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浮き船ガーランド・第一部 作者:セオ

第8章「刃(やいば)の夏」

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第8章「刃(やいば)の夏」44 夏の執務室のマリラ

乗船以来、女王区画で彼が体験したことは決して気持ちのいいものではなかった。にもかかわらず、ここへ来ることは今のカレナードにとって喜びだ。彼はマリラへの思慕に溺れてはならないと深呼吸した。
「何があっても落ち着いていよう。そして誠実でいよう。それが大事なんだ…。あ…、アライアさんに赤ちゃんの誕生祝いを言い忘れた…」
女王区画の衛兵はすんなり彼を通した。
ポルトバスク市調停完了祭の頃と違い、女王区画は夏のけだるさがあった。白い前庭を抜けて木立の通路に入ると蒸し暑さが和らいだが、薄暗かった。優美な建物が彼を待っていた。入る前に大山嶺方面の空を見ると、雨雲が湧いていた。
「さあ、行こう、カレナード。」
彼は透かし彫りの扉を押した。
女王の執務室までイアカ・バルツァ女官候補生が案内をした。候補生用の夏の女官服に身を包み、堂々としていた。
「念のため、清拭コードをかけます。御辛抱を」
彼女はホールでカレナードにコードをかけた。
ベージュと淡いグリーンのドレスを着こなし、きびきびと動く彼女は夏至祭の夜よりも大人に見えた。もう1人前のヴィザーツだった。
「では、どうぞ」
執務室では、マリラは書物と書類の束を机に広げ、眼鏡をかけていた。眼鏡のつるは幅広く、薔薇色のガラスのように透明な素材で出来ていた。マリラは眼鏡を両手で外した。
椅子から立ち上げると、彼女の淡いグレーのシルクドレスがさらりと音を立てるようだった。小さなセーラーカラーにピンクのリボンが控えめに揺れ、アイスブルーの縁取りと裾模様が映えていた。
結い上げた髪のためにさながら女学者のようだった。
カレナードは女王の姿を恋の喜びと共に眺めた。表に出そうになるその想いをそっと隠して、彼は執務室の中央に立っていた。マリラは机の引き出しから黒いケースを取り、吟味する眼差しでそれを見詰めた。カレナードの鼓動は少し早くなった。
「やはり告白文の件だ…」
女王は歩を進めた。オープントゥの靴の先の白い足指が艶めかしかった。
カレナードの目の前にマリラは来た。
「この中にある文書を読んでおくれ」
女王の眼にあるのは、確認したいという意志だけだった。
カレナードはケースの中をあらためた。水色の紙が折りたたんであった。傍らに控えているジーナ女官長とイアカ候補生の視線も折りたたまれた紙に集まった。紙が開かれた。カレナードは一行読んで、目を疑った。マリラはうながした。
「さあ、読みなさい」
カレナードは一瞬ためらった。それは彼が書いた告白文ではなかったからだ。
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