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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第8章「刃(やいば)の夏」

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第8章「刃(やいば)の夏」50 ハーリの心も言うことを聞かない

カレナードは女王区画から下層天蓋の居住区に戻るまで、どこをどう歩いたのか覚えてなかった。気がつくと新参訓練生棟の前に立っていた。
下層天蓋の上では雨粒が乾きかけ、夜が迫っていた。
彼は時間を忘れた。頭の中では、先ほど間近に見た女王の長い睫と灰色の虹彩が何度も甦った。
「僕は…どうしてあんな事をしたのだろう…。気が狂っているんだろうか。それとも…マリラさまが万が一にも受け入れて下さると思ったのだろうか。
本当に馬鹿だ…。彼女は要らないと言ったのに」
ブラウススーツの下でナイフが揺れた。断ち切られた恋心が、まだ未練を残して彼を煽った。
「刃に触れてもいい、もう一度抱きしめられたい…。
ああ、どうかしてる…、女王は二度と応えないと言ったのに。紋章人には二度とこのような振る舞いを許さないと言ったのに」
金属の冷たい感触が鎖骨のすぐ下で彼を刺した。
痛手が彼を襲った。
「マリラさまは『心は勝手で言うことをきかぬ』と仰られた…。…僕も同じだ。ああ…マリラ…僕の心も勝手でした。言うことをきかないのです。まだあなたの傍に居たいと叫んでいるのです」
制御できない苦しみが何度でも心臓を刺した。そこから立ち上がれるだろうか。
彼は抜け殻そのものだった。
夕食は何の味もしなかったし、キリアンから借りた本も頭を素通りしていった。夜は気を失ったように眠ったが、目覚めればソカンリ・ジカの告別の朝だった。
その朝まだきの中、ガーランド警備隊と情報部員、さらに出動がかけられた兵站部員が艦内の主要通路に散らばった。彼らはハーリ・ソルゼニンを探していた。
トペンプーラは頭痛を忘れるように努めていた。昨夜遅くにンビンカ通りのアパルトマンでハーリの不意打ちを喰らい、5時間も昏倒していた失態を取り戻さねばならなかった。彼は上層天蓋区画の2階を貫通する大通路から警備隊の司令室に入り、ヤッカに現状を訊いた。
ヤッカ警備隊長は全艦にハーリ捜索の放送を出そうとしていた。
「新参訓練生にしてやられるとは、情報部副長らしくない。何を油断していたんだ、トペンプーラ」
「完全に不覚を取りました。まさかワタクシを脅してマルゴ・アングレーを連れ出すとは、不覚デス。まぁ、施療棟から連れ出したところでどうにもなりませんがネ」
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