時、カレナードがウーヴァに殺されることも新たな契約者になることもなかったのは、奇跡だった。彼はマリラに寄り添うためだけにそこに居た。ウーヴァを前にして、ただ者になれるヒトであったのだ。
彼はウーヴァの中にマリラの姿を発見した。四肢をもがれ、苦痛に歪んだ血まみれの顔が半分に割れた胴体の上に乗っていた。カレナードは思わず駆け寄ろうとし、ウーヴァが発するエネルギーの場にはじかれた。マリラの骸は消えた。
「幻を掴むか、小さき者よ…。あれはマリラだったモノにすぎぬ」
「あの方はどこです…」
「我よりも生き脱ぎを終えたばかりのマリラは恐ろしいぞ。お前がマリラに命を奪われれば、その血をいただくことになろう」
ウーヴァの気配は薄くなり、当たりは一気に血なまぐさくなった。
「ウーヴァ、マリラさまは…!」
大いなるものは隠れてしまい、暖かい闇の代わりに冷気が満ちてきた。そこは元の部屋であり、暗いものの、なんとか物の形が分かった。
カレナードは部屋の中央で見つけたものを見て言葉を失った。裸のマリラが血溜まりで丸くなっていた。その姿は生まれたばかりの赤ん坊を思わせたが、よく見ると異形のさまであった。髪は血に濡れて体に張り付き、心は正気ではなく、白目を剥いて野獣の如く唸り声を上げた。動き方は奇妙だった。次第に四つん這いになり、蜘蛛やムカデのように這い始めた。
女王は人間の形をしていたが、中身は人間ではなかった。カレナードはまたしても目にしてはならないものの前にいた。マリラは本能だけで動く獣だった。カレナードはみじろぎもせず、おぞましく蠢くマリラを見つめ続けた。
突然マリラは彼に気づき、飛びかかった。
「マリラさま、カレナードです。マリラさ…」
彼女の歯がカレナードの肩に刺さっていた。彼は転がって野獣と化した女から逃れ、扉を探した。再び鋭い痛みが走った。マリラの爪が寝間着とその下の皮膚を切り裂いた。
ウーヴァが言ったとおり、生き脱ぎを終えたばかりの女王は危険極まりない生き物になっていた。彼女は血まみれのまま、幽鬼の如く立った。正視できない姿だった。
「マリラさま、どうか気を取り戻してください。マリラ!」
カレナードの呼びかけは虚しく、マリラは凶暴な女豹となって逃げる者を追った。扉にたどり着くまでに彼は何度もマリラに引き倒された。
閂を外したかったが、マリラは彼の足を掴んで倒し、馬乗りになった。
カレナードの首を締めようとして必死の抵抗にあい、大声で奇怪な鳴き声を発した。
少年が女のみぞおちを撃ってふりほどくと、彼女は後ろに下がって震える舌をつき出し、くるくる回った。この世のものとは思えないダンスだった。
扉の横に椅子と小さな燭台が置いてあった。
回りながら近づいたところで、カレナードが椅子を投げた。女王は椅子を一撃で粉砕し、再び彼を襲った。閂は外れたが、彼は女王とともに転がった。
傍らの燭台が彼の背中に食い込んだ。
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