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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第9章「飛翔」

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第9章「飛翔」56 石の中の愛

女王は絶句した。管制室員と艦長も青ざめた。この会話が全艦に垂れ流しになっていたのだ。事態は完全に手遅れだった。
道化だけがどこ吹く風を決め込んで肩をすくめた。
彼の思い通りにことは運んでいた。彼は女王をあえて晒し者にしたのである。
ヴィザーツたちはマリラの女王の部分しか見ない。女王の威厳と美しさと春分の日の勇気のみを見て来た。それはマリラが私人の心を閉ざして、そのように仕向けたからに他ならない。
しかし、ヴィザーツたちは気づいている、女王の個人の部分が死にかけていることを。だから、道化は持ち前の機転で荒療治を実行したのだ。
女王は瞬時に腹を括った。
彼女の矜持は地に落ちたも同然だったが、度胸だけは並外れていた。
彼女は他人が入ることの出来ないこの遣り取りをあえて続けることにした。それ以外に術はなかった。
カレナードは通信が筒抜けなのを知らずに本音を漏らした。
「僕はただ…あなたの手が欲しかっただけです、マリラさま。かつてあなたは泥だらけの僕の手を引いて下さった」
「私にその記憶が残っていれば、こうはならなかったと言うのか」
「いいえ…あの時、あなたの手は暖かく、言葉は厳しく、でも人間そのものでいらっしゃった。人の尊厳を見せて下さった。だから僕はもう一度、あなたに会いたいと十年思い続けたのです」
「私は人ではないというか、カレナードよ」
レーダーを確認した管制官が叫んだ。
「サージ・ウォール到達まで五分だ!レブラント、舵を切れ!壁沿いの暴風に巻き込まれるぞ」
カレナードは警告を無視した。
「今のあなたは、石です。女の形をした石だ。人の心を持たない化け物だ」
そこまで言ってカレナードはうめいた。
「僕も化け物だ、男でも女でもない。そうです、僕はあなたに怒る資格などありません。あなたを慕う資格もありません。紋章を持つに値しません。
僕はガーランドにいるだけの価値がありません」
通信を聞いたV班全員が第三管制室へ走っていた。彼らは友人を失うのをなんとしても止めたかった。
女王は静かにカレナードの言葉を反芻した。
「私は石で、化け物か。
誰も私をそう言った者はいない。だが、真実だ、カレナード。
そなたは気づいていたのだな。そうだ、そなたに対してだけ私は石だった、人の心で接することを避けてきたのだ。
許せ、そなたに人の心で向き合えば私は…私は…やがてお前を死なすことになるやも知れぬ。
私はそなたの中にある想いに気づいていた。それに応じるには、私は臆病だった。
私の愛は、石ゆえにエゴに満ち、何を措いても我と我が仕事を優先させるのだ。
生き脱ぎの夜がそうであった。
夏至祭の夜もお前を酷い目に合わせた。
それ故、人の心でそなたを求めることを私は自分に禁じたのだ。
私に憎まれていると思うのも無理はない。愛は裏返って憎しみの表情にもなるのだからな」
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