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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第9章「飛翔」

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第9章「飛翔」28 腹の虫の記憶

食堂で左袖を洗っているとキリアンが降りてきた。
「まさか体術をご教授されたのか」
「ご教授のあとで道化が襲ってくるんだ。今日は頭に来たから全力でお返しした」
カレナードはブラウスをばっさり脱いで他にもトリモチの痕がないか調べた。キリアンは慌てた。
「ここで脱ぐなよ」
「君の上着を貸してくれ。道化はさ、僕がマリラさまとご一緒するのが気に入らないんだ。かと言って、やられっ放しじゃ悔しいし、舐めた態度に出られるのはもっと嫌だ」
キリアンの上着を羽織りながら、カレナードは思い出していた。
「あの時、ベルさんは道化がエレベーターに潜んでいるのを知っていたのか…」
週末の施療棟ではウマルの代わりにリリィがいた。彼女はひどく疲れていた。
「こんな時に限ってウマルは故郷に飛んでって戻ってこないわ。もういいわ、相変わらず健康体よ。おめでとう」
何がめでたいのか分からなかったが、カレナードは内診台から降りて下着を履いた。カーテンの向こうから女医の溜息が聞こえた。
「ああ、眠い」
「ドクトル・リリィに休日はないのですか」
「あるわけないわ。玄街コードの最終解析が難航してるのよ。あと少しのところで…」
リリィは書き終わったカルテを開いたまま、椅子にもたれて眠ってしまった。カレナードはそっとカルテを覗き込んだが、医療ヴィザーツ用語で書かれている文面は全く理解不能だ。彼は隣室のマハにささやいた。
「リリィさんがうたた寝してます。何か掛けてあげてください」
マハは指で了解のサインを出した。
夕暮れが早まっていた。九の月の後半になると、中部ミセンキッタを航行するガーランドの午後七時は充分に夜だった。接見室の小卓は広めのテーブルに換えられていた。つまみやすい小ぶりのサンドイッチが盛られ、濃いスープが蓋付きカップに用意されていた。女王はすぐに現われた。
「今日は腹の虫は鳴かぬのか」
カレナードは女王の言葉に戸惑った。
「以前そのようなことがありましたが、それは春分の前でした。マリラさまはお忘れになったとばかり…」
女王は少しの間、宙を見つめていた。
「覚えていたようだな。不思議だなことだ、もう失くしたものだとばかり思っていた。…そなたの腹から大きな音がしたので、皆が笑ったのだ」
マリラは不意に訪れた記憶の喜びで微笑んだ。カレナードは箇条書きのメモを渡した。
「今日も腹の虫が鳴きそうです。マリラさま、質問はここに」
ベル・チャンダルが熱い茶を持ってきた。カレナードはそっと彼女をうかがった。いつもと変わらない楚々としたベルの佇まい。しかし、女王に甦った思い出が自分のものでないことが、彼女の瞳を暗くした。
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