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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第3章「生き脱ぎ」

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第3章「生き脱ぎ」7 私人の顔のマリラ

春分まで6日になった。
マリラは潔斎に入る前に、身辺の整理をしていた。休憩を終えて窓の外に目をやると、巨大な湖がさざ波を立てていた。彼女は1年分の女王の私事日記を読み返した。それほどの分量はなかった。二の月半ばの乱れた筆跡を指でなぞった。
「私はなぜか紋章人にむごい八つ当たりをした。分からない…私はなぜあのようなことを…。だが、この記憶もすぐに失われる…か…」
やっと雲間から春めいた陽光が執務室の窓にきらめいた。道化がひょっこり現れた。
「お久しぶりでございます。マリラさま」
「ワイズ・フール、雲隠れが長すぎると、てっきり船から落っこちたと思うぞ」
「それはあんまりな。この道化、これでも新参の教官を務めることになっておりますゆえ、落っこちるわけにまいりません」
「お前が教官とは。訓練生もかわいそうに。さぞかし鬼のようにしごくのであろう。ところでその格好と化粧で教えるのか」
「滅相もない。メイクを落とせば小生の正体を分かる新参はおりますまい。彼らは道化の存在すら認識していませんからね」
「何を教えるのだ」
「格闘術と射撃でございます。まぁ。格闘といっても基礎の体術です。自分がやるのと人に教えるのではわけが違いますから、ずっとその勉強をしておりました」
「ふふ、私のヒステリーを避けていたのであろう」
「それにはこの道化の技は効き目ありません。別の癒し手をお求め下さい」
マリラは心中でそのとおりだったと腑に落ちるものを感じていた。1ヶ月前に道化の顔を見れば問答無用で蹴飛ばしていただろう。
「明日から春分前日まで慣らし授業なれば、小生はこの辺で失礼いたします。次にお目にかかる時は新しいあなたさまでございますな」
「そうだな、ワイズ・フールよ。教官名は何と名乗るつもりか。本名を使うか」
「まさか。この道化、もはや生まれの名を使えない身とお分かりのはず。では、お健やかに生き脱ぎを終えられますよう、マリラさま」
「また会おう。新参訓練生をよろしくな」
道化は女王があの少年を思い出しているのだろうと思った。
「カレナード・レブラントね、いじめてやりましょか。うっふっふ」
女王区画を行き交う女官達に愛想を振りまきながら、彼は跳ねていった。
道化が去ったあと、ジーナが声をかけた。
「儀式のお衣装をあらためますが、袖を通されますか」
女王はジレンマを含んだ声で応えた。まるでおねだりしたい子供が親の顔色をうかがうような声だった。
「…もう一度人形にそれを着せて…着た様子を見たい…ものだ…が…やめておくか…、なぁ、女官長殿」
ジーナは驚いた。やはりいつもの女王ではないと思えた。それから母親が子供に向けるような微笑みを返した。
「それが賢明でございますよ、マリラさま」
「分かった。ドレスを持ってきておくれ」
この時マリラがカレナードに会っておけば、生き脱ぎの惨事はまぬがれたかもしれなかったと、ジーナは後で思い当たることになる。
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